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【短編】婚約破棄された聖女(余命3ヶ月)ですが、幼なじみ騎士が過保護すぎます

作者: 和泉
掲載日:2026/02/13

「今すぐ出て行け!」

 王宮内に作られた冷たい石の聖堂に、第一王子アルバーノの声が響いた。

 

 いつものように床に跪き、祈りを捧げていたフィオラはゆっくりと目を開ける。

 内臓が焼かれるような痛みを我慢しながら立ち上がり、亀のような動作で振り返ると、白く霞んだ目でも婚約者であるアルバーノの隣に女性がいることに気づくことができた。

 

「おまえとは婚約破棄だ! マリアを新しい聖女に任命し、俺の婚約者とする!」 

「今までご苦労様」

 くすくすと笑う真っ赤なドレスのマリアが聖女の仕事を引き継いでくれるなら、心置きなくここから出て行ける。


「承知しました」

 フィオラはゆっくりとお辞儀をし、ふらつく足で一歩踏み出した。


 10歳になると必ず受けなくてはならない神託で、平民のフィオラが聖女と認定されてから6年間。

 国の結界を維持するためにその身を削り、ずっと魔力を捧げ続けてきた。

 だが、もう身体は限界。

 教皇に余命3ヶ月だと宣告されたのは、つい先週のことだ。


「そのチョーカーは聖女の証! それをマリアに渡せ!」

 アルバーノが新しい聖女を連れてきてくれたから、もう結界維持はしなくていい。

 逃げられないように約束させられた王子の婚約者なんて何の価値もない。

 水浴びも寝るときも常に身に着けているように命じられたこのチョーカーも全部いらないとフィオラは乾いた笑いをした。


 たったの数歩。

 まだ聖堂の出口までだいぶあるというのに、膝の力が抜けたフィオラはその場に崩れ落ちる。 

 思った以上に蝕まれた身体に、フィオラは起き上がることもできず、冷たい床に頬をつけた。


「は? 出て行きたくないからって変な演技するなよ」

「そんなことしたってアルバーノ様はもう私のものよ」

 二人の蔑むような声が、遠くの方で聞こえる。

 だが、言い返す気力どころか、フィオラの意識は薄れていくようだった。


「……っ、そこをどけ!!」

 怒号と共に、扉が叩きつけられるような音と、金属鎧の音が聞こえる。

 それは、この静かな聖堂にはあまりに不釣り合いな音だった。


「カルロス。貴様、許可なくここへ入ることは――」

 アルバーノのうわずった声を無視し、真っ直ぐにフィオラのもとへ駆け寄る影。

  

「フィオラ!」

 硬い石畳の感触が消えた瞬間、フィオラは暖かな腕の中へと引き上げられた。


「フィオラ! しっかりしろ!」

 白く濁ってよく見えない視界にぼんやりと映ったのは、銀の髪に緑の眼。

 この声と容姿はかつて同じ森を駆け回った幼なじみのカルロスだ。

 今ではもう第三騎士団長という立派な職業についているけれど。

 

「お前、こんな身体になるまで……」

 カルロスの腕が、折れそうなほど細くなったフィオラの身体を強く抱きしめる。

 この王宮で唯一心を許せる存在であるカルロスが駆けつけてくれたことが、フィオラはなによりも嬉しかった。

 

「……帰りたい。森に」

「あぁ、帰ろう。俺たちの家に」

 カルロスはフィオラの華奢な身体を軽々と横抱きにする。


「カルロス、その女から離れろ! それは聖女でもないただの汚い平民だ」

「……汚いだと?」 

 顔を上げたカルロスの瞳に、かつて戦場で「狂獅子」と呼ばれた狂気が宿る。

 

「この6年、フィオラがその命を削って維持してきた結界のおかげで、どれほど安泰に暮らしてきたと思っているんだ」

「なっ、貴様、騎士団長のくせに俺に文句を言うのか!」

「たった今を以って、騎士を辞する」

 カルロスの言葉に一番驚いたのはフィオラだ。

 この6年。彼がどんなに努力し、騎士団長まで上り詰めたのか。

 並大抵の努力ではなかったことくらい、フィオラにだってわかる。

 

「お前はもう祈らなくていい」

 カルロスはフィオラから聖女のチョーカーを取り上げ、無造作に床に放り投げる。


「あとのことは俺にまかせろ」

 フィオラは「守られている」という安心感の中で、ゆっくりと瞳を閉じた。


    ◇


 木漏れ日が優しく差し込む小さな丸太小屋。

 そこはかつて二人が秘密基地にしていた、森の奥深くにある隠れ家だった。

 

 フィオラがゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは白く濁った王宮の天井ではなく、使い込まれた木の梁。

 いつもなら霞んでよく見えないはずなのに、なぜか太い梁が見えるような気がした。


「気が付いたか、フィオラ」

 低いけれど穏やかな声に驚いたフィオラが首を動かす。

 重苦しい鎧を脱ぎ捨て、簡素なシャツ姿でフィオラの手を握っているカルロスの姿に、フィオラは驚いた。


「カルロス……?」

「遅くなってすまない」

 カルロスはフィオラの細くなった指先にそっと唇を寄せる。

 隣国との小競り合いを鎮めるために、半年も王都を離れなくてはならなかったとカルロスは謝罪をした。

 

 フィオラの結界は魔獣をこの国に入れないためのもの。

 人同士の争いだけはどうにもならないとカルロスは悔しそうに顔を歪めた。

 

「俺たちの故郷に戻ってきた。ここで静かに暮らそう」

 騎士団長という肩書きも、王家への忠誠もすべて捨ててきたとカルロスが笑う。


「体調はどうだ?」

 そう言われれば、あんなに痛んでいた身体から不思議と苦しみが消えている。

 聖女という任務から解放されたから?

 それともこの温かい日差しのおかげだろうか?


「ありがとう、カルロス」

 痛くないと答えると、カルロスはよかったと微笑んでくれた。


 それからの日々は、フィオラにとって夢のような時間だった。

 王宮での「聖女」としての生活は、朝から夜まで冷たい聖堂で祈りを捧げ、食事は味が薄いスープと固いパン。第二王子のセフェリノがこっそりくれた果物を食べることが唯一の贅沢。

 水浴びは夏でも3日に1回、洗濯は深夜だった。

 

 今は窓から差し込む柔らかな朝陽と、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いで目が覚める。

 カルロスが毎朝焼いてくれるパンと温かいスープはおいしすぎて、つい食べ過ぎてしまうほどだ。


「フィオラ、 無理に動こうとするなよ」

「でも、自分で」

 カルロスの過保護ぶりは、日に日に増していく一方だった。

 カルロスはフィオラの背中にこれでもかとクッションを詰め込み、丁寧にふーふーと冷ました特製の野菜スープを口元まで運んでくる。

 さすがにやりすぎだと笑うフィオラに、カルロスはこのくらいでちょうどいいと笑った。


「もうスプーンが握れそうなの」

 フィオラがゆっくりと右手をグーパーして見せると、カルロスはフィオラの細い手を両手で包み込んだ。

 

「却下だ。俺と繋ぐためだけに体力を使えばいい」

 真面目な顔でとんでもないことを言う幼なじみに、フィオラの頬が赤く染まる。


「目もね、だいぶ見えるようになってきたの」

 あんなに白く霞んでいた視界がここに来てから少しずつ治っている。

 カルロスのエメラルドのような緑の瞳や、窓の外に広がる森の緑、そして森で摘んできてくれた名もなき野花の色が驚くほど鮮やかに映るのだ。


「体調が良ければ、少しだけ外にでるか?」

 抱きかかえてやると言われたフィオラは真っ赤な顔になりながら頷いた。


 久しぶりに浴びる外の空気は、王宮の澱んだ空気とは違い、森の爽やかな香りがした。

 青く澄み渡った空も見える。

 鳥も花も色鮮やかに。


「きれい」

 ここに戻ってくることができて良かったとフィオラが微笑むと、カルロスも微笑み返してくれる。

 その過保護なまでの愛しさが、フィオラの胸を温かく満たした。


 カルロスの献身の看病のおかげか、日に日に体調がよくなったフィオラは、一ヶ月ほどで歩けるようになった。

 視力も戻り、消えかけていた聖女の魔力も戻ってきたような気がする。

 余命三ヶ月と言われたのが嘘のように身体が軽い。


「フィオラ、今日は肉だ」

 イノシシを担いで帰って来たカルロスの逞しさを思わず二度見する。


「こんな大きいイノシシ……!」

 さすが元騎士団長だとフィオラが感心すると、カルロスは困った顔をした。


「フィオラを守るために騎士になった。第三騎士団に入れば王子の護衛になれる。そうすれば王子の婚約者のフィオラに会えると思った」

 だが実際は第一王子のアルバーノはフィオラに会おうとせず、遊んでばかり。

 いくら聖女でも平民が婚約者だなんて耐えられないと言っている姿を何度も見たことがある。


 ただの騎士ではダメだと思い、ようやく第三騎士団長までなったのに、半年も国境に行かされフィオラの側にいることができなかったとカルロスは当時を悔やんだ。


「私のため……?」

「あぁ。10歳になったフィオラが神託に行ったきり、帰って来なくなった」

 カルロスは仕留めた獲物を地面に置くと、手袋を取った大きな手でフィオラの頬を優しく包み込んだ。


「俺はあの日からずっと後悔していた」 

「私、何も知らずに、一人で寂しいと、辛いと……」

 6年間、真っ暗な聖堂で一人孤独に耐えてきた。

 でも一人ではなかった。

 その間ずっと自分を助けるために、カルロスは血の滲むような努力をしてくれたのだ。

 

「これからは寂しいなんて思わせない。フィオラ、俺が命を懸けて守るべき主は、この国でも王子でもない。ずっとお前だけだ」

 カルロスの慈しむような誓いの口づけにフィオラの胸が熱くなる。

 

「一生側にいてくれ」

 あぁ、余命三ヶ月だけれど、最後にこんな幸せが待っていたなんて。

 今までがんばったご褒美だろうか?


「あと三ヶ月。よろしくね、カルロス」

「……三ヶ月?」

 三ヶ月とは何だとカルロスに聞かれたフィオラは慌てて口を押えた。

 

 しまった。

 カルロスは知らなかったんだ。


「教皇様に余命三ヶ月だと言われたの」

 フィオラが消え入りそうな声で告げると、カルロスは手を口元に当てながら首を傾げた。

 

「余命三ヶ月なわけがない」

 カルロスは真剣な眼差しでフィオラを見据え、確信に満ちた声で続けた。


「歩けるようにもなった。目も見えるようになった。何より、フィオラから溢れているこの魔力はどう見ても死にゆく者じゃない」

「魔力?」

 なにか溢れているの? とフィオラは自分の両手を見つめる。

 だが、何かが見えるわけでも変わったところもなく、ただの普通の手にしか見えなかった。


「教皇の予言など俺が斬り伏せてやる。三十年後も、五十年後も、ずっと一緒だ」

 カルロスの力強い言葉に、フィオラの目から堰を切ったように涙が溢れ出した。

 死を覚悟して自分に言い聞かせてきた絶望が、彼の熱量によって溶かされていく。


「ありがとう、カルロス」

 カルロスに抱き寄せられたフィオラは、自分よりもずっと背が高いカルロスを見上げた。

 目が合った瞬間、深く熱い口づけが降りてくる。

 二人はその日初めて同じ布団で眠りにつき、甘い朝を迎えることになった。


    ◇


「誰かこのチョーカーを外して!」

 王宮の豪華な客室で、マリアは外せない聖女のチョーカーを強く握りしめた。

 

 聖女の証として第一王子アルバーノがマリアの首につけたチョーカー。

 それはフィオラが6年間、片時も外さずに身につけていた「聖女の拘束具」だった。


「マリア、どうした?」

「あぁ、アルバーノ。これを外して! 重くて苦しいのよ」

「そんな馬鹿な。フィオラは普通につけていただろう?」

 留め具に手をかけたが、チョーカーはびくともしない。

 外れないなと呑気に言うアルバーノを、マリアは睨みつけた。

 

「アルバーノ殿下。なぜ、その女性が聖女のチョーカーを?」

 フィオラはどうしたのかと駆けつけた教皇が尋ねる。


「フィオラは追い出した」

「追い出した?」

「あんな汚い女より、マリアの方が美しくて清らかな聖女だからな」

 婚約者もマリアにしたというアルバーノの言葉に、教皇は真っ青な顔で膝をついた。


「そのチョーカーは、聖女の魔力を結界に送る魔道具です」

 結界維持のために強制的に魔力を吸い取る道具だと教皇はアルバーノに説明する。

 

「……強制的に、吸い取る?」

 アルバーノが呆けたような声を出すのと同時に、マリアの顔から血の気が引いた。


「歴代の聖女は祈りによって結界を維持していました。フィオラは平民の出でありながら、歴代で最も膨大な魔力を持っていました」

 通常の祈りで結界維持をするだけでは飽き足らず、国中に結界以上の恩恵を供給し続けるために国王が作らせた魔道具がそのチョーカー。

 そして欲を出した大臣たちのせいで奪い取る魔力が年々増え、フィオラは余命三ヶ月まで魔力が落ちてしまったのだと教皇は涙ながらに告げた。


「……は? そんな話は一度も……」

「ずっと国王陛下に訴えておりました。ですが、聞き入れられず」

 あぁ、フィオラが苦しみから解放されてよかったと、反逆とも取れる口にしてはならない言葉を言ってしまった教皇は、すぐに騎士たちに拘束される。


「ねぇ、ちょっと待ってよ! 外し方だけその男に」

 連行される教皇を引き留めたマリアは、首を横に振った教皇の姿に目を見開いた。


「私が方法を知っていたら、もっと早くフィオラから外していました」

 どうやってフィオラから外したのですか? と逆に教皇がアルバーノに問いかける。


「え……? あのときカルロスが普通に……」

 ただ普通に外しただけだと、アルバーノは当時を思い出した。


「……カルロスだ。カルロスを探せ! あいつなら外せるはずだ!」

「外して、早く外して!」

 マリアの若々しい肌が艶を失っていく。


「アルバーノ! 助けて、助けて……っ!」

 醜く変貌していくマリアに恐怖したアルバーノは、スッとマリアから距離を取った。

 

「カルロスを探し出せ。フィオラも一緒にいるはずだ。二人をすぐに連れて来い!」

 アルバーノの命令に慌てて駆けだす騎士たち。

 アルバーノは苦しむマリアを客室に閉じ込め、逃げるように自室に戻った。


    ◇


 森の静寂を破るかのような馬のいななきが小屋の周囲に響き渡った。

 先日カルロスが狩ったイノシシの肉を干した保存食でスープを作っていたフィオラは、不穏な空気に顔を上げる。


 まさかここに来たりしないよね……?

 だがその嫌な予感は見事に的中してしまった。


 どうしよう。

 今はカルロスが街へ行っていていないのに。

 

 不安で手が震え、お玉が鍋の縁に当たってカチリと音を立てる。

 窓の隙間からそっと外をのぞくと、そこには王宮の紋章が刻まれた鎧を身にまとった騎士たちが、十数人も詰めかけていた。


「聖女様! アルバーノ殿下の命令で迎えに参りました!」

 ここを開けてくださいと騎士の一人が扉を叩く。


 フィオラはぎゅっと胸元の服を握りしめた。

 もうあの王宮という名の牢獄には行きたくない。

 新しい聖女がいるのだから、もう私に用はないでしょう?


「マリア様からあのチョーカーを外すために、あなたが必要なのです!」

 なんで私が?

 私は関係ないじゃない。

 

「嫌です!」

 勇気を振り絞って叫んだが、騎士たちは聞く耳を持たない。


「殿下は『連れて来い』と仰せだ。突入しろ!」

 大きな音と共に、扉に剣が突き刺さる。

 フィオラは部屋の奥に逃げたが、騎士の人数にも力にも敵うわけもなく、申し訳なさそうな顔をするひとりの騎士にハンカチで口元を押さえられた瞬間、フィオラの意識は途切れてしまった――。



 目を開けた瞬間、フィオラの身体は震えた。

 ここはもう二度と来たくなかった暗くて冷たい聖堂だ。

 

「目が覚めたか」

 目の前には豪華な椅子に座るアルバーノ。

 そして彼の横には俯きながらぶつぶつ独り言を言っている老婆の姿があった。


 アルバーノは立ち上がるとフィオラの前へ。

 しゃがんでフィオラの顎を持ち上げたアルバーノは、今まで一度も見たことがない笑顔で微笑んだ。

 

「おかえり、フィオラ」

「……え?」

 状況がよくわからないフィオラは困惑する。


「やっぱり聖女はフィオラじゃないとダメだってやっと気づいたんだ。婚約者もフィオラに戻すから前みたいにここで祈りを捧げてくれ」

「……新しい聖女様と婚約されたのでは?」

「聖女じゃなかったんだ」

 がっかりだよとアルバーノは肩をすくめる。

 ドレスも宝石も好きなだけ準備すると言い出したアルバーノに、フィオラは震えが止まらなかった。


「嫌……です」

 フィオラは喉の奥から絞り出すように答えた。


「なんだと?」

 アルバーノの眉が不機嫌そうにぴくりと跳ねる。


「王子妃にしてやるって言っているんだぞ」

「私はカルロスの妻です。殿下の婚約者にはなれません」

 教会で誓いを立てたわけでもない。

 貴族のようにお披露目をしたわけでもない。

 でも、妻だと名乗っていいよね。

 私はもうカルロスと生涯を共にすると心に決めているのだから。


「黙れ! おまえはここで祈りを捧げていればいいんだ!」

 アルバーノが手を振り上げた瞬間、聖堂の入り口に大きな音と砂埃が舞う。


「なんだ?」

 振り返ったアルバーノは、殺気を纏ったカルロスの姿に目を見開いた。


「妻を返してもらおうか」

「カル……おま、王子に……」

 言いたいことが上手く言えないほど焦ったアルバーノは周りをキョロキョロと見回す。


「おい、早くあいつを」

 だが誰もアルバーノを助けに来ない。


「ど、どうした。誰か、おい」

「騎士たちを呼んでいるなら無駄だ」

 全員倒したと答えたカルロスの言葉に、アルバーノの顔はいっきに青ざめた。


「ひ、ひいぃっ……!」

 アルバーノは情けない悲鳴を上げながら、腰を抜かして床にへたり込む。


「おまえ、不敬……不敬罪で……」

「戦場の狂獅子と言われる俺に『不逮捕特権』があることをお忘れで?」

 国の英雄は世俗の法や王子の気まぐれでは裁けない不逮捕特権がある。

 カルロスを裁けるのは国王陛下ただひとり。

 第一王子のアルバーノにはなんの権限もないのだ。


「カルロス……」

 フィオラが呼ぶと、殺気に満ちていたカルロスの瞳が一瞬で春の陽だまりのような優しさに。

 駆け寄ったカルロスに抱きしめられたフィオラは、子どものようにしがみついてしまった。


「遅くなってすまない」

 カルロスの胸に顔を埋めると、懐かしい森の香りと温もりを感じる。

 ここが、私の居場所。

 冷たい石の聖堂でもきらびやかな王宮でもなく、この腕の中なのだ。 


「帰ろう。俺たちの家に」

「はい」

 今度は自分の足でここを出て行ける。

 カルロスの手を取ったフィオラは「帰りましょう」と微笑んだ。


「た、助けて……」

 去ろうとしたフィオラとカルロスを老婆が消えそうな声で引き留める。

 白髪がハラハラと抜け落ちる老婆が顔を上げた瞬間、首に見えたチョーカーにフィオラは息が止まりそうになった。


「……まさか」

 名前は忘れてしまったけれど、新しい聖女?

 嘘でしょ。

 あの時は目がかすんでいて見えなかったけれど、白髪ではなかったはず……?


「あぁ、それはマリアだ」

「なぜこんな姿……、えっと、もともとです?」

 実はあのとき全然見えていなかったとフィオラが首を傾げると、老婆になったマリアは震える手を精一杯カルロスに伸ばした。


「……チョーカーを、外し、て」

 なぜマリアはカルロスに懇願するのだろう?

 アルバーノに外してもらえばいいのに。

 

 あのチョーカーは水浴びのときも寝る時も外れないように、特殊な留め具でできていると言われたことがある。

 もちろん自分では外すことができなかった。

 今、あの人がつけているということは、少なくとも私からは外せたと言うことだ。

 他の人に頼めばいいだけではないのだろうか?


「なぜ殿下に頼まなかったのですか?」

 フィオラがマリアのチョーカーに手を伸ばすと、チョーカーはあっさりと首から外れる。

 その瞬間、マリアは大粒の涙を流しながら泣き崩れた。


「えっと……?」

 思ったよりも簡単に外れたチョーカーにフィオラも戸惑う。


「フィオラ、帰るぞ」

「あっ、えっと、これはどうしたら」

 どうすべきか迷ったフィオラからチョーカーを取り上げたカルロスは、無造作に石畳の上に放り投げた。

 衝撃でバキッと音を立てながら、チョーカーについた宝石が割れる。

 カルロスはチョーカーなど気にも留めず、フィオラの肩を抱き寄せ、聖堂の出口へと歩き出した。


 聖堂を一歩出た瞬間、フィオラの目に飛び込んできたのは、鮮やかでどこまでも広い青空だった。

 地面に転がっている騎士たちは見えないことにしておこう。


「眩しい」

「早く帰ってスープを食べよう」

 作りかけだったぞとカルロスに指摘されたフィオラは思わず笑ってしまった。


 カルロスはフィオラを抱き上げ愛馬の背に乗せると、背後から腕を回し手綱を握る。

 その胸板の厚さと鼓動の速さが、フィオラに「自分は今、本当に生きているのだ」という実感を与えてくれた。


 馬が駆け出し、王宮が遠ざかっていく。

 もう二度とここに来ないですみますように。

 フィオラは温かい腕に守られながら、カルロスと森へと戻った。


    ◇


 余命三ヶ月だと宣告された期日を過ぎたある日。

 王宮が魔物に襲われ、国王をはじめ、第一王子のアルバーノ、複数の大臣たちの訃報が国中に知らされた。


 不思議なのは王宮以外に魔物の被害がなかったこと。

 有事の際、王族が逃げるための隠し通路があるそうだが、どうやらその通路から魔物が侵入したらしい。

 騎士たちの懸命な討伐により魔物の被害は街に及ぶことはなく、王位はたまたま公務で外出していた第二王子のセフェリノが継ぐことになったと街の掲示板に告知された。


 第二王子のセフェリノは、アルバーノとは正反対の穏やかで聡明な方。

 フィオラが聖堂に閉じ込められていた頃、「あまり無理をなさらないように」と果実を差し入れてくれた優しい少年だ。

 きっと素晴らしい国王になるだろう。


「フィオラ、もう国を守る結界は作らなくていいんだぞ」

 そんなのは騎士に任せておけばいいと溜息をつくカルロスにフィオラは首を横に振った。


「祈りだけで結界を作るくらいなら大丈夫」

 王宮にいたときは、祈りを捧げていたのにさらに魔力を搾取されていたから魔力が枯渇しただけだ。

 

 新しい国王のセフェリノは、結界手当てを出してくれると約束してくれた。

 そしてカルロスには私の護衛手当てを支給すると。

 お金があれば街で食べ物だって服だってなんだって買える。

 それに――。


「この子が過ごしやすい国にしたいの」

 まだ膨らんでもいないお腹をさすりながら告げたフィオラの言葉にカルロスは目を見開く。


 聖堂の暗闇で苦しんでいた聖女はもういない。

 森の奥で手を取り合った幼なじみの二人は、家族に囲まれながら幸せな日々を過ごしました。


 END

多くの作品の中から見つけてくださってありがとうございます

感想、ブックマーク、リアクションいただきありがとうございます。執筆の励みになっています

幼なじみ騎士に萌えていただけたらうれしいです

チョーカーをカルロスが外せるのはなぜ?→あの森に住んでいると不思議な力が……!?(逃)愛の力でしょうくらいの安易な発想で、深く考えていなかったです(滝汗)

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
チョーカーを外せるのは清らかな人間のみ?と思いましたが、ならばフィオラを案じた教皇が外せないはずもないし、二人が暮らす森に何かあるとかなのでしょうか、聖地だったとか。
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