悪役令嬢を婚約破棄しようとする悪徳王太子の膝を砕くマン
「エルメス=ルイヴィトン! 今この時をもって、お前との婚約を破棄する!」
各国の王公貴族が集う、祝賀パーティー。
その会場にサンローラン王国の王太子、ラルフ=サンローランの声が響き渡る。
「ええっ!?」
青天の霹靂を身に受けたかのように、驚きを見せるのは金色の髪の美女。ラルフ王子の婚約者であるエルメス=ルイヴィトン公爵令嬢。
「……理由をお伺いしても?」
「お前は陰で、クロエ嬢を虐めていると聞いたぞ!」
「ああっ、王子様……」
よよよ……、とラルフ王子にしなだれかかるのは、白銀の髪を持つ男爵令嬢クロエ=シマムラ。
エルメスは金髪とツリ目がちの容貌がいささか気が強そうな印象を与えるが、対照的にクロエは男受けする儚げな容姿の美少女である。
「お前はクロエに罵詈雑言を浴びせ、彼女の私物を盗み、さらには彼女を階段から突き落として殺害を謀ったそうではないか!」
「まさか!? わたくしがそのような事は……」
「言い訳をするな! この痴れ者め!」
「!?」
ラルフ王子は、燃えるような自身の赤い髪を怒りで逆立てる。
クロエは王子に身を寄せながら、涙を浮かべ。
「いいえ、わたしが悪いのです……。王子様の優しさに甘え、エルメス様の不興を買ってしまったわたしにこそ非が……」
「おお、かわいそうにクロエが震えているではないか。見損なったぞ、エルメス! もう、お前のような性悪とは金輪際だ。ただちに国外追放、さもなくば極刑を命ずる!」
「そ、そんな……」
身に覚えがない罪を問われた上に、あまりにも重すぎる処罰。
そして、エルメスは見てしまう。ラルフ王子の陰に隠れながらも、勝ち誇った表情を見せるクロエの姿を。
周囲の貴族たちからも侮蔑の視線を容赦なく浴びせられ、エルメスは屈辱に身を震わせた。
その時。
『待てーい!』
ドカーンッ! と、突如パーティー会場の入口の扉が吹き飛び、逆光を浴びた一人の男のシルエットが現れる。
その人物は赤い絨毯の上をつかつかと歩き、一直線に王子たちに近寄った。
「そこの王太子! 悪役令嬢を婚約破棄するのはやめろっ!」
「なっ!? お前は、何者だ!」
「私は、『悪役令嬢を婚約破棄しようとする悪徳王太子の膝を砕くマン』だ!!」
そう名乗るのは、メキシコ人レスラー『ミル・マスカラス』のような覆面をかぶって、白い空手着を身にまとう男。
ラノベ界に蔓延る女狂いの王太子に、正義の鉄槌を下すヒーロー、それが『(前略)砕くマン』である!
「サンローラン王国の王子、ラルフ=サンローラン! 美人の婚約者がいながら別の美人と浮気をブチかまし、婚約破棄をしようなど言語道断! 早速だが、貴様の膝を砕かせてもらう!」
「ちょっと待て、待て!」
シュッ、シュッと足慣らしの素蹴りを始める(前略)砕くマンに、ラルフ王子は慌てる。
「普通、悪役令嬢を助けに来るのは、我よりも立場もルックスもランク上のスパダリではないのか? 『婚約破棄』のテンプレで行くと」
「そんなものは知らん! 私はただ貴様の膝をブチ折りに来ただけだ」
「ま、全く話が通じない……。曲者だーっ! 皆の者、出会え、出会えーっ!」
ラルフ王子の号令に応え、近衛騎士たちが(前略)砕くマンとの距離を詰めるが。
「あ! あんなところに、グラビアアイドル時代の綾瀬はるかが」
『何っ!?』
会場にいる全員が、食い気味に(前略)砕くマンの指す方を向く。
そして王子が視線を戻すと、全ての騎士たちが膝を砕かれてうずくまっていた。
『ううううう……』
「何だと、あの一瞬で!?」
「貴様ら全員、巨乳好きすぎ」
そう言って、ラルフ王子に迫る(前略)砕くマン。
「あとは、貴様に『ざまぁ』をするだけだ」
「う……、うわあぁぁぁっ!」
ラルフ王子は細身の剣を抜くと、(前略)砕くマンに向かって振り下ろす。だが(前略)砕くマンは最小限の身のかわしでそれを避けると。
「ローキック!」
ゴバキッ!
「ぎゃあああああーっ!!」
王子は右膝の側面へ叩き下ろすような蹴りを入れられ、半月板が損傷する。
ぐらつく彼の左足に体重が集中したところを。
「下段キック!」
ボキキーッ!
「うぎゃあああああーーーーーっ!」
さらに左足の膝関節を砕かれ、王子は地に倒れ伏す。
そこへ。
「とどめの、サッカーキーック!!」
メギョーッ!
「ぷぎゃあああああっ!」
顔面に(前略)砕くマンの蹴りが突き刺さり、ラルフ王子の鼻骨が砕け散った。
「貴様が犯した罪と、世界中すべての悪役令嬢の怒りを思い知るがいい」
「あ、が、が……」
「あ、あ、あ……」
(前略)砕くマンは残心を取りながら、鼻血を噴いて床を這いずるラルフ王子に言い放つ。
腰を抜かして恐れおののくクロエ嬢に対しては。
「心配するな。私は女性の膝は砕かない主義だ」
そこへ、エルメス嬢が声色を変えて、(前略)砕くマンの元へ走り寄って来た。
「(前略)砕くマン様ーっ♡ 助けてくれてありがとうございますーぅ♡」
悲劇の悪役令嬢とそれを颯爽と救った英雄が、悪徳王太子に『ざまぁ』を果たした。
後はめでたくハッピーエンドを迎えるだけかと思いきや、エルメスの膝に(前略)砕くマンの鋭い蹴りが炸裂した。
ドバキッ!
『ギャアアアアアーーッ!?』
「ようやく馬脚を現したな、悪魔め……」
*
パーティー会場にいた全ての参加者が、(前略)砕くマンの凶行に目を見張る。
しかし!
『ア、ア、ア゛ァァァーーーッ!!』
エルメス嬢の全身から黒い瘴気が吹き出し、人の形を形成する。
闇を思わせる漆黒の髪に、頭には牛のような角。蝙蝠のような翼、そして蠱惑的な衣装。
サキュバスのような見た目の女性型悪魔が顕現した。
巨乳美尻の悪魔は地に膝をつき、艶かしくも苦し気な息を吐く。
「くっ……! まさか令嬢の膝を砕く事で、妾を憑依から引き剥がすとは……」
「勘違いしてもらっては困るが、先ほど私が放った技は『悪魔払いの足払い』だ。エルメス嬢の膝にはなんらダメージを与えていない」
「ううーん……、はっ!? わたくしは一体……?」
意識を失っていたエルメスが目を覚まし、状況を掴めていないかのごとく、キョロキョロと辺りを見回す。
それをかばいつつ、(前略)砕くマンは敢然と悪魔に向かう。
「魔王四天王、『夢魔のティファニー』! か弱き公爵令嬢に取り憑き、あまつさえ悪行の数々! 天に代わって、この私が成敗してくれよう!」
「妾の名を存じておるとは、そなたはただの『悪役令嬢を婚約破棄しようとする悪徳王太子の膝を砕くマン』ではないな?」
「そのとおり! 『悪役令嬢を婚約破棄しようとする悪徳王太子の膝を砕くマン』とは、世を忍ぶ仮の姿。しかしてその正体は、『世界を征服しようと企む魔王の野望を砕くマン』!」
いわゆる『勇者』だッ!
「エルメスの性格が急に悪くなったのは、悪魔に取り憑かれていたからだったのか……」
「ど、道理で……」
ラルフ王子とクロエが、戦慄きながら呟く。
エルメス嬢が、先ほど列挙された自身の悪行について身に覚えがないのは、それもそのはず。
全ては悪魔ティファニーがエルメスの意識を乗っ取った際に、いとも容易く行われたえげつない行為である!
「王太子の婚約者に取り憑いて、内部から大国サンローランを切り崩そうとしていたが、まどろっこしい事はもうヤメだ……。力ずくでブッ潰す!!」
ティファニーが婚約覇気を放つと、爆風が会場を襲う。
風圧で窓ガラスが割れ、壁にヒビが入り、パーティーに参加していた各国の王公貴族たちが紙くずのように吹っ飛んで行く。
かまいたちのような婚約覇気が、容赦なく(前略)砕くマンの皮膚を斬り刻む。
しかし!
「うおおおおおーーーっ! 奥義、『形状記憶膝砕き』っ!」
暴風の中をかい潜り、(前略)砕くマンはナタのような蹴りを振り下ろす!
バキャキャッ!!
「ぎゃあああああぁぁぁっ!!」
ティファニーの脚があさっての方向にグニャリと捻じ曲がり、会場を覆う風がピタリと止まった。
「なかなかの婚約覇気だったが、私の蹴りが上回ったようだな」
「あああぁぁぁ……、ハアッ!」
だが、ティファニーが気合いをつけると、曲がった脚が一瞬で元の形に戻る。
「ふん、奥義が聞いて呆れるわ……。こんなものは回復魔法でいくらでも治る。勝負はこれからだ!」
「いや、もう決着はついている」
バキバキバキッ!
「ぎゃあああああぁぁぁっ!?」
(前略)砕くマンが微動だにしていないにも関わらず、一度は治ったはずのティファニーの脚が再びグニャリと折れ曲がった。
「ど、どういう事!?」
「奥義『形状記憶膝砕き』は、膝を砕いた状態で形状を固定し、永遠に脚が折れ続ける技だ」
「まさか!? 『治れ』! 『治れ』! 『治れ』『治れ』『治れ』ぇーッ!!」
しかし、ティファニーが何度回復呪文を唱えようと、その度に脚がバキベキとへし折れ、その度に激痛が襲う。
度重なる肉体と精神へのダメージに、ティファニーは身体を維持出来なくなり、少しずつ崩壊が始まる。
「ねえ……、これって、どうやったら元に戻るの……?」
「残念ながら、処置無しだ。この技で砕かれた膝は、永遠に治ることは無い」
「ぐううぅっ……! そ、そなたは『女性の膝は砕かない主義』ではなかったのか!?」
「悪魔は『ふたなり』で、性別など自在に変える事ができるだろうが。今さら女性ぶるな」
『ち、畜生ぉぉぉーーーッ!!』
魔王四天王が一人、夢魔ティファニーは怨嗟の断末魔を撒き散らし、黒い霧となって消え去った。
*
「助けていただいて、本当にありがとうございました!」
悪役令嬢エルメス=ルイヴィトンは、(前略)砕くマンに深々と頭を下げる。
「わたくしの無実まで証明していただいて、なんとお礼を申し上げたら良いものか……」
「なに、魔王軍討伐のついでだ。気にする事は無い」
「おいっ! (前略)砕くマン!」
膝と顔面をボコボコにされたラルフ王子が、クロエ嬢に肩を借りながら近寄ってくる。
「お前は『悪役令嬢を婚約破棄しようとする悪徳王太子の膝を砕くマン』ではなく、『世界を征服しようと企む魔王の野望を砕くマン』だったのだろう? なぜ、我をボコボコにした!?」
「当たり前だ、私は二股をかけるようなモテ男が嫌いだからだ!」
ただの私怨だッ!
しかし、エルメスはおずおずと手を上げ。
「あの……、わたくしは王子様が側室を取られるのなら、それはそれで構わないのですが」
「ならば良し!」
「何が!?」
「とりあえず貴様を回復してやろう。ヒール!」
ボキャキャッ!
(前略)砕くマンは、王子の脳天にカカト落としを食らわす。
「ごふぅっ!? ……って、骨折が治った?」
「私の『カカト落とし』は、回復を促す効果があるのでな」
「まさかの、踵で回復?」
だが、ラルフ王子は頭を押さえ。
「あいたたた……。ケガが治ったのは良いが、頭が痛い……」
「何っ!? 頭が痛いだと? もう一発ヒールいっとくか?」
「い、いや、もういいです……」
「そうか、ならば一件落着だな! では、君たちとはこれでお別れだ」
「えっ、もう征かれるのですか? まだお礼をし足りないですし、国を挙げて勇者様の歓迎パーティーを催したいのですが……」
名残惜しそうなエルメスに、(前略)砕くマンは。
「いや、私はまだ魔王討伐の道半ばだ。四天王だけでも、あと50人はいるからな」
「それはもう、四天王とは言えないのでは?」
(前略)砕くマンはテキパキとハングライダーをその場で組み立てると、颯爽と窓から飛び立つ。
「(前略)砕くマン様ーっ! この国をお救いくださりありがとうございました!」
「さらばだ!」
(前略)砕くマンは天空を舞う大鷲のように、夕焼けの空へと消えていく。
こうして、『悪役令嬢を婚約破棄しようとする悪徳王太子の膝を砕くマン』改め、『世界を征服しようと企む魔王の野望を砕くマン』は、風のように去っていった。
*
数年後、勇者の手(足?)により魔王は討伐され、世界に平和が訪れた。
サンローラン王国は、ラルフ王と2人の妃の奮闘によって、国も人民も隆盛を極めた。
ラルフ王は、後にこう語る。
『骨折り損にならなくて良かった』
と。
おしまい