二のうつつ 懐かしい味
それはいつも飛んでいた
ふわりふわりと綿帽子
想い耽ると表れて
おちょくるように脳裏で揺蕩う
今日は金綠姉妹と琥珀街で買い物だ。ぼれはグライダーで隠礎から琥珀まで翔んで行きたかったので、二人には現地で合流しようと電話で伝えた。そしたら「私達も飛ばせて」とか言ってきたので「じゃあ筋トレする?結構キツイ奴だけど」って言ったら「じゃあ現地で会おうね」と納得したようなので「じゃあお昼ちょい前くらいにしようぜ、あっちで飯食ってから買い物ってことで」んで今現在、ぼれは今日のコーデを考えているところだ。
「まず、今日は歩くからスニーカーはあの黄色い奴にするか。んで服装ねぇ、あの有名なキミドリさんらと並ぶからなぁ。あの二人何着るかなぁ、オフでもファッションは抜かりないからな。よし、ストリートな感じで挑むか」てことで次は服を選ぶ。
「今日は暑くも寒くもない日だからな、少し厚着な位にしとくか」上は下にシャツを着ないでそのままスタイリッシュですらっと見えるパーカーを着て、上にナイロン生地のアーミーなジャケットを羽織る。下は脛の部分に軽めのダメージのあるジーンズを穿く。もちろん、肌身にはプロテクターはつける。もしものためにね。
「よし、準備完了っと。後何もないね、翔ぶ場所は屋上からにしとくか。地味に遠いし、余裕をもってね。おでんも準備終わったか~?ってぼれ待ちか」髪型は最近パーマしたくなったので二人から教えてもらった美容院に行ってウェーブつけたので、ヘルメットを被っても大丈夫でしょう。一応ジェル持っていくか、トイレで手直し用にってことで。
後は外に出るだけなので玄関に座り込み、今日の天気予報を確認しながら黄色いスニーカーのジッパーを上げる。「今日は何食おうかな、あの二人は何食いたいだろう?寿司か?いや、寿司はいいや。天気見た感じ晴れだし夜に食った方が雰囲気出るしな。よし、中華系で攻めるか。ちょーどチャーハン食べたいわ」と昼飯のことを考える。
よし、出るか。ドアノブに手を掛け「いってきます」奥の部屋にむけて挨拶をする。寝てて聴こえていないだろうけど。
バタン。ドアの閉まる音が響く。青い硝子玉が玄関に三つ、転がっている。
ぼれが住んでいる階から屋上までは数階程度なので非常階段を使って上へとあがる。そして屋上に到着。おでんが少し飛ばされそうになる。屋上はいつも風が吹いている。おでんに、「もしかしたら桶屋が儲かるかもな」なんてことを呟きながら、おでん専用シェルにおでんを入れる。これは長距離移動時に使う。おでんが疲れないようにも、容れずに翔んだら置いってってしまうので作った。
体の筋肉をほぐす準備運動をする。肩と首を入念にほぐし、腰と背中周りの関節をボキボキならす。し終えたらヘルメットを被り、ふぅ。と一息入れて気を引き締める。そして屋上にぼれがこっそり作った障害物との距離を開ける。
七つ数える。
「ひー。つー。みー。よー」で体と気持ちのリセット。
「がー、、、」で海のさざ波のように。タイミングを見る。
「むー、、、のっ」でクラウチングポーズ。
「なーっっっのっ、さァあ!」で空への階段を駆け上がる。
最後の段を力いっぱいに踏み込む。したれば。もう空へと落ちている。このまま堕ちてもいいが、二人との約束を破るわけにはいかない。
トリガーへと手を掛けて、親指のところにある翼が開くボタンを押す。すれば主翼の柱となる部分が左右に伸び、次第に風切が展開されていく。
そして空の滑空。この瞬間こそ、ぼれがうつつで生きている実感を感じることができる時間だ。己が翔びたいから翔ぶ。理由はそれだけ。風を斬る感覚が気持ちいい、空がぼれを見つめている、瑠璃もデフツを見下ろしている。
そして、翔んでいる瑠璃を人は『イトカミドンブ』と呼び、「彼が飛んでいたら幸運が降ってくる。」とか、「イトカミドンブを見かけたら三回願い事を願うと叶う。」とか、噂があるらしい。ま、ぼれにそんな能力はないのだが誰かに思われているのは悪い気はしないね。
隠礎の上空、駅の方を見ると隠礎駅から琥珀街行きのでっかいエレベーターが丁度動き始めていた。「あれに金綠姉妹も乗っているんかな?少しだけ見に行ってみるか」とモノレールの方に
方向転換する。大きな螺旋を描くようにクルクルと降下しながら程よく速度を落とし、モノレールの屋根に着地する。
このエレベーター、普通のとは少し違っており、普通は立って待つものがイメージ付くだろう。しかしデフツのエレベーターはめっちゃでかい。空港などの座って待つスペースをまるまる切り取り、乗客が座れるように座席を増やしたり、外の景色を一望出来るよう海の方はガラス張りにしてあるなどの工夫が施された乗り物になっている。大きさは体育館を少し小さくした感じの広さにになる。
隠礎と琥珀は土地の高低差がかなりある為にこのような乗り物が造られた。発車前と到着前は安全の為に座席に座ってシートベルトを絞めて待ち、動いている間はシートベルトのロックが外れて琥珀と海の景色を眺めながら車両内を自由に動き回れる。
屋根の海側の角の部分がガラス張りになっているのでそこから中を覗いてみる。思ったより人がいたので、端末を取り出して二人に「屋根なう」と下向けピースを添えた自撮りも一緒に送ってみる。すると写真が送られてきた。
「不審者いた」とぼれが屋根から覗いてるのと二人が人差し指と親指の先を交差している写真が送られてきた。その撮った位置の方を見ると孁と詠がこちらに向けて手を振っていた。それに答えるように片手をヒラヒラさせる。周りに居た他の人らは勘違いか、こちらに手を振ってくれたのでヤホー、と両手で振り返してあげた。ファンサービスってやつだな。
なんだか車両内がザワザワしだしたので、そろそろ行くか。と思い二人に「あばよ」と片手でピッとサインを出し、屋根で助走をつけてまた空へと翔びたった。
琥珀街の上空は全体的に煙たい。理由はそもそも琥珀は隠礎と違い、生活用品や機械などを製造する工場が多い。デフツで使われている物のほとんどが琥珀から流通してあるはずだ、ぼれも琥珀には良く買い物に来る。出店が沢山並んでる青空マーケットってやつがほぼ毎日やっている。
二人が乗ったデカいエレベーターが到着するまで琥珀上空を大きく旋回しながら何処に行くか、午後のスイーツは何を食べるかを考える。暫くして、駅に近くなったので煙の柱の間を掻い潜りつつ煙を吸って軽くゴホゴホしながら琥珀駅の屋上に着地する。
駅の出入り口から乗っていた人々がぞろぞろと出てくる所から二人を探す。まぁ言うて二人は目立つし、気配で判るもんだからな。とか思っているうちに二人も出てきたので、屋上から下の屋根から屋根へと転々と飛び移りながら降りていく。着地して駅前で待っている孁と詠の方に歩いて行く。
「お、瑠璃さん遅刻だぞー?」こいつらめ、ぼれが最後に合流したからって遅刻扱いかぁ?
「うん、遅刻。遅いぞ」お隣の孁ちゃんも野次をいれてくる。
「すいませんね~、って言っても先ほどぶりですがね」と言い訳をしながらシェルの中からおでんを出す。ふよふよ~とおでんはぼれの頭上辺りを泳ぐ。
「んで、最初はどうするんだい?お二人の意見はどんなもん?」
「最初はご飯かな~。今丁度お昼時だし」
「うん。お腹すいた、ごはん」
「だよな。じゃあ何系食べたい?」
「う~ん、何がいいかなー。さっぱりしたのがいいな!あ、孁は何食べたいの?」
「私も詠と同じさっぱりしたの食べたい。」やはり双子。考えることは似てるな。
よし、ここで家を出る前に考えていた中華をぶち込んでみるか。冷やし中華とかどうでしょうか?ってウグイス嬢みたく聞けばいけそうだな。
[それなら中華系はどうでしょう?冷やし中華などなどがあると思われますがー」声を高くしながら訊いた。
「あ、それいいね!私は賛成かな~。孁はどう?」詠は瑠璃に賛成する。
「私もそれにする。さっぱりしたやつ」孁も賛成した。
「おし、んじゃあ狭広界にするか。どや?」路線が決まったので、二人にいつも行く店を薦めた。
「いいね!あそこの水晶餃子食べたいな!」
「うん、私も食べたい。行こう」と言い孁は瑠璃の左隣に並ぶ。
「だな。んじゃあぼれ歩きながら席の予約入れるわ、行こうぇぃ」
はーい。と詠は返事をすると瑠璃の右隣へと並び、三人は狭広界に向けて歩き出した。
「あ、そうです瑠璃です。今日はキミドリの二人合わせて三人で行くつもりで席の予約の電話を、、、ですです。いつもの席でお願いします。はい、十分かからない位で着くとは思います。わかりました~、じゃあ頼んます~」予約の電話を終えて、プっと通話を切る。
「だいじょぶだった?席取れた?」
「おぅ、いつものとこのお願いしといた」
「あの涼しい席?」
「そうそう、繁華街見えるとこな。暑いの嫌だからの、風通しが良いのがええんや」そうだね、と頷く二人。今日は秋口に入った割には暑い方だ。もしくは琥珀の人口密度が多いせいなのかも知れない、隠礎より蒸し暑く感じる。
「そういえばさ、琥珀の空って煙たいでしょ?大丈夫なの?」と詠は心配する。
「うん、煙たいね。大丈夫?」孁も心配している。確かに琥珀は工場が多いので空はもくもくしているのであまり吸わない方が良いとは思うが。
「まぁ、とうの昔に慣れましたよ。それに、隠礎よりこっちの方が人の営みを感じれて好きなんだよな。何処か懐かしく感じる、この琥珀街がさ」あまり人間は好きではないが、誰もいないゴーストタウンより今はこのガヤガヤしている感じが心地よい。
「確かに。綺麗とは言い難い見た目してるけど、なんか居心地いいよね」
「うん、懐かしく感じる」
琥珀の繁華街へと入る。駅前より人が多くなりこちらも賑わっていて酔っぱらっている人が居ないことが無いんじゃないかと思うほどいつも呑んべえが路上にあるテラス席でどんちゃん騒ぎをしている。ここ以外にも別の通りに行くと屋台が出ていてそっちも変わらず人が多いがあちらの方が琥珀に遊びに来る観光客が多い。
「変わらずここは人が多いですな!孁、詠、離れるなよ~?」
「うん、大丈夫。腕組む」孁は瑠璃の左腕に自分の腕を絡める。
「そもそも瑠璃はデカいんだから離れちゃってもすぐ見つかるし、それに瑠璃は私達のことをすぐに見つけてくれるから、ね」詠は瑠璃の右腕の裾をつまむ。
「まぁ二人は気配で判るし大丈夫だな。おでんはぼれの頭の上を泳いでいろよ~」おでんは瑠璃の上でぽっぽっとしている。鼻歌でも歌っているみたいだ。
こんなに人が多くても人はぼれが歩きやすいように避けているように歩いている。何処かで見たことのある光景に似ている。なんだろう、頭の後ろはるか遠くにその光景が佇んでいる感じみたいだ。
「ほら、着いたよ?瑠璃」誰かがぼれを呼んでいる。誰だろう、なんか違う。この声じゃない。「瑠璃?どうしたの?」この声でもない。うーん、なんだっけ?遠くに感じる、何かがある。
「「瑠璃!」」強く揺さぶられる。風船が割れたようにハッとする。
辺りを見るとぼれは狭広界の店の前でボーッと佇んでいたようだ。傍には孁と詠とおでんが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?どうしたの?」詠が右側の背中をさすってくれる。
「瑠璃?大丈夫?」孁が左側の背中をさすってくれる。おでんは瑠璃の頬を撫でるように泳いでくれている。
瑠璃は振り向く。しかし、知る顔は居ない。
「あ、ぁあ。大丈夫大丈夫。どっかに意識飛んでってたわ、すまんね」
「意識飛んでってたの?だから突然立ち止まってぼーっとしてたのね?」
「びっくりした、急に立ち止るから。ね、おでん」おでんも「そうだぞ?」と言ってるように突っついてくる。
「すまんすまん、心配させちゃってな。お冷でも貰って頭はっきりさせるか!行こう」
そういうと三人と一匹は店へと入っていった。彼が居た場所には硝子玉が一つ、転がっている。その硝子玉の真ん中には光の筋が入って輝いている。
店内はランチタイムで繁盛していてとても忙しそうだった。
「ラッシャイマセー-!!って、ルリくんじゃないカ!待ってた待ってた!いつもの席取っといてるヨ!二階二階!お冷アトデ持ってくネー!」と厨房の奥で忙しそうな店長がめっちゃ大きな声で迎えてくれた。
「あいよー!お邪魔するねー!お冷勝手に持ってくから大丈夫ー!注文するときに呼ぶわー!」奥からアイヤー!と聞こえたので二人に行くか、と言い二階へ上がるエレベーターに乗る。
二階の様子は下よりか平和で大人数や家族が多かった。狭広界は一階がカウンターやテーブル席で回して、二階は座席になっていて広いので子供ずれや宴会向けになっている。三人と一匹はエレベーターを降りてそのまま真ん中の通路を歩き、突き当りの両開きの扉を瑠璃は開ける。
そこはいつも来た時に座る場所。繁華街を見下ろせるテラス席で風通しが良く涼しいので暑がりの瑠璃のお気に入りの席である。
「ここですよ~。ぼれのお気に入りのテラス席、涼しくて快適でね居心地マル。先座ってていいよ、ぼれ水持ってくるわ」「ありがと」「うん」三人分のコップと一匹の器に水を注いで持っていく。二人はメニューを見ながらおでんと会話している。
「おでんは何食べる~?熱いの食べれる~?」「私これ食べたい、エビ入ってるやつ。瑠璃、これとこれ」そう言うと孁はエビと青梗菜の炒め物を指さす。
「お、いいね。たまにめっちゃ食いたくなる時あるよな~。そして、今がその時だ。ぼれはエビチリも食いたいからエビチリも追加な」孁はこくりと頷き、そして瑠璃と固い握手をした。
「なに~、二人ばっかり意気投合しちゃって~。じゃあ私はエビ餃子!」詠も負けじと意地を張ってくる。おでんもこれだな。と詠の方を向いて頷いているように見える。
「大体決まりましたな。二人はエビじゃなくメインは何食うん?ぼれは炒飯やけども」
そう聞くと二人は口を揃えて「「え?冷やし中華」」と、当たり前みたいな顔をして言ってきたので思わず笑った。
「はいはい、んじゃあ決まりだな。注文してくるからおでんと遊んでて」そう言うと瑠璃は席を立ち、テラスを出てエレベーターに乗り一階に降りて厨房でアイヤーしてる店長にオーダーする。
「結構がっつりだネ!ワッかた!美味しく作るから上で待ってて!」
「わかったゼ!最高に美味しく頼むぜ!」またアイヤー!と聞こえたのでエレベーターに乗ってテラス席に戻る。
そこには二人一匹、仲良く戯れていた。ふと脳裏に浮かぶ。金綠の二人を、ぼれともう一人、記憶に無い誰かと照らし合わせる。かなり前に来た事がある。
多分女性だ。そして長髪で身長が高くスラっとして、煙草を吸っていながらも皿に料理を手際よくよそってくれる。まるで手が沢山あるように見える、その人と一緒に飯を食べながら通りを見下ろしながら、何も喋らず、黙って食事をしている。
女性が吸っていた煙草、ラベンダーのような香り。心が落ち着く香り。女性がこちらを見つめる。深く吸って僕に向かって煙を吐く。溺れそうになる。
コツン。とおでんが瑠璃のおでこを突っつく。
「瑠璃、どうしたの?」「瑠璃?」二人がこちらを見る。
「あ、ぁあ。あんまりにも平和な光景でな、見とれてた。絵になるなぁって」
「そぉ?写真撮るならお金貰いますよ~?」「うん。高くつくよ」そう言いつつも二人はモデルがしそうなポーズをとる。
「そう言って撮ってほしんじゃねぇか。まぁ撮るけど」端末を取り出し二人を撮る。
通りを見下ろしているところを。頬杖ついて想いにふけっているところを。お互いを見つめているところを。カメラ目線を。目線を外してもう一枚。ついでにおでんも。
「こんなところでしょう、どうかね?」二人に撮ったものを見せる。
「うむ!良く撮れてますな」「うん。さすが」
「たり前よ、お前らの一番写りががいいとこなんて良く知ってるわ」
「流石」と二人に褒められる。
まぁ、二人はモデルをやってるだけあるので何処から撮っても綺麗に写るし様になるけどな。と思いつつ皆で撮った写真をチェックする。
これいいね。それいいね。これ欲しいな。
決まれば二人に写真を送信する。そんなこんなで、
「アイヤー!お待たせシタねー!まずは冷やし中華を二つネ!」忙しそうな店長がテーブルの上に冷やし中華を二つ、ドドンと置いた。
「お!店長!」「ルリくんが炒飯ダネ?お待ちドーサマ!後はこれとこれとこれネ!」
瑠璃の前に炒飯が置かれ、店長の後ろに居た店員が続いてエビチリ、エビ餃子、エビと青梗菜の炒め物を卓の真ん中に置く。「これで以上だナ?」「はい!頼んだもんは来た」
「うん!美味しそう!」「美味しそう、食べてもいい?」「イイぞ!美味しく食べてくレ!それが食材タチの望みダ!」
「よし!じゃあ食うか!」「うん!それじゃあ」「手を合わせて」
「「頂きま~す!!」」三人の声が揃う。
各々が頼んだ料理、冷やし中華の最初の一啜り分を二人は取り、まだ出来立ての湯気が立つ炒飯にレンゲで一口分取り、各々が口の前へと運び、各々の口の中へ消えていく。
「うっめぇえええ!!やっぱこれだよな!」「ん~!さっぱり爽やか!」「いつの間にか口の中から消えてる」
「あ、ソウだ。おでんにはコレ、アゲルネ」そう言うと蒸したエビが三尾乗った皿をおでんの前に出した。
「店長!いいんすか?!」おでんはアリガトウ!とでも言うように店長の周りを嬉しそうに泳いでいる。
「ウン!ルリはいつも来てくれル。これくらいはさせてクレ」おでんは店長が出してくれた蒸しエビに齧り付いた。
「食べ終わったら呼んでくレ!デザート持ってくル」と言い、調理場へと戻っていく。
「「「ご馳走さまでした!!」」」
「食った食った!」
「おいしかった~!」
「杏仁豆腐もおいしかった。」
おでんも喜んでるようにすいすい泳いでいる。
「お腹いっぱいになったし、行こ!買い物!」
「うん、買いたいもの沢山。」
「そうだな!でわ行きましょうかね」三人は立ち上がり一階へと降りる。
「オ!ルリ出発か」「おうさ!ご馳走さんでした!」「おいしかったです!」「うん。おいしかった」
「マタ来てネー!」会計を済ませ、三人は店長に手を振る。楽しんデ!と店長は三人を見送った。
店を出ても人は増えていく一方、
「さっきよりも増えてない~?」
「まぁ休日だしな、離れたら合流するの難しそうだな」
「うん、私瑠璃にくっつく」
「だな。おでんは疲れたら頭に乗ってな」そう言われるとおでんは、ぽすっと瑠璃の頭に乗っかった。
「ではお嬢さん方、最初はどちらへ?」
「う~ん、どこから行こうかな~」
「まずは化粧品とかから行こ」
「お、丁度化粧水少なくなってたからぼれも買いたいわ。
ある程度買い物して散策している時、見覚えある通りに入る。
「キレー!なぁに?ここ?」「こんなに綺麗なとこあったんだね」
前を歩いてた二人が、とある建物を見つけて立ち止まっていた。
「あ、ここ。魄ちゃんとこないだ来たところだ」ぼれはここに来た事がある。夢のような思い出だ。それは錆びれた街に架かる、琥珀色の光が創り出す虹の思い出。
「思い出すなぁ。」ぽつりと呟く。「どうかした?」「どうかした?瑠璃」瑠璃の呟きを二人は拾った。
「前にさ、来たことがある言うてたっしょ?魄ちゃんと来たって言ってたとこ」輝く虹のような外見の店を見つめながら言う。
「あ~、ここのこと!」「あ~。言ってたね」前に瑠璃が言った事を思い出す二人。
「そうだな、魄ちゃん絵描きさんだからここ教えて連れてきてあげたんよ」記憶を思い出しながら話し出した。
「あ~、魄ちゃん凄い絵描いてたもんね。前に見せてもらったことあったな~」
「凄く不思議名な絵だった。色々と角度を変えてみるとまた違う絵になって面白かった」魄ちゃんに見せてもらった絵のことを思い出す二人。
「ホントだよな、スゲェのよ。一度見たら忘れられない絵なのな」
「来た時何買ってあげたんだっけ?」「確か、目に止まった画材を全部かってあげたんじゃなかった?」「そうそう。めっちゃ買ってあげた」
「魄ちゃんそのあと困ってたよー?凄~く重かったって!」
「うん、瑠璃が持ってってあげればよかったのに」
「デジマ?あー、やったわ。配達とかにしてあげれば良かったわ」配達にしなかったことを後悔して嘆く瑠璃に、おでんはびっくりして瑠璃のおでこを突っついている。
「ホントだよ!次からそうしてあげなよ?瑠璃の人脈ならすぐ手配出来るでしょーに」
「うん、瑠璃は有名人」詠と孁からのツンツン攻撃がくる。
「わかったわかった!ちゃんと次からそうするって」おでんの頭わしゃわしゃ攻撃をなだめながら二人の攻撃をかわしつつ、「んで、どいする?見るか?」と二人に訊いた。
「見る見る~!」「うん、見る」二人は目を輝かせながら頷いた。
「じゃ、行こうか」三人と一匹は店に入った。
店内は横に広く、奥行きもかなりあって、天井が高い。理由は壁や店内に並んでいる色の多さであり、上の方を見るためには端にある足場を上って見ることが出来る。カウンターにはバラバラの色が散りばめられた幾何学模様のシャツをサスペンダーで引き締め、無精髭を生やした男性が一人、中央のフロントの中で椅子に座り、新聞紙を広げて読んでいる。
「ん?あぁ、瑠璃とおでんか。後ろの二人は、初めて会うがキミドリの姉妹と。随分とイケテてる面子だな」男は新聞紙を下ろして立ち上がり、三人を見つめる。
「お疲れ様です、シキさん」瑠璃は軽めの会釈をする。おでんも男にヒレをパタパタさせている。
「こんにちはー!」「こんにちは」続いて二人も挨拶をした。
「こんにちは。キミドリのお二人さん」
「初めまして!詠でーす!」「初めまして、孁です」
「俺はシキだ。宜しくね」三人は互いに自己紹介を済ませた。
「それで、今日はどんな色をお探しで?」シキが瑠璃一行に尋ねる。
「んとー。今のトレンドの色の中で、キミドリの二人に似合う色を頼んます」これからのシーズンに使える色が欲しいと伝えた。まず最初に好きな色や欲しい色を選ぶ。今回みたいにシキにお任せで注文することも可能である。
「あいよ。じゃあお二人さん、何に使うんだい?」シキは二人にどう色を使うのか訊いた。色の用途を伝えて、シキがカウンター内で色の調合をするためだ。
「ネイルに使います!」「うん、ノリに乗る」二人は用途を伝える。
「雰囲気は?」ここら辺はお任せにしたので、シキが二人にどんな雰囲気にしたいか質問をして好みの色を選んでいく。
「うーん、夏だから...」「爽やかな色がいいな」「そうだね!けってい!」
「あいよ。ちょっと待ってな」シキは端末でトレンドを調べ、手元にある書類を漁る。その中から一つのファイルを手に取って開き、中から色のカードを数枚取り出す。
「それは何ですか?シキさん」「それは一体」二人はシキに訊いた。
「ん?これか?色のサンプルらだ。ほら、ここら辺のやつはどうだ?見てみな」シキは取り出した数枚のカードを二人別々に数枚ずつ渡した。
「わ!どれもいい感じだね!」「うん、涼やか」
「そうだろう?瑠璃にも見せてきて選んでもらいな」
「瑠璃~、見て見て」「見て、瑠璃」二人は店に陳列してある色を眺めている瑠璃に見せに行った。
「お、どれも似合うじゃん。流石シキさん」
「だろ。伊達に色使い名乗ってねぇからよ」シキは誇らしげに胸を張っている。
「そうですね。ほんで、どの色にするんだ?」瑠璃は二人に訊いた。
「え~、瑠璃選んでよ」「うん、選んで」二人は瑠璃に色のカードを差し出した。瑠璃はそれを受け取って一枚ずつ色の顔を見つめる。そして、全ての色のカードを見終えて詠と孁に向き合った。
「んじゃあ。詠はこの明るめのパステルっぽい黄色ので、孁はこっちの薄いけどはっきりとした水色のやつでどうだ?」瑠璃は二人から受け取った数枚のカードの中から、それぞれに合う色のカードを二人に渡した。
「うん!この色にする!」「うん、決定」その色を見て二人は納得してくれた。
「了解。調合すっから待っててな。出来たら呼ぶから店ン中ぶらついててくれ」
「はーい!他のも見てこよ!孁」「わかった」詠は孁を連れて店内の散策に行った。
「流石だな瑠璃。わざと他の色のカードを入れといたのに、俺の予想どうりの色を選びやがる」シキは瑠璃のセンスに右側の口角と眉尻が上げながら褒める。
「ふっ、シキさんなら試してくると思ったんで」顎を触りながらシキの方を向く。
「やっぱお前はセンスがあるな。どうだ?弟子になるか?」冗談交じりに瑠璃に訊いた。
「んー、保留で!」
「ったくよぉ。連れねぇガキだよ」ため息交じりに言葉を吐く。
「すいません。でも、色の勉強すんの面白そうだなって思ってるんで、考えときます」真剣な表情でシキに言葉を返す。
「おう。お前が人生の色がみえなくなったら、いつでも来な」その返答に期待の眼差しを瑠璃に向ける。
「ありがとうございます」「おう」二人の間には、温かい空間が生まれた。
「ほら、出来たぞ。これ勘定な」清算端末を操作し、モニターに数字が並ぶ。
「ぼれが払いますわ。二人に内緒で」瑠璃は左腕に着けている端末を清算端末にかざした。
「気前が良いな瑠璃は。じゃあ少し負けといてやるよ」シキは端末を操作して支払いを完了させた。
「いつもありがとうございます、ホント」何気ないシキの気遣いに頭を下げた。
「良いってことよ。お前は俺の一番弟子なんだからよ」
「まだなってないですよ、師匠」二人は互いの冗談に口元が緩み、笑いあった。
「あー!お会計済ませちゃったの!?」「しまった、油断した」店内全体に響く位の詠の声が瑠璃の後ろから聞こえてきた。
「はっはぁ!残念だったな!とっくに済ましちまったぜ」腰に手を当てて、ふんぞり返る瑠璃。
「もう!いつも気付いたら会計終わってるんだから!」「いつも、すまない」
「いいんだよ。お前らは頑張ってるんだから、たまにはプレゼント」
「そう言ってるけど、私達お金はあるんだから!」「無理すんな、瑠璃」瑠璃の肩をたたく孁。
「しとらんわ!ほら、プレゼント」瑠璃は二人に合った夏の色が入った二つの小瓶をそれぞれに渡した。
「いつもいつもありがと!」詠は少し拗ねながら。「うん、ありがとう」孁はその優しさに感謝するように、瑠璃にお礼を言った。
「おう、どういたしまして」
そんな三人のやり取りを眺めていたシキはにやけながら、こう表現した。
「どうやらまだ、ここだけ春が残ってるようだな」その言葉を聞いた金綠姉妹の頬は、次第に赤らんできた。
「ほら、シキさんが春と勘違いしてるうちに行こうか」瑠璃はコンロク姉妹の背中を押して歩き出した。
「誰がボケてるだってぇ?」
「そこまでは言ってないっすよ~」手をヒラヒラさせる。
「ほれほれ、そこに実りだした二つの苺を持って行きな!」シキは負けじと冗談を投げ返す。
「はいはい。じゃ、また来ます!」そのうちにまた来ることを通る声で告げる。
「おう、そのうちな」シキは眉毛を上下させた。
「お、お邪魔しました~」「お邪魔しました」二人は照れくさそうにシキにお礼を言った。
「おう、またよろしくな」二人にも爽やかな顔で笑いかける。
三人はシキにペコリと頭を下げ、シキはそれに答えるように手を挙げた。三人は店を出て行った。外の三人が見えなくなるまで見送ったシキは、ふぅと一息吐きながら三人が居た場所を眺めていると、床にキラリと光るものが落ちていた。シキはカウンターから出て、落ちているものを拾った。
「ふっ、あいつもそう思ってたんじゃねぇか。おい」それは、春を想わすような、鮮やかな桜色の硝子玉だった。
店を出た夕暮れ時。この時間帯の琥珀の街全体は、錆びた鉄のような色に変わる。海沿いの工場が立てる煙の柱、朝昼晩営む露店、絶えることの無い人の流れ。何処かノスタルジーを感じる街を三人は沈黙の中歩いている。一匹はふよふよと前方を泳ぐ。
「夜飯はどうする?」
「ん、どうしようかな」「あ、夜ご飯はお家にある。孁が寝てる間に作っといたよ」
「そうか。なら大丈夫だな」
「瑠璃はどうするの?うちで食べる?」
「いや、大丈夫だ。夜に用事があってな。そのついでに食べてくつもり」
「そっか。じゃあ、私達は帰ろっか孁眠そうだし」「うん、眠い」
「そうしな。今日はたくさん歩いたしな、ゆっくり休め」
「うん、そうする」「ゆっくり寝るぜ」
「おう。駅まで送るわ」
「「ありがと」」詠と孁は瑠璃に腕を絡ませ、孁は頭を腕にもたれかける。
「買ってくれたの、写真撮っておくるね」「楽しみに待っとけ」
「はいはい、待ってるよ」
しばらく歩き、気付けば駅が目の前に現れる。
「着いたぞ。お疲れ様」
「ううん。こっちこそありがと」「うん、ありがとう」
「気にすんな。また遊ぼうな」
「うん!」「うん」約束をした時、ふよふよ浮いていたおでんが二人の周りを泳ぎだした。
「お、どうした?おでん。金綠に着いてくのか?」うん、と言うようにヒレをパタパタさせた。
「そうかそうか。おでんのこと頼んでもいいか?」
「大丈夫だよ!」「うん、一緒に寝る」
「わりぃな。じゃあ頼むわ」そういうとおでんは嬉しそうに二人の髪の中を泳ぐ。
「それじゃ、またな!」
「うん!ばいばい瑠璃!」「またね、瑠璃」別れを告げ、二人とおでんは来るときに乗ってきたデカいエレベーターに乗り込む。それと同時に扉が閉まった。中の二人と一匹は瑠璃に向かって手を振っている。瑠璃も応えるように手を振り返した。
次第にエレベーターは上昇していき、見上げるくらいになるまで瑠璃は手を振り、まだ二人も瑠璃のことを見つめている。そして、下からでは見えなくなるまでの高さまで上がっていった。
瑠璃は鼻から息を吐き、くるりと後ろを向いて琥珀の街へと歩き出した。理由は今日なんとなく感じた、あの記憶のことを探しに。
ゆめ、うつつか。