四のうつつ 破れた
それはいつも飛んでいた
ふわりふわりと綿帽子
想い耽ると表れて
おちょくるように脳裏で揺蕩う
「ねぇ、今から痛いことしても、いい?」耳の後ろで女性の声が聞こえた。
「うん」少年は頷いた。
「いいの?もぅ少し悩んでもいいんだよ?」
「じゃあ、どんな事をやるの?」
「んー、その痛いことは、前の○○を無くして。○○○○○に生まれ変わらせる、みたいな○○○な?○○○を変えれば私と一緒になるっていうか....」
「いいよ。やる」
「そっか」女性は呟く。そして少年を強く抱き締めた。
女性は少年の首筋に近づく。ふっと息を吹きかけ、優しく、口づけを、数回。
「ちょっと、じゃないかもだけど我慢してね」
生暖かい吐息。覚悟を決める。そして。
蛇が噛みついた。
「っはあ!はぁ、はぁ、はぁ、ふぅうぅ」瑠璃は飛び起きた。額の冷や汗を拭い前髪をかきあげ、深い深呼吸を続けて気持ちを落ち着かせる。
右側の首筋を擦る。なんともない。リアルな夢だ。本当に咬まれたのような感覚が若干残っている気がする。時計を見た。深夜の十二時半だ、昨日は疲れてシャワーを浴びてすぐ寝たんだった。
窓辺で寝ているおでんはスヤスヤと良い夢を見ていそうだ。おでんを起こさないようにゆっくりとベッドから下りて、台所へ向かう。コップを手に取り水道水を汲む。そしてグイッと一気に飲み干した。
「変に目が覚めちゃったなー。うーん」寝るにも寝れなさそうな夜に、何をしようか頭を捻る。本を読もうか、グライダーの整備をするか。あ、散歩するか。軽い運動になって眠くなるかもだし。
そうと決まれば外に出る身支度を始める。元から素っ裸なのでパンツを穿いてダメージデニム穿くだけ。上は暑いので別に着なくてもいいかな。いや、パーカーだけ羽織るか。
キャップを被り、サンダルを履いて、うるさくないよう静かにドアを開けて外に出た。
真夜中の新仙京の街は、眠らない街の琥珀と比べると歩いている人は少ない。帰路か夜職の人がポツリポツリと歩いて、車道は車がたまに通る程度。
そんな人達が買い物をする為のコンビニエンスストアがいつでも気分良く向かい入れられるように、常に笑顔を絶やさないアンドロイド。その義務笑顔を横目で見ながら、若葉通り付近のアーケード街へと向かった。
夜のクリスタルロードにはスケートボーダー達がトリックを決めたり漕いだりと夜な夜な集まっている。彼らのトリックをぼんやりと眺めるのもいいのかな。
アーケードに入るとバン、ガタッ、ゴー、と早速聞こえてきた。ストリートな奴らが元気に運動をしている。その近くも遠くもないところに座り、目の前を通ったり、ジャンプして空中浮遊するのを眺める。どおやったらあんなことできるんだよ、心の中で思う。もしぼれがやってもすっころんで終わりだ。
『明日お昼ごろにでもグライダーしよっと』彼らのことを見て自分も運動をしたくなり、明日の予定に組み込んだ。瑠璃は立ち上がり、家に戻ろうと歩き出した。
『うーん、このまま帰んのもなんかなぁ』ふと感じ、途中にあるデカい公園に行くことにした。
夜の公園は何処か不気味だ。昼は子供たちが疲れ知らずに遊びまわっていて明るい場所だが、深夜の公園は静かで暗がり。子供ではないナニカがいるのではないかと思うが、そのナニカはぼれのことかもしれないな。怖いという感情は他の人より感じにくいので、スタスタと暗がりに佇む遊具へと近づいて、一番風通しの良さそうな展望台みたいなところへと登り始めた。しかし、展望台に続くトンネルに瑠璃は入ろうとしたが、身体が大きい瑠璃には小さすぎたので少し戻って壁を登り、本来登ったら駄目な所をひょいひょいと歩いて展望台に入った。
展望台は遊具の中でも一番高いだけあって風通しが良く、少し湿った額の汗がすぐ乾いた。公園全体を見渡すが、当然誰も歩いていない。夜空には少なく散らばった星がチラチラと瞬きする。
「ふぅ。暫くここでのんびりするかな」柵にもたれ掛かり、パーカーのポケットに入っていた煙草を取り出した。瑠璃は人前、知り合いの前では絶対に吸わない。独りになると、さり気なく忍ばせている煙草を嗜む。銘柄は甘ったるいチルポップのグレープキャンディーで、珍しいスターフィルターが使われているシガーだ。
箱から取り出し、口に咥えて香りをブーストさせるカプセルを潰し、火を点けようとするが、風が吹いているので上手く点かないので手でライターを覆って、再度点火する。
火が消えないように深く吸う。胡散臭い人工的な甘ったるいグレープキャンディーの香りが瑠璃を包み込む。小さい頃からメールが吸っていたこのグレープキャンディーの香りが好きだった。
そして、メールが煙草を吸っているのを真似したくて、『ぼれにも頂戴』と言ったら、『でっかくなってからな』と言われて、言われた通りでっかくなったらくれるようになったっけ。けど、『あんまり人前でこの煙草は吸わない方がイイヨ、嫌いな人が多いかラ』と言われたので、先ほども言った通りに人前では吸わずに独りで嗜むようになった。
しばらく夜に瑠璃が融けていた頃のち。
「あー。公共の場所で吸うなんて、悪い人だー」突然、後ろの柱の影から中性的な声が瑠璃に話しかけた。
「うるせー。どうせぼれは悪い人だ」瑠璃は声の方も見ずに、夜空を見上げながら返答、煙を吐いた。
「不審者だぁ、けーさつけーさつ」声の主はやりもしない通報をしようとする。
「そうゆうおめぇは何者だ?」失礼な態度を続ける相手に瑠璃は正体を訊いた。
「僕?家出してきた不良だよ」声だけで本当かは分からないが、自分が何者なのかを明かす。
「不良だなあ。家が嫌いなのか?」家出の理由を訊き、返事を待っているようにゆっくりと煙草を吸う。
「うん、嫌い。親があれやれこれやれって強要してくるから」不良の右手が柱からはみ出る。
「っふー......嫌って言えばいいじゃねぇか」最後の一口を吐きながら、携帯灰皿に吸い殻を捨てた。
「言っても、無理やり。やるまで終わらないネチネチ」柱の後ろで呆れたような溜息が聞こえた。
「そりゃあ、居づらいわな」あたりに漂う余韻に浸りながら同情する。
「うん。ホントに」吐き捨てるようにいった。少しの間、余韻が沈黙に変わった。
「お兄さん、相手してよ~」遂に声の主はその顔をひょこっと出した。身長は金綠の二人よりも高く、体の半分程度もあるかなり長い金髪のロングヘアが風に揺れる。が、瑠璃はまだ夜空を眺めたままだ。
「ま、話し相手くらいにはなってやるわ」瑠璃はくるりと振り向いて柱に歩き出し、不良のとなりに座る。
「やったぁ、隣に失礼するね」嬉しそうに瑠璃の隣に座った。
「んで、なんて呼べばいいんだ?」次の煙草の準備をしながら名前を訊いた。
「クウト。空に兎。よろ~」空兎は瑠璃に肩に腕を回しながら答える。
「男っぽい名前だな。女なのに」火を点けながら空兎の顔を見た。
「親は男が欲しかったらしいけど、女だから男みたいな名前にされたんだよ。マジでクソったれ」自分の名前が気に入らなかったのか、空兎の眉間にしわが出来る。瑠璃は何も言わず、煙を吸い、そして吐いた。
「じゃあ、そらうさ」瑠璃はポツリと呟いた。
「あ?なんかいったか?」良く聞き取れなかったのか、空兎は声を荒げる。
「お前のあだ名だ。そらうさ、どうだ?」
「そらうさ.....?」あだ名に驚き、瑠璃の方を見た。
「クウトよりかは可愛いだろ?一応女なんだからちょっとは可愛い方が今のお前に似合うと思うけど」その言葉を聞いた空兎は口が半開きのまま、瑠璃を見つめた。
「おーい?どこ行ったー?戻ってこーい」瑠璃は放心状態の空兎の目の前で手のひらを振った。次第に視線が手のひらに向き始めると、空兎はノーモーションで瞬時にその手のひらを握った。視線が遮られる。
「んで、どうだ?そらうさ」手のひらを横にずらし、遮られた視線を合わせる。
「.....ぁあ!めっちゃ可愛いな!」弾んだ声で、飛び切りの笑顔で、瑠璃に答えた。まだ握られたその手に力が入っているのが分かる。
「なら良かった」そういうと、チルポップを再開する瑠璃。
「お兄さんのことはなんて言えばいいかな?」星を眺めながら訊いた。
「あぁ、そうだったな。ぼれはソラホシルリ。好きなように呼んでくれ」
「わかったぁ。じゃあソラホシさんにしよっと!お揃いだぁ」いたずらに元気な笑顔で瑠璃を見る。
「あだ名みたいなもんだからそのまんまでいいぞ」
「わかったぁ、ソラホシぃ。よろしくねぇ」ソラウサは握手をしたいのか、右手を瑠璃の方へと差し出した。
「おう、よろしくな」その手を取り、これからのことを約束。
「んふー、今日は帰ろうかな。良いことがあったし」そういうとソラウサは、んしょ。と立ち上がった。
「それは良かったな。気をつけて帰れよ」
「わかったぁ。また会ったら遊んでね」瑠璃に手を振るソラウサ。
「おう。また何処かでな」瑠璃は片手を上げて、空兎に手を振る。
「それじゃあねぇ~」滑り台に入って行って、だんだんと遠くなる声。そして、下で機嫌がよさそうな軽快なステップが聞こえる。次第に、それも聞こえなくなった。
最後の一口を吐き終える。時計を見る。午前3時半に架かりそうになっている。
「,,,,,,,帰るか」チルポップをポケットに仕舞い、よっこらと立ち上がる。ソラウサがしたように、瑠璃も滑り台へと乗り込む。真っ暗な中、落ちる感覚をぼんやりと感じる。
流れるまま身を任せた為、出口からずるりと出てきた瑠璃。
「げこ、げこ、げこ」カエルの真似をしながら起き上がり、大きなあくびをしながら帰路についた。
彼が居た場所には甘ったるいグレープキャンディーの香りが、ふわりふわりと漂っている。
ゆめ、うつつか。