夢
街外れにある戦没者に来ていた。私は71部隊の石碑の前に立っていた。石碑には二百名の名前と、英霊ここに眠るという簡素な言葉があるだけだった。
71部隊は二百名からなる部隊で、51期の者が五十名もいた。我々51期が全部で百名である。
士官学校卒業生の上位二十名は、卒業後すぐに少尉の位を与えられ、教育コースに入っていく。残りの八十名は一般部隊に配属される。
士官学校に入ったもの全てが、上官を目指しているわけではなかった。たしかに、小松や天草のような家柄のよいものは、士官学校に入らざる得ないだろう。しかし、そういうものは特殊である。大抵は家が貧乏だから親に楽をさせたいもの、というのも士官学校生は毎月少なからず給料が出た。金はないが勉学を続けたかった者、なんだかわからないがここまで来たもの様々であった。私もそういった部類の人間であった。これは私見であるが、そういったものは、余計な野心を抱いておらず気のいい人間が多かったように思える。そういう人間を私は救えなかったのだ。
私は石碑に菊の花を供え、手を合わせた。墓地にはセミの鳴き声が響いていた。
陽が暮れかけていた。私はまっすぐ大通りに向かって歩いていた。街に入る前に大きな橋がある。私は橋のなかほどで立ち止まり、待ち街の風景を眺めた。腕の傷は大分よくなってきた。夕映えの名残の光が、家々の屋根を黒ずんでみせている。私はじっと川を見つめた。やがて、私の目の前に死んでいった人々の顔が渦巻き始めた。私はビックリした。誰かが私のすぐ横に並んだのを感じたのだ。
「サイトウさん?」
私は声の方を見た。そこにはコズエがいた。
「大丈夫ですか、顔色わるいですよ」
「ええ、大丈夫です」彼女は白衣であった。私は幻覚を見ているのかもしれない。
「患者の家を訪問していたもので」と彼女は言った。
我々は共に帰ることになった。
「ビックリしました。あんな場所で川を眺めてるんですから。顔色もわるいし」
「ちょっと疲れていただけです」私は力なく笑った。
我々は大通りの埃っぽい道を歩いていた。すると背後から、「どけどけ、道を開けろ」と数人の声がした。「危ない」私は彼女をかばうように道の端に移動した。刀を押さえた十数人の軍人が走っている。彼らは必死の形相でかけていった。我々はピッタリとくっついてその光景を見ていた。私の腕に固いものが当たっていた。
「申し訳ない」私は彼女と少し距離をとった。
「なにかあったのでしょうか?」彼女は何事もなかったかのようにと言った。
「事件かもしれませんね」
「気にならないのですか?」
「ええ、まあ、軍人の仕事は嫌いですから」
「じゃあどうして軍人になられたの」彼女はまっすぐ私を見て言った。その目はなにか私の返答次第では純粋にも軽蔑にもなるような目であった。
「この国では、貧乏人の子供は大抵軍人になります。俺は幼い時に戦争で父をなくしました。それからすぐ、母が病気でなくなりました」
私のボソボソとした声を聞いて彼女は、声を柔らかくして「本当はなにになりたかったのですか?」と言った。
「じつは、歴史学者になりたかったんです」
すると、彼女は急に声をあげて笑った。しかし、彼女に笑われるのは不思議と悪い気はしなかった。
「そんなに可笑しいですか」
「ごめんなさい、意外だったものですから。私は軍人という人はもっと出世欲とか権力が大好きな人だと思っていたので、そういう職業が出ると思っていたのに、歴史の先生なんておっしゃるから」
「軍人にも色々な奴がいます」
「素敵な夢だと思います」彼女はまっすぐ私の顔を見た。その大きな目が、先ほど笑っていたせいか、涙で輝いて見えた。私は恥ずかしくなってすぐに目をそらした。
彼女を家まで送り届け、我が家に帰るともうすっかり暗くなっていた。私は日本酒を飲みながら、刀の手入れをしていた。すると、足音が聞こえてきた。
「サイトウさん、天草さんがお見えです」襖越しにお上さんの声がした。
「天草が?いったいなんのようだろう。入ってもらってくれ」
「わかりました」お上さんの足音はだんだん遠くなっていった。私は刀を鞘にしまった。
しばらくして、天草は部屋に入ってきた。彼を見ると、すぐ刀の鞘が変わっていることに気がついた。
「刀変えたのか?」
「これですか、鞘だけですよ。これ、小松さんに頂いたんですよ。暗いところでは黒色ですが、陽の光に当たると緑色に輝くんです」
天草は子供のように無邪気に言った。昔から刀の話が大好きなのである。
「まあ刀の話はまた後日に、それよりも、今日たいへんな事件があったんです。播磨屋で百丁の銃と刀が見つかったんです」
「刀はともかく、当たらない銃が百丁あったところで騒ぐことないじゃないか」
「それが、その百丁すべてがスナイドル銃だったんです」
「なんだって……上手くすれば国が乗っとれるな」
「いま、小松さんが店主の尋問にあたっていますが、なにも話さないそうです」
私は外を見た。今日は新月であった。
「小松は尋問が苦手だからな」
「そうなんですか、意外ですね」
「天才にも苦手はあるものだ」
すると、廊下から荒々しい足音が近づいてくる。「噂をすればなんとやらだ」と私は言った。
襖が勢いよく開いた。そこには青白い顔の小松が立っていた。
「くそっ、あいつなんにも喋りゃしないぞ、早くしなけりゃ、桐野大佐が尋問をすることになるのに」そう言って、小松は私の近くに座った。
「それはまずい」私は彼に杯を渡し、それに日本酒を入れた。小松は眉間にシワを寄せたまま、酒を一気に飲み干した。
「今回の事件、サクラ会と関係があるのか?」
「まだなんとも、サクラ会についてはずいぶん前から手を打っているが、どうも上手くいかないよ。それより、今は仕事の話はよしてくれ。そんな話をするためにここへ来たわけじゃないんだ」
「じゃあなんの話をしに来たんだ」
「それはな、サイトウが大通りを女性と歩いていたって情報を手にいれたからさ。さあ、詳しく聞こうか」
そうして小松の尋問を受けたのだ。尋問が苦手な彼はどういうわけかその時にだけ冴えていた。というわけで、私は彼女についてどう思っているかを見事聞き出されたし、天草は前のめりになって「あの兄さんが、へえー」と独り言をいいながら聞いていた。
このときの我々は、事件のことも尋問のこともすっかり忘れていたように思う。しかし、一日のうちにそんな時間があっても罰はあたらないのである。




