五のうつつ ムニムニ
それはいつも飛んでいた
ふわりふわりと綿帽子
想い耽ると表れて
おちょくるように脳裏で揺蕩う
忘れてやらないか。
出来ない。
だって、本当の死になってしまう。
それなら、ぼれがこのまま。変わりに。
思考が飛び交う。まるで戦争だ。完結しない。
だって、彼女は、ここに居るじゃないか。
* * *
ピピピ ピピピ ピピピ
アラームの音に詠は目を開ける。端末に手を伸ばし、画面を薄目で見る。時間は昼になる手前。
ガチャ
「ん、起きた」少し開いた扉の隙間から孁が顔を出す。
「んあ~。起きたよぅ」だらけた全身の筋肉を、ぐわーと伸ばす詠。
「もうお昼ご飯できてるよ」孁が扉を大きく開けた。美味しそうな匂いが寝室にふわり入り込み、詠の鼻をくすぐる。
「食べるぅ~」大の字で気の抜けた返事をする。
「ん、顔洗って。お皿並べておく」孁は食事の支度をする為に扉の前から居なくなった。
「んわぁ~ぃ」布団の中で最後の抵抗で一人もぞもぞしながら返事する詠。
詠は洗面所で水を出し、手のひらで掬い、顔を洗う。季節が変わっても変わらない冷たい水。気持ちを活動モードに切り替えてくれる。
「ふぅ」フェイスタオルで濡れた顔を拭き、鏡の中の自分を見る。頬をムニムニする。少し顔がむくんでいる。昨日仕事が終わってからお酒吞んだんだっけ。どんくらい呑んだか忘れたけど、さいあくだぁ。
「詠、何してるの」全然来ない詠のことを呼びに孁が様子を見に来た。
「ねぇえ、ちょーバッドなんですけどぉ。見てこれ、めっちゃむくんでるんですけどぉ」頬をムニムニしながら孁の方を向く。
「ん、昨日たくさん呑んでた。仕方ない」詠の頬をムニムニしながら答える。
「そんなに呑んでたの?記憶喪失で分かりませぇん。孁は呑んでないの?」
「ん、少し呑んだ。けど全然酔ってない」
「孁はお酒強いもんなー、たまには私より呑んで酔っ払えよ~」
「二人とも酔っぱらったら終わり。あと、この世に私を酔わせるお酒は無い」
「むー。今度瑠璃に訊いてみよっと」
「ん、見つかったら今度三人で飲み会しよう」
「だね、楽しみだん」
「ん。それよりご飯冷める、食べよ」
「うん!今日のお昼は何作ったのー?」
「ん、今日はシンプルに和食」
「体にイイね!流石孁!」
二人が居なくなった洗面所。蛇口から水滴がゆっくりと。ポタリ。
~ ~ ~
「孁、これから何するー?もうお昼なっちゃうけど」今日はオフの日。予定とかは特に考えてなかった。何をするか孁に訊いた。
「ん、私は散歩でもしようかなて思ってた。詠も来る?」ぽりぽりと漬け物を食べながら詠を誘う。
「いいの~?私も行く~。着いていく~」こちらもぽりぽりと漬け物を食べながら応える。
「ん、行こ」味噌汁を啜る。
孁は口数が少ないので物静かなイメージが付きがちだが、こう見えてアウトドア派だ。
朝はランニング、寝る前とかは自宅で軽めの筋トレをしているの為、周りの人より力があり、スレンダーで引き締まった体型。男装したらモテモテになりそう。
一方、私はというと。お洒落や美容に力を入れているので、ふにゃふにゃの二の腕を手に入れました。だから力がいる時は孁に頼って後ろで応援する係です。
「ご馳走さま!美味しかった!」手を合わせて食事を終える。
「ん、ならよかった。皿洗うから詠は準備」食べ終えた皿を集めながらに。
「わかった~、孁も皿洗い終わったら来て!化粧したげる」
「ん、わかった。メイクアップお願い」
「もちのろ~!パパっと仕上げるよーん」歯磨きをしにパタパタと洗面所へと向かう詠。
ー ー ー
「あの、詠」孁は自分の髪をいじいじしてる詠を鏡越しに見る。
「どったの?お花摘みたくなった?」上からひょっこりと顔を覗き込む詠。
「いや、違う。その、なんで」孁は鏡に写る自分を指を指した。そこにはショートヘアのウィッグを被り、メイクもシンプルで、男っぽい孁が映っていた。
「あ、今日のテーマはクールです!服もカッコいいやつにします!やっぱり孁は男装似合うねぇ」
「ん。けど、可愛いやつ着たかった」肩を落とし、少し残念な気持ちになる孁。
「まぁ良いでしょ!似合ってるし!いざとなったらボディーガードになってくれるっしょ?」
「それはそうだけど、私たちはか弱い女の子。プライベートボディーガードは瑠璃の役目」
「確かに。言われてみればそうだわ。てかさ、瑠璃今日何してんだろ?」
「ん、多分道端グライダー」瑠璃と言えばこれ。デフツの空を滑空してる瑠璃を知らない人は居ないだろう。
「あー、あり得る。私たちが休みの日に歩いてるとさ、たまにピョンピョンしてるの見かけるよね」瑠璃はフィジカルが高い。壁を登って屋上から別の建物に飛び写るとか、パルクールでピョンピョンするのは朝飯前だ。
「ん、散歩してたら会えるかもね」
「そうだね!今日の男装した孁のこと気付くかな?」
「ぅ。これで瑠璃と会うのは、恥ずかしい」頬を赤らめ、顔を両手で隠してしまう。
「大丈夫だよ~、瑠璃も気に入ると思うよ?いつもと違うのもありとか言いそう」後ろから抱き締め、フォローする。
「ん、ん」前髪をいじる孁。
「まんざらでもないんだらぁ~。後は服装だけだね!もうイメージとぴったりのやつあるから、それ着て出発!」孁の頬っぺたをムニュっと潰して催促する詠。
「べ、別に!だし」先程よりも頬が赤くなる孁。
揺れるカーテン。隙間から覗く透き通るような水色、真上に浮かぶ太陽。少し、日射しが眩しい。
ゆめ、うつつか。