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風薫る  作者: しょーた
第三部 キョウト
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猜疑心

 



 ゆっくり襖の開く音がしたとき、私は部屋の隅に座り壁にもたれて外を眺めていた。襖を開けたのはシズだった。私は彼女がなにか言うのを待っていた。シズは辺りを見渡しながらも、なかなか部屋の中へ入ってこなかった。


「あんなことがあってもまだここにいるのですね」


「安全な場所なんてありやしないよ」


「ひどい顔、誰にやられたの?」


「桐野」


「あなたはその人に何をしたの」


「なにも、二度ばかり蹴りをいれて、あの男の罠に飛び込んで、いまキョウトから出ていこうとしている。もう終わったんだ」


 彼女は部屋のまん中に座った。


「なにか飲むかい」と私は尋ねた。たばこの箱をとりだして彼女に差し出すと、吸いたくないと言った。飲み物はなんでもいいと言った。


「ウィスキーがあるんだ」と私は言った。「氷とグラスをもらってくるよ。いい品物だと思うよ、天草が送ってくれたんだ」


「なんのためにとっておいたの」と彼女は尋ねた。


「君のためさ」


 彼女は笑ったが私の言葉を信じたわけではなかった。「私のために?おかしいじゃない、あってまだ間もないのよ」


「いずれ会えるだろうと思ってね。グラスをとってくるよ」私は部屋から出ようとした。


「どこへ行くの」彼女はきつく言った。


「グラスをとってくるのさ」


「いいからここへ戻ってらっしゃい」


 私は言われた通りにした。彼女の目が輝いていた。怒っているのかもしれなかった。


「信じられないことだわ」と、彼女はゆっくり言った。「いままでこんなことなかったのよ」


「どうして?」


「あなたはいままで私に触らなかったし、妙な目で見たこともなかった。手でいたずらもしなかった。なにもしなかった。むしろ冷たいくらいな人だと思っていたわ」

「その通り、時々ね」


「ところが私が部屋に来たものだから、ウィスキーで酔わせてそのまま寝ようとしている、そうでしょう」


「正直に言うと」と私は言った。「そんな考えがまったくなかったわけではない」


「光栄なことだけど、私がいやといったらあなたはどうしたの。私はあなたが好きよ、とても好き。だからといってあなたと寝たいという結論にならないわ。私がたまたま部屋に来たものだから勘違いしたのかもしれないわね」


「俺が間違っていたよ」と私は言った。「グラスをとってくるよ」


「気を悪くさせるつもりはなかったの。ウィスキーはまた別の機会にとっておいた方がよくない」


「たった一本なんだ」と私な言った。「祝うときは十本は必要さ」


「それが本音だったのね」と彼女は急に怒り出した。

「私はもっと美しくて魅力的な女性の間に合わせだったのね。光栄だわ。面白くないけど、ここにいても安全だということがわかったわ。ウィスキー一本で正体をなくすと思ったら大間違いよ」


「それはもう知っている」


「あの男と別れて、あなたの部屋に来たものだから簡単にものにできると思ったのね」また腹をたてたように言った。


「あの男がなんだ」と私は怒鳴った。「男なんかどうでもいい。もう一度口にしたらこの部屋からつまみ出すぞ。俺は酒をすすめただけだ。それだけのことだったし、君を酔いつぶそうなんて全然考えていなかった。君が僕と寝たくないことはよくわかっている。そんな必要はないが、ウィスキーの一杯や二杯のんでくれてもいいじゃないか。いつ誰がどこで、酒をのみながらなにかを言ったなんて考えたってなんの得にもなりやしないない」


「そんなに怒らないで」と彼女は顔を赤くした。


「二流の勝負師みたいなものさ」と私は言った。「みんな面白くない。みんな怖れて、ミスを待っているやり方なんだ」


 彼女は立ち上がって、私のそばにやって来ると、額の傷を静かになで始めた。「ごめんなさい。私は世の中にくたびれてなにもかも幻滅してしまった女なの。お願いだから優しくして、つまらない女なの」


「君はくたびれていないし、幻滅を感じるなんてとんでもない。君のような人間は、いたずら女になっても不思議じゃないが、どんな奇跡があったのか君はそういう女にならなかった。誰にも労ってもらう必要はないんだ」


私は部屋からでて足早にグラスと氷をとってきた。戻ってくると彼女はいなかった。私はグラスにウィスキーをついで、一気にのみ干した。喉の奥が熱くなってくる。なんの音も聞こえなかった。とつぜん背後から彼女の声がした。「ばかね、逃げたと思ったの」


 私は襖を振り返った。彼女は恥ずかしそうに微笑みながら、私に近づいてきた。私はグラスをわたした。彼女はグラスを受け取ると、ウィスキーを二口、口に含むとグラスを私に渡した。「とても美味しい」と彼女は言った。それから極めて自然に私に抱かれながら彼女は私に口を押し当てて歯を開いた。小さな歯が、私の舌に当たった。長いときがすぎてから、私は彼女のうっとりした瞳をみた。


「抱いてほしかったの」と彼女は言った。「でも簡単に抱いてほしくなかったの。なぜだかわからなかったの。普段はこんなこと思ったりしないのに」


「わかっているよ。そんな女にら、出会ったときに口説いているさ」


 彼女は頭を静かにふった。「私はそうは思わないわ、だからここに来ているのよ」


「そうだなあの夜は口説かなかったかもしれない、大事なことがあったからな」


「女に色目をつかったことがないんじゃないの」


「あまりないな」


「でも男にいいよられるのを期待している女性は大勢いるの」


「朝から考えている人もたくさんいるさ」


「でも酒は催眠剤っていうじゃないの」


「医者か言ったんだね」


「誰が医者の話なんかしてるの」


 私は彼女のほほにキスをした。


「あなたの可哀想な額にキスさせて」と彼女は私の額にキスをした。「とても熱を持っているわ」と彼女は言った。


「他のところは冷たくなっているよ」


「そんなことないわ、酒をくれない」


「そんなに飲みたいのか」


「飲まないと気分がわかないの」


「わかったよ」


「とても私を愛している、それとも一緒に寝れば愛してくれるな」


「好きになりそうだな」


「無理に一緒に寝なくてもいいのよ、ぜひにとはいってないの」


「ありがとう」


「ウィスキーをちょうだいな」


「金をいくら持っている」


「全部で八百万くらいかしら」


「寝ると決めた」


「お金が目当てなのね」と彼女は言った。


「ウィスキーをおごったぜ」


「ウィスキーがなにさ」と彼女が言った。







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