第9話 出発前夜
──夜。
革命軍の仮拠点。
出撃を明日に控え、空気は自然と張りつめていた。
それでも、
司と朋也は、静かに並んで座っていた。
火を囲むように。
「……なあ、司」
朋也が、ふと笑った。
「初めて会った日のこと、覚えてるか?」
司は、少しだけ眉を動かした。
「……ああ」
忘れるはずがなかった。
まだ、互いに軍の一兵士だった頃。
天使因子を持つ司は、その力を理由に、軍へ強制加入させられた。
朋也は、国を守りたいと志して自ら入隊したが、
そこで天使たちが道具のように扱われる現実に、静かに不信感を募らせていた。
──それでも、最初のうちは、お互い関わるつもりはなかった。
だけど。
「家族、殺されたんだろ」
朋也が、ぽつりと言った。
司の指先が、わずかに動く。
「……ああ」
……俺が軍に加入すれば、家族は助けてくれるって言われた。
でも結局、“天使因子の管理対象”だって理由で……処分された
火の揺らめきが、その言葉を静かに包み込む。
「──だから俺は、あの日、命令を無視して飛び込んだ」
ただ、自分の意思で。
誰にも縛られず。
「お前、あん時から無茶苦茶だったな」
朋也が、軽く笑う。
「単身で敵陣突っ込んで、
俺、マジでドン引きしたぞ」
「……お前も、追いかけてきたくせに」
司が、珍しく少しだけ笑った。
「だってよ」
朋也は、肩をすくめた。
「一人で死なれたら、つまんねぇだろ」
火の揺らめきが、ふたりの顔を柔らかく照らす。
「なあ、司」
朋也が、真剣な目でこちらを見た。
「後悔、してねぇか」
「──何をだ」
「こんな道、選んだこと」
司は、少しだけ考えた。
火が、ぱち、と音を立てる。
「……してない」
短く、でも確かな声。
「お前と一緒に来た道だ」
「それだけで、十分だ」
朋也は、しばらく黙って、
それからゆっくりと笑った。
「そっか」
「……俺もだ」
「司と一緒に、ここまで来られて、よかった」
火は、静かに、静かに燃えていた。
ふたりの間には、もう言葉は必要なかった。
ただ、
戦うために。
守るために。
明日、すべてを懸けるために。
──ふたりは、同じ火を見つめ続けた。
もしも、この夜が最後になると知っていたら。
もっと、いろんなことを話しただろうか。
風が、灰をさらって遠くへ運んでいった。
その先にある朝を、
ふたりはまだ、知らない。