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愛情戦記  作者: カリカトロ弁慶


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第一話 革命胎児

 この世に生を受けて二十と七つ、三十路を目前とするには稀有な晴耕雨読の生活を堪能している。幼少の頃と変わらないのは片目二重のみ。未熟な心身は今や跡形もなく消え去っている。いや、負けず嫌いは矯正できかねるものであったようだ。

 田舎から約二時間、街の中変に目立った時代遅れのアパートの中でこわばった首、肩をほぐしながら目の前の男と対峙する。ついに引かれてしまった。

「これが大人の休日なのか」

手元に残った道化師を小さなちゃぶ台に荒々しく置き、男を睨む。己よりも長く生きてきたはずなのに軽薄さを感じる、しかしふとした時伊達男のような雰囲気をだすコイツは出会った頃にも見た不変の笑みを浮かべ勝ち誇っている。

「相変わらず駆け引きが下手な男だな。脳筋め。」

そういったことは苦手なのだからしょうがないだろう。即断速攻、勇猛果敢、百折不撓、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるのだ。これで何戦目になるのかわからないが酷い結果ではないはずだ。

「惨敗も惨敗だなぁ、昔はこんなことがあればすぐに癇癪を起こしていたのになぁ」

そうだったか。あぁ、そうだったそうだった。あれは内地ではもう桜が咲いている時期だったろうか。いまだ雪解けの道半ばであった。




 井の中の蛙大海を知らず、まさにそうであった。家族と学校という狭い社会で生きていた愚かな少年の国家に革命が起きた。盤石な玉座にいつまでも居座りふんぞり返っているつもりであったのに、それは愛すべき肉親の一言により突如として崩れ落ちたのだ。

「あなたはお兄ちゃんになるのよ」

慢心にじゅくじゅくと染み込みたるのは民衆による武装蜂起の矢。実際はたった一人の、ただの赤子であるのに矢継ぎ早に並べられる言葉は狙いを外すことなく己に突き刺さる。母に手を取られその不格好になってしまった腹に触れた。その瞬間腹は大きく波打ち、自らの手を振り払うかのように蠢く。まるで宣戦布告、すぐにその玉座から蹴落としてやるぞという下剋上宣言であった。

 母による「半分こ」作戦により、オレはどんどんと猿山の頂点から谷底へと急降下していった。部屋には産まれてもいない弟という吉利支丹(キリシタン)が増えていく。もしや母は潜伏吉利支丹(キリシタン)だったのかと思うほどの所業である。なんとも愚か、伏兵は一人ではないのだ。救いようもないほど深い谷、もはや断崖絶壁とも言える地に足を着けていたオレを覗き込むのは父である。

「もうお兄ちゃんになるのだから好き嫌いはいかんぞ」

なんということだ。ついに、地に足つけていたはずがいつの間にか落とされた重石によって埋まってしまったではないか。出る杭は打たれる、文字のとおりである。本来の意味なんて子供にとってはどうでもいいものである。

 博学才穎ではないが周りよりも密な筋肉を持っていた子供だった。スポーツ万能ではないが痩身とした風貌であったのに将来は関取かと思ってしまうような者とタメを張る子供だった。それが己の特異性だと自慢するような子供だった。そこから生まれた強い自尊心は元来保持していた負けず嫌いとの相乗効果により己を肥えに肥えたブルジョワジーへと変貌させ、土方歳三の幼少期もかくやと言われたバラガキは、いつの間にか自ら進むことをやめ全てをプロレタリアートに任せるようになっていたのだ。そんなオレが玉座から蹴り落とされかねないというのは由々しき事態である。どれだけ母に抗議しようが国家は革命の波に飲まれていってしまう。父に期待しようともそんなものは簡単に溶けていき、どちらかといえばさっさと諦めて政権交代したら良いのだと言うプロレタリアート側である。

 唯一の肉親がそんなもので良いのか否、そんなことは許されるべきではないのだ。

子供とは無邪気で残酷な生き物だと全米が言っている。

 王の生活は日を追うごとに苦しくなる。何をしようにも「お兄ちゃん」というレッテルが貼られてしまう。全てが「お兄ちゃん」という物差しではかられてしまう。そんな焦燥にかられる毎日の末心身は既に満身創痍であった。何か一つのきっかけがあればラングドシャのように、さふぁっと溶けるように砕けてしまうだろう。

 何故なのだ。まったく。いかにしてそんなことを言おうと思ったのか。ついにオレはラングドシャとなってしまった。

 月が雲に隠れ、遮蔽物も何も無く開けきった土地が何も映さなくなった時、部屋の明かりも同様にしておとされるはずだった。オレは暖色の明かりから伸びる紐を引こうとする母の背中に抱きつき、久しぶりに子供らしく甘えてみる。「弟ばかりで寂しい」のだと。しかし弟は虎視眈々と手ぐすね引いてオレを待っていたのだ。

「まだあなたは赤ん坊さんなのね。弟が産まれてくるんだから、もうちょっとお兄さんにならなくちゃね」

「お兄ちゃん」攻撃によって既に痛手を負っていた歩兵たちは瞬く間に膝をつく。それだけに飽き足らず「お兄さん」という上位互換で後方に待機していた者たちを次々になぎ倒していく。ついに補給は絶たれオレによる絶対王政は終わりをむかえてしまう。歯牙にもかけなかった連中に地位をひっくり返されることが、特別階級であった己の強烈な自尊心をどれほど傷つけたかは想像に(かた)くない。「おやすみ」と言い背中を向ける母に何も言えなかった。母はそれをただの子供のふてくされだと思っただろうか。

 皆が寝静まった未明の頃、ついに子供は発狂した。それにしては静かに、気取られないように動いていた。起きる素振りもない男女にさえ焦燥を抱きながら外界へと足を踏み入れていく。


未だ腹の中の宿敵だけがこちらをみてほくそ笑んでいる気がした。


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