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《久良木様》  作者: 天月瞳


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3/3

夜鳴

まどろみの中で。

微かな、地鳴りのような振動を感じた。


ゆっくりと、重く、規則的な起伏を伴っている。

それは心臓の鼓動か、あるいは想像を絶する巨大な生物の呼吸のようだった。


吐いて。


吸って。


自分の胸腔が地面と共鳴しているのがわかる。


「はっ……!」

私は弾かれたように目を見開き、身を起こして激しく喘いだ。


窓が封鎖されているせいで、月光すら差し込まない。

空気は澱みきっていた。


腕時計を確認する。


午前二時。



喉が焼けるように乾いている。

リュックから水筒を取り出し、一口含んだ。


目が冴えてしまったついでに、トイレへ行くことにした。

小森さんの話では、廊下の突き当たりにあるはずだ。


ヘッドライトを手に取り、襖を開ける。


開けた瞬間、ひんやりとした冷気が襲ってきた。

長い廊下の先には微かな光が漏れており、辛うじて完全な暗闇を免れている。


手元の明かりが床を照らす。


静かすぎる。虫の音さえ聞こえない。

まるで世界そのものが、誰かによってミュートされたかのようだ。


木造の床が足元できしむ。その微かな音が、静寂の中で異常なほど大きく増幅される。

光の輪の端に、一対の素足が現れるまでは。

白い肌が、ライトの光をギラリと跳ね返した。


私はゆっくりと、光軸を上へと向けた。


暗闇の中に、人影が浮かび上がる。

まず目に飛び込んできたのは、細身のジーンズ。裾には油染みのような濃い汚れが付着していた。


スカイブルーのTシャツ。


そして、無表情な顔。


心臓が跳ね上がった。


小森さんがいつからそこに立っていたのか、全く分からなかった。

気配すら、微塵も感じなかったのだ。

——最初から、そこに「いた」かのように。


彼女は暗闇の中で、じっと私を見つめている。

私は反射的に半歩下がり、もう片方の手を無意識に腰のナイフの柄へ添えた。


「……小森さん?」


彼女はすぐには答えなかった。

ただ首を少しだけ傾げ、何かを観察するようにそこに佇んでいる。


「……成田、さん?」


不自然に軽い声。

まるで、遠い場所から響いてくるような。


私は喉のつかえを飲み込み、慎重に問いかけた。


「……小森さん、こんなところで何を?」


小森さんはまたしばらく沈黙した。

数秒の後、ようやく笑みを浮かべる。


「……明日の準備に行くところだったんです」


この時間に?

田舎の朝が早いといっても、午前二時から準備を始めるなんて話は聞いたことがない。

しかも、明かりすら持たずに。


「そうですか。お忙しいところ、失礼しました」


深く詮索する気にはなれず、足早にトイレへと向かった。

用を足して戻った時には、もう彼女の姿はなかった。


部屋に戻り、襖の掛け金をしっかりとかける。

気休めにしかならないが、わずかな時間稼ぎにはなるだろう。


その後、一睡もできぬまま朝を迎えた。


目が覚めてすぐ、座卓の上を見た。


「え……?」


私は絶句し、確認のために歩み寄った。


トレイの表面は、綺麗さっぱりとしていた。

盆は残っているが、その上にあったはずの「神饌」が消えている。

部屋を見渡すが異常はない。掛け金を確認したが、侵入された形跡もなかった。


リュックを確認すると、チャック付きポリ袋の中のサンプルは無事だ。他に紛失したものもない。

だが、盆の上の神饌だけが、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。

まさか、夢遊病で自分で食べたなんてことがあるだろうか。


胸に棘が刺さったような不快感を抱えたまま、時間が過ぎる。





コン、コン。

ノックの音がした。


「成田さん、起きていらっしゃいますか?」


「今、開けます」


扉を開けると、そこには小森さんがいた。

彼女の手には、時代を経て漆が剥げかけた、暗褐色の木桶が握られている。

その上に木製の柄杓が載せられていた。


彼女の表情は至って普通で、昨夜の出来事などなかったかのようだった。


「これは?」


手水ちょうず用です。さあ、どうぞ」


得体の知れない違和感がある。

通常、客の部屋に直接手水を持ってくることなどない。

水面の反射を見る限り、それはただの水ではないように思えた。


だが「郷に入れば郷に従え」だ。口にするわけではない以上、比較的安全だろう。

私は右手に柄杓を持ち、左手へと注いだ。


わずかな粘り気を伴う感触。だが意外にも、手には残らない。

ただ、何かが皮膚の内側へと染み込んでくるような、言いようのない不快感があった。

私は奥歯を噛み締め、もう片方の手も洗い終えた。


「では、朝食を持ってきますね。少々お待ちください」


彼女の後ろ姿を見送った後、私は両手を鼻先に近づけ、軽く匂いを嗅いだ。

微かな、甘ったるい生臭さ。

錯覚かと思うほど淡いそれは、すぐに霧散して消えた。


彼女が朝食を取りに行っている隙に、私は密かに浴室へと向かい、石鹸で執拗に手を洗った。

朝食がまたあの「神饌」ではないことを祈りながら。




案の定、盆に乗っていたのは例のピンクがかった紫色の不規則な塊だった。

私は表面上それを受け取り、後で自前の非常食を食べることに決めた。


「そうそう、村長にお話ししましたよ。成田さんなら資料を見ても構わない、とのことです」


「そうですか、ありがとうございます」


「私は外の入り口付近で作業をしていますから、行かれる時は声をかけてくださいね」


「わかりました」


小森さんはそう言うと、すぐには立ち去らなかった。

その場に留まり、私が襖を閉めるのをじっと見つめている。

完全に閉まるその瞬間まで、彼女の視線が突き刺さっているのを感じた。


掛け金をかけ、鈴の音を伴う足音が遠ざかるのを確認する。

私は得体の知れない安堵を覚えた。


自前のもので朝食を済ませた後、私は小森さんの元へ向かった。

宿の玄関を出ると、天気はすぐれないようで、辺りには霧が立ち込めていた。


薄い霧だ。

だがよく見ると、その中に微細な粒子が漂っている。

陽光を浴びて、それは暗紫色に鈍く光っていた。


私は再び襟を立てた。呼吸をするたびに、喉の奥に砂利が詰まったような感覚を覚える。


少し離れた場所で、小森さんが竹箒を手に掃除をしていた。


「成田さん、準備もうよろしいですか?」

彼女が手を止めて尋ねる。


「ああ」


「それでは、村長のところへ案内します。今は神社で準備をなさっていますから」


小森さんの案内に従い、神社の方向へと向かう。彼女の体からは、相変わらずあの鈴の音がしていた。

一歩ごとに、鈍い響きが重なる。


彼女の説明によれば、神社は山の深部にあるという。

村を抜け、山道へ入ると、至る所に太く長い注連縄が張り巡らされていた。


空気が明らかに変わった。

昨日よりも、さらに静まり返っている。


山道は険しい。不揃いな石材で組まれた石段が続く。

登り切ると、拝殿で数人の村人が神楽の稽古をしているのが見えた。


彼らは濃い色の木彫りの面を被り、手に持った神楽鈴を振って舞っている。


腕を上げ。


足を上げ。


地を踏む。


シャラン、シャラン。


鈴の音はやはり、小森さんのものと同じようにどこか重苦しい。

動作のシンクロ具合は異常なほどだった。

どれほどの修練を積めば、これほどまでに揃うのか。


私は一人の足元を凝視した。


高く上げ、振り下ろす。


全員の足が、同時に地面を叩く。

一分一秒の狂いもない。


「これは……?」

私は興味を惹かれ、尋ねた。


「これは『久良木神楽』。儀式の当日には、みんなで踊るんですよ」


「みんなで?」


それは珍しい。


私は興味深く、村人たちの稽古を眺めた。


「写真を撮ってもいいですか?」


「ええ、構いませんよ」


私はリュックからカメラを取り出し、シャッターを切った。


「あ、村長様がいらっしゃいました」


本殿から、烏帽子を被り、白い狩衣を纏った老人が現れた。


七、八十歳ほどに見えるが、白髪混じりの体格は非常に頑健そうだ。

足元には漆塗りの厚底の黒履を履き、歩くたびに「ドン、ドン」と重い地響きを立てる。


私は身長百八十五センチと大柄な方だが、目の前に立った村長は、さらに頭一つ分ほど高かった。



「ほう、君が成田さんかね」


老人は私の前で立ち止まり、品定めするように上下を眺めた。


間近で見ると、彼の白い狩衣には歪な紋様が刺繍されていた。

伝統的な花鳥風月ではない。

それは地図に記された無数の等高線か、あるいは複雑に絡み合った樹木の根のように見えた。


「わしがこの村の村長、そして久良木神社の神主を務めている者だ」


深く刻まれた皺の寄った顔に、笑みが浮かぶ。

彼は右手を差し出した。その手は分厚く、指の節々は岩のように太い。


「村へようこそ。歓迎するよ」


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