誘拐
久しぶりすぎて、、、
誘拐が起きたのは、その日の夜のことだった。
セレーヌが加わって、3人で市場観光をすることになった。
いつもと違うことといえば、セレーヌがいるということ、そして今日はお祭りの日だということ。
今日は、「星祭り」の日。
年に一度、天から星が舞い落ちると言われるこの祭りの日は、願いを一つ空に放つ風習があり、町中が飾りと灯りで彩られていた。
「わあ……綺麗。」
メリンダは、ぼんやりと夜空を見上げて呟いた。
空には無数の灯りが浮かび、風に乗って小さな紙灯籠がゆらゆらと流れていく。
「ねえねえ、これに願いを書くらしいわよ!やってみようよ!」
セレーヌが嬉しそうに灯籠を抱えてきた。王子も微笑みながら一つ受け取る。
「じゃあ……願い事、なににする?」
王子の問いかけに、メリンダは一瞬、答えに迷った。
(どうせ、私は20歳で死ぬ。だから願うのは……)
メリンダは、夜空に浮かぶ灯籠の光を見つめながら、ふと視線を東の空に移した。
その表情はどこか悲しげで、切なさを帯びていた。
その様子に気づいた王子が、心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「……大丈夫?」
優しい声だった。
メリンダは小さく笑って、ゆっくりと灯籠に文字を書いた。
「私が死ぬ、その時まで――私の大切な人みんなが、幸せで生きていられますように。」
小さな声で、誰にも聞こえないようにそう願いを込めて灯籠を空へ放つ。
その直後だった。
――パンッ!!
乾いた破裂音が、祭りのざわめきを切り裂いた。
「……え?」
誰かの悲鳴と、怒声。そして、空気が一変する。
「伏せろ!!」
衛兵らしき者の怒鳴り声が響く。
「こっちだ!!あいつら、王子と一緒にいるぞ!!」
その場にいた人々が一斉に逃げ出す。
広場の一角に、黒ずくめの集団が現れ、威嚇するように銃を構えていた。
「この辺を仕切ってる〈黒犬の牙〉だ……!」
周囲の誰かが震える声でつぶやく。
その名に、王子とメリンダも反応する。
〈黒犬の牙〉――下町で暗躍する犯罪集団。その名を知らぬ者はいない。
次の瞬間、セレーヌの腕が突然掴まれ、彼女が叫び声を上げた。
「きゃあっ!!」
「動くな!この娘を撃つぞ!!」
セレーヌが人質にされ、ナイフを突きつけられている。
王子が前に出ようとすると、すかさず背後から別の男たちが現れ、彼を羽交い締めにした。
「っく……! 離せ!!」
「王子!!」
メリンダが叫んだ時には、すでに王子の姿は連れ去られようとしていた。
セレーヌは恐怖に震え、メリンダの方を見た。その瞳は、助けを求めるように潤んでいる。
(私が……私が行かなきゃ)
震える脚で、一歩前に出たメリンダは、はっきりと声を上げた。
「その子を離して!代わりに、私を連れて行って!」
その場が、一瞬静まり返った。
黒服の男たちが顔を見合わせる。
「……何者だ?」
「私は、メリンダ・ヴァレンティア。王子の婚約者候補よ。私を捕まえた方が、ずっと高く売れるんじゃない?」
男たちの目がぎらりと光る。
「……面白い。乗った。」
セレーヌは解放され、代わりにメリンダが腕を掴まれる。
黒服の男たちの一人が、メリンダの腕を乱暴に引っ張った。
すぐにもう一人が後ろに回り、短剣を取り出す。
「逃げようとしたら、こうなるからな。」
その言葉と同時に、冷たい刃がメリンダの首筋に突きつけられた。
「……っ!」
肌をかすめた刃先から、細く赤い血がにじみ出る。
ひやりとした冷たさと、じわりと広がる熱に、メリンダの呼吸が一瞬止まった。
(でも――死なないから。)
そう心の中で言い聞かせながら、メリンダは微動だにしなかった。
「やめろ!!」
王子が叫んだ。男たちに羽交い締めにされながら、目を見開き、必死に抗っている。
「メリンダを離せ!!代わりに俺を――」
「黙れ、王子様。」
黒服の男が王子の腹に拳を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
王子が苦しげにうずくまると、別の男が袋をかぶせ、そのまま強引に引きずっていく。
そして、セリーヌも解放されることはなかった。
「約束が違うじゃない!」
メリンダは、そう叫ぶ。セリーヌだけでも、無事でいてくれればと思ったのに。
「この女、かなりの価値があるかもしれない。連れていけ。」
――王子とメリンダとセリーヌ、三人同時に連れ去られた。