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──そもそも、イラついていたのだ。
白蓮は、稽古帰りの町道を歩きながら、溜め息をついていた。
今日は雲舟とまた顔を合わせた。何度言っても、あいつは本から目を離さない。
まともに稽古も受けず、兄たちの言葉すら受け流し、どこか他人事のような目をして。
(……なによあの態度。こっちは真剣に向き合ってるのに)
(自分だけ涼しい顔して、“俺は剣とは無縁”って?)
踏みしめた石畳の音に、苛立ちが滲んだ。
“剣神の息子”なんて大層な肩書をもらっておきながら、稽古嫌いの読書狂。
あんなのが、あの黎王の血を引いてるなんて、どう考えても釣り合わない。
(なんであんな木偶の坊が……)
(私が死ぬほど稽古してるのに、あんなのが“同格”みたいな顔してるの、ほんとムカつく)
気づけば、道の角を曲がっていた。
付き添いの華江家の者とは、いつの間にかはぐれていた。
(あ……しまった)
ふと足を止めると、あたりは静まり返っていた。
人通りもなく、店もなく、家々の戸は閉ざされている。
この辺り、道一本外れるだけで急に薄暗くなる。知っていたはずなのに──
戻ろうと一歩踏み出した、その時だった。
「嬢ちゃん、ちょっと道を訊いてもいいか?」
背後から声がかかる。振り返ると、男が三人。
どれも眼が笑っていない。
「……っ」
間違いない。
最近、町で囁かれていた噂──
“若い女を狙って拉致する連中が出没している”という話を、思い出すより早く、白蓮は戦闘の構えを取っていた。
「さわんな……アンタら、いい加減にしなさいよ」
手にしていた木剣を逆手に取り、足を沈める。
脚捌きに迷いはない。
初撃を叩き込む準備はできていた。
──だが。
敵は、三人じゃなかった。
道の奥、左右の路地、背後──五人、六人、いや、もっといる。
「嬢ちゃん、そーゆー反応……一番高く売れるんだよな」
刹那、白蓮は踏み込んだ。
一人目の喉元に肘を、二人目の膝に蹴りを入れる。
怒鳴り声。反撃。掴まれる腕。
そこからはもう、暴れるというより、必死だった。
「っらあああああ!!」
噛みつき、髪を振り乱し、爪を立て、何でもした。
体は痛みで軋んだ。けれど、負ける気などなかった。
けれど──
「……っ、あああ……っ!」
腕を捻られ、肩を打たれ、背中から地面に叩きつけられる。
意識が跳ね、呼吸が止まり、地面が揺れる。
多勢に無勢。それだけだった。
何もかも通じなかった。
「よぉし、大人しくなったな。縄持ってこい」
崩れた身体を押さえつけられ、白蓮はなおも睨みつけていた。
でも──そこまでだった。