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風薫る  作者: しょーた
第一部 居場所
8/61

化け物の剣

 


 雨があがって薄い雲から光が漏れていた。我々は街外れにあるネコ神社へ向かった。


 大通りにはいくつかの水溜まりがあり、靴を濡らさないように、避けながら歩いた。静かであった。時々、私の腕に彼女の柔らかい身体があたった。彼女は一言もしゃべらず、私の側をぴったりとついてきた。


 ネコ神社の階段は非常に長い石段である。刺客が五人までならなんとかなるかもしれないと、そう考えながら私は階段をゆっくり上っていた。一方で、濡れた青い葉が風に揺られる音に心を奪われたりしていた。そういう、何でもない光景がひどく愛おしく思えてくる。

 

 心では死ぬのは恐くないといいながら、まだ死にたくないのかもしれない。


 雲が晴れた。空には鳶が飛んでいた。

 

 鳥居をくぐり、境内に入ってみると五人の男が待ち構えていた。男は皆、黒い頭巾を被って横に並んでいる。なんだか滑稽であった。一番右端の男の鞘が微かに緑色に輝いていた。もしかすると、どうにかなるかもしれない。


「おい、やれ」とリーダーのような男が指示を出す。非常に言い声をしていた。


 他の四人は一斉に私とコズエを囲んだ。そうして、刀を抜いた。リーダーと思われる男はひとり遠くで見ている。私はその男に向かって言った。

「話は聞いた。俺が死ねば彼女は助かるのか?」


「その女は用済みだ。二人とも仲良く死んでもらう」


 コズエは身を固くして、私の背中にぴったりとくっついてきた。

「俺の側を離れないでください」私は刀を抜いた。


「俺もまだ死ぬわけにはいかない。かかってこい。この三流どもが」と叫んだ。


 目の前の男が、奇声をあげながら斬りかかってくる、私はその男の刀を払い、彼の喉元に刀を突き刺した。そして振り返り、コズエをまた背後に移動させる。


 あと三人。


「この木の側から動かないで」彼女にそう言って、私は怯んでいる男に斬りかかった。男と私はつばぜり合いになったが、私はその男を吹き飛ばした。彼は尻餅をついた。そのまま私は、彼の頭をかち割った。返り血がついた。


 あと二人。


 すぐさま背後からもう一人斬りかかってきた。私は振り向き様にその男の腹に刀を突き刺し、そのまま三メートルほどまで進むと、足で男を蹴り倒して刀を外した。


 あと一人。

 

 私の顔は返り血でベトベトになっていた。


「この化け物が。俺が成敗してやる」


 リーダーの男が、まっすぐ私に斬りかかってきた。なかなか速い。が、こんなに正々堂々くるなら、この程度の速さなどどうってことはない。

 負けるような相手ではなかった。一瞬、リーダーが泥に足をとられて態勢を崩した。

 

 「いまだ」と私は思った。それと同時にリーダーの背後に、あの緑の鞘の男がすっと入ってきて、リーダーのふくらはぎを斬りつけた。


「痛い、痛い」そう叫びながら、リーダーは泥の上でもがいている。


 緑の鞘の男は、刀をしまうと「相変わらず兄さんの刀は荒々しいですね。みんな殺す気ですか」と言った。

 天草は頭巾を脱いで「これは暑くていけないや」と言った。

 天草は泥の上で跳ねているリーダーの手を強く踏みつけて刀を奪うと、リーダーの頭巾を脱がした。

 


 目の横に刀傷のある、田中少尉であった。


「天草なにをしている。あいつを斬れ」


「あなたに命令される筋合いはない。私はあなた方ではないですからね。田中少尉。いや、シ国の岡田さん」


「こんなことをして、あの方が黙っていないぞ」男は喚いていた。華奢な身体の割になかなか言い声であった。

 

 すると、石段から数人の軍人がすごい勢いであがってきた。と同時に、近くの木々の茂みからカサカサと音がした。


「ご苦労様。ご苦労様。天草君、潜入捜査みごとだったよ。いやあ、コズエさんをつけていたらまさかサイトウがいるなんてね」小松は服についた葉っぱを払い除けながら言った。


「全部見てたのか?」


「全部?さあ僕はカフェで話している辺りからしか知らないな。ほら、顔をこれで拭きなさい」


 言葉がでなかった。背中から冷や汗が出た。


「まあいいじゃないか。我々は、大久保少将からサクラ会について調べるようにと言われていたのだよ。さあ、みんな、田中少尉を連行しろ」


 小松は軍人に指示を出しながら「学生のころ、この辺りにある僕の別荘によく泊まりにきていたな。覚えているかい?」と言った。


「ああ、覚えている」


「今日はコズエさんとあそこで泊まりなさい。すぐ下男をやって必要なものを届けさせるから」


「ばかなことを言って」


 すると、小松は急に真剣な顔になった。

「別に面白半分で言っているわけではないんだ。いま、君の家も、コズエさんの家も、サクラ会の連中が見張っているかもしれない。だから君がコズエさんと一緒にいて、彼女を守ってあげるならこっちとしても都合がいいのだよ」


「私は、どちらでもいいです」彼女は小さな声で言った。


「じゃあ決まりだ。なにこの男はうぶだし、信用のできる男だよ」


 コズエは小さく頷いた。


「そうと決まれば善は急げ。早く行きなさい」

 

 我々は境内の裏にある抜け道を進んだ。そこを抜ければ目的の家まで目と鼻の先である。彼女は急に立ち止まった。


「どうしました」私は言った。


「私が憎くないのですか?」


 私は空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。


「ええ。なんだか俺は、あなたに騙されても一つも腹がたたないようだ。さあ、先を急ぎましょう」私は笑って言った。

 私はコズエの手を掴んだ。彼女は私に引かれるがまま歩いた。




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