呼び出し
天草が遅くまで仕事があるので夜に来てくれと使いをよこした。
クマソ藩邸にある彼の部屋には空色の絨毯が敷いてあり、明らかに高そうなデスクが置かれ、書棚のガラス越しに金文字の背表紙の法律書が並んでいるのが見えた。天草の椅子は革でできてあって、デスクの上には書類の山ができていた。どれだけ綺麗にしようとしても、どうにもならない部屋であった。
彼はワイシャツ姿で、疲れているようであった。まずそうに煙草を吸い、ネクタイを緩めた。柔らかな黒い髪がモジャモジャになっていた。
私が腰を下ろすと、彼はじっと私を見つめた。それから口を開いた。「兄さんの言っていたことを調べましたよ」
「どうだった」
「梅屋敷に出入りしている男は小松さんの下男だけでした」
「で、君はどう思う」
彼はなにも言わなかった。
「少し気になることがある、君が手紙をもって会いに来たのは、西郷大将の代理だったと考えていいのだろうか」
彼は小さく頷いた。私が額の傷を撫でてみると、傷はすっかりなおっていたが、感覚のない部分があった。
「手紙を久坂と受け取りに行ったのか」
「その通りですよ。僕を責めることはできないはずです、兄さん。仕事だったんです」
「まだつながりがあるのか」
彼は頭をふった。「いいえ、あれっきりです。どうやら西郷大将のおめがねにかなわなかったらしい」
「大将は俺がこの件にこだわっているのをよく思っていないらしい」
天草は少し笑った。「不思議なことですが、彼は小松さんに全ての罪をきせようとしている。まあ大将らしいですがね。そういう男なんです。自分のミスは許さないし、誰かに罪をなすりつけることをなんとも思わないのですよ」
「君は瀬戸内の島で、小松の死体をみたのだろう」
「ええ、見ましたよ」
「それは、さぞ波が高かっただろうな」
「波ですか、なぜです」天草はあまり関心がなさそうに言った。それから煙草を吸い始めた。
「あの島に君は行っていない」
「どうしてそんなこと言うんです」
「どうも腑に落ちないので、調べてみたんだ。小さな島は人工二百人程度で、道らしい道もなく、舗装も一部分しかできていない。船で行くしか方法がないが、港からは大きな船なんかでていない。少しでも風が吹けば行けなくなる島だ」
「船のことなら僕も知っている」
「だから君たちが行くことができない。君が向かうと言った日から三日間は風で船がでなかった。冬の瀬戸内ならあり得ることだ」
「茶化さないでくださいよ、兄さん」彼は煙を吐き、その行方を眺めていた。
「兄さんの結論はどうです」
「死んだ久坂と、この国から追い出された坂本は、小松と面識があった。彼らも彼らなりの面子があり、ある明らかな理由のために工作が行われた。君もこの二人と面識があるね」
「で、結論は」彼はふたたび尋ねた。
「君はどうなんだ」
彼は返事をしなかった。私は彼に礼を言って、立ち去った。それから一ヶ月間はなにも起こらなかった。もう春になりかけていた。
一ヶ月後の朝、初老の男が旅籠屋を訪ねてきた。身なりのきちんとした男で、南国出身のような日に焼けた肌をしていた。背が高くすらりとした体格で、口ひげもきれいに剃られており、髪を七三に分けていた。私の姿を見ると彼は立ち上がって、軽くお辞儀をした。
「久しぶりですね、サイトウ様」
「その節はお世話になりました。どんなようです」といいながら、私はコズエのときにお世話になった彼を思い出していた。
「小松様が、あなたをお呼びしています」彼は微笑んだ。
「わかりました、すぐに参りましょう」
「では、外でお待ちしております」
彼は私のそばを通りすぎていった。香水の匂いがして、眉毛が上品であった。しかし、鋭い目付きを見るとそうでもないのかもしれなかった。




