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ロシアンルーレット

連れてこられたのは、古びた廃城の一室だった。

壁は石造りで、灯りもろくにない。だが、牢のような鉄格子があるわけではなく、ただ中央の空間に三人を並ばせて、縄で手首と足首をしっかり縛っただけの状態だった。


王子とセレーヌは隣に座らされ、メリンダは少し離れた場所にいた。

縄はきつく、動ける範囲はほとんどなかったが、声を掛け合うことはできる距離だ。


部屋の隅では、黒犬の牙の下っ端たちが数人、ぐうたらと床に座り込んでいた。

酒をあおる者、ナイフを弄ぶ者、ただ王子たちを値踏みするように眺めている者――雰囲気は異様だった。


「……ボス、まだ来ねえのか?」


「くそ、暇すぎる……こいつらの価値、ちゃんとあるんだろうな?」


そんな中、一人の男がメリンダの様子に気づいた。


「……なあ、お前、さっきから妙に堂々としてるな?」


メリンダは、視線も動かさずに答えた。


「ええ、だって。意気地なしのあんたたちより、私の方が肝が据わってるからよ。」


男たちが一斉にどよめく。


「なんだと?この小娘……」


「さっき首にナイフ突きつけられてたくせに、まだ余裕ぶっこいてやがる」


「……そうだ、じゃあ試してみるか?」


にやりと笑った一人の男が、腰から拳銃を取り出した。銀のリボルバー。磨き抜かれた銃身が、部屋の明かりに鈍く光る。


「ロシアンルーレット、知ってるか?」


メリンダはようやく興味を引かれたように顔を向けた。


「子供の遊びでしょ。暇つぶしには丁度いいわ。」


「ふん、言ったな?」


拳銃に玉を詰める。そして、レボルバーを回してもう一弾。もう二弾。 計三つの弾丸を詰めると、こちらを向いた。


この拳銃は、計6つ弾丸を込めることが出来る。つまり、2分の一の確率だ。


かちりとセーフティを解除する。金属音が妙に響いた。その音と共に恐怖心が増す。


「この引き金を引いけたら、その平民の女は逃がしてやる。。。やるか?」


王子は、メリンダの方を見る。


「メリンダ。相手の挑発に乗らなくてもいい。」


メリンダは、王子を一瞥して、男の方に振り返った。


「やるわ。」



「おい、メリンダ!やらなくていい。」


メリンダは、内心チャンスと思っていた。両手が自由になり拳銃が手に入れば、相手の隙を引き出せるかもしれない。


「平気よ。将来女王になるのよ。こんなところで死ぬはずないわ。・・・縄を解いて。」


男は、セレーヌと違い、あまりに堂々としたメリンダの態度を面白くないようだった。終始生意気なメリンダのおびえ切った姿を見たいようだった。


「いいだろう。おい、縄を解け。」


下っ端の男は、恐る恐る尋ねる。


「いいんですか?頭が来る前にこんなことをして。」


「いいんだよ!俺の言うことを聞いてれば!」


「は、はい。」


下っ端は、ひょこひょことメリンダの後ろに回り縄を解く。


「おい!やめろ!!!」


メリンダは、自分のこめかみに銃を当てる。


「これを引けば、セレーヌを開放してくれるのよね?」



王子は、セレーヌを止めに立ち上がろうとするが、頑丈な男たちに押さえつけられる。そして、王子にも終始拳銃が突きつけられている。


男はにやにやとメリンダを見る。

「ああ。本当に引き金が引けたらな。」



メリンダは、余裕そうにその男を見る。


「私は、凡人なあなたとは違うのよ。私がおびえる様子を見たいようだけど、それは無理ね。」


メリンダは、馬鹿にしたように男を見る。



そして、セレーヌは何の恐怖心もなく引き金をひいた。



かちり


しんと室内が静まり返る。


「へ、へえ。やるねえ。」


誰もが、メリンダの態度に驚愕している。大の大人でも、こんな簡単に引き金を引けるやつを見たことがなかった。

しかし、メリンダは、余裕そうな表情で、呆気もなく引き金を引いてしまった。



メリンダは、にやりと笑って、歩き始める。


「お、おい止まれ。」


メリンダは、もう一回、引き金を引く。確率は、3/5。


かちり。


あまりに躊躇なく引き金を引くメリンダに、男は驚愕している。死を恐れないメリンダに対し、底知れぬ恐怖を抱いているようだ。



「私、死なないのよ。」


メリンダは、男にもう一歩近づく。


「ち、近寄るな。撃つぞ!」


男は、セレーヌのほうに構えていた拳銃をメリンダに向ける。


それを見て、メリンダは、内心ほっとする。メリンダに銃口が向いている限り、メリンダの優位は続く。それがメリンダの狙いだった。


「撃てばいいわ。その拳銃、私に当たることはないもの。」


メリンダはさらに一歩進める。


「証拠を見せましょうか?」


メリンダは、自分のこめかみにあてた拳銃をぎゅっと握った。


「この最後の弾。私は出ないことを知っているわ。」


3つの弾が連続して入っていない限り、次は絶対に発射される。次の玉が出ない確率は、3/4だ。


「ば、馬鹿な。」


男は、焦ったように笑った。自滅してくれれば、いい。


「メリンダ!やめろ!!」


メリンダは、王子のほうを見る。ひどく焦っていて、涙があふれていた。


メリンダは、少し申し訳なさそうな顔をする。心配させてしまった。



私は自分の拳銃を引いた。


かちり


男の驚愕した顔を見て、メリンダは一気に距離をつめる。


「化け物が!近づくなああああ!!」



「お、おい!!撃つな!!」


男は、半分パニックになりながらメリンダに発砲した。




メリンダは死なない。20歳まで、絶対に。




弾は、メリンダの肩を掠め外れる。2発目、3発目もすべて外れる。

あるいは、無意識に外したのかもしれない。

それでも、男の顔には確実に「恐怖」が浮かんでいた。


(なんでだ……なんでこいつは、倒れない!?)


メリンダの足取りは止まらない。


後ずさりする男。その手の銃はすでに空になっていた。

その瞬間――


その静寂を破るように、誰かが扉を蹴破った。


「王子殿下!!ご無事ですか!?」


衛兵たちだった。セレーヌが機転を利かせて、助けを呼んでいたのだ。


「早く、王子とその女性を!」


「こちらの娘も怪我をしている!早く担架を!」


衛兵たちが一斉に駆け寄る。


王子は、メリンダのもとに駆け寄った。


「ば、馬鹿じゃないのか!!」


彼の叫びは、怒りと安堵と、そして恐怖が混じったものだった。

無謀な真似をして、それでも平気そうな彼女を、どうしていいか分からなかった。


「なんで……あんなこと……!」


しかし、メリンダはふっと笑った。

どこか空虚で、でも温かい笑みだった。


「……まだ……、一発も銃弾使ってないよ。」


そう呟いて、拳銃を手から滑り落とす。

金属音が床に響いた。


「でも……みんな、無事で……よかった……」


その瞬間だった。


ぽろっ、と一粒の涙が、メリンダの頬を伝った。

自分でも、意識しないうちに涙があふれていた。


「……あれ?」


自分の頬に触れて、メリンダは不思議そうな顔をする。


(おかしいな……私は死なない。怖いことなんて、何もないはずなのに)


(だけど――)


(王子が、死ぬかもしれないと思ったとき……セレーヌが、目の前で連れ去られると思ったとき……)


「っ……急に……呼吸が……うまく……」


胸が苦しい。涙が止まらない。


いつもは冷静に笑ってみせる彼女の顔が、今だけは崩れていた。


王子は、その姿に目を見開いた。


「メリンダ……?」


驚きと、戸惑いと、胸を締めつけられるような感情が、彼の中を駆け巡る。

いつもの彼女なら、絶対に見せない顔だった。


怖がることもなく、怯えることもなく、強がって、冷たく笑っていた彼女が、今は――


「……怖かったんだな……」


王子は、そっと彼女の肩に手を置いた。

その肩は、小さく震えていた。

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