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風薫る  作者: しょーた
第三部 キョウト
55/61

上官

 



 私は酒を飲むついでに新聞を見るつもりで酒屋に向かったが、混んでいて落ち着けなかった。顔見知りの店員が私に挨拶をした。


「ウィスキーのソーダ割りでよかったですね」


「そうだね、今日はウィスキーを少なめに頼むよ」


「最近は友人をみかけませんね」


「俺も会っていないんだ」


 彼が飲み物を持ってきて立ち去ると、私はちびちびその飲み物を飲んだ。新聞を読むまでは正気でいたかったから、あまり酔いたくはなかった。しばらくしておなじ飲み物を注文すると、新聞を抱えた少年が入ってきて、子供がこんなところに来てんじゃねえと店員に怒鳴れるまでに、客の間を一周していた。私が新聞を一枚ひらくと、新撰組の操作のやり直しの記事が載っていた。他のページには土方のコメントまで載っていた。


 私は飲み物を片付けると、店の外へ出てまっすぐ旅籠屋に帰った。

 

 夜になると大久保中将が私の部屋に来た。


「新聞を見たかね」と彼はだしぬけに言った。


 そのあと彼は私の部屋が狭いことなど酒を飲ませろとブツブツ言ったので、私が女将さんに酒を譲ってもらう間に彼はすっかり腰を落ち着けていた。


「危ないことをする人間にしては、ずいぶん普通の場所にいるんだな」と彼は言った。


 私は酒を畳の上に置いた。彼は酒を一口のみ、煙草に火をつけ一度吹かしてから灰皿の中にすてた。「気分がのらん」と彼は言った。


「新聞を読んだかね」


「友達が前もって教えてくれたんだ」


「君に友達なんていたのかね」と彼は真面目な顔をした。「その友達にはなにも言わなかったろうな」


「言わなかったよ。俺のような人間の言葉なんて気にも止めてなかった」


「西郷大将がカンカンになっている。永倉さんは手紙を渡していないと弁明に来たが、今さらどうもならないし確かなこともわからない。誰かが裏切ったのは確かだ」


 私は酒に口をつけて、なにも言わなかった。


「まあ仕方ないかもしれん」と大久保は言葉を続けた。「永倉さんが不注意だったんだ。もっとも俺は新撰組内から裏切り者が出たと思っているわけじゃない」


 彼は私の顔を見ずに言った。


「なにしに来たんだ、中将。君は俺が嫌いなはずだし、一時だけ仲がよかっただけだ。それも互いの利益が一致しただけで、近頃はそれすらもなくなった」


 彼はふてぶてしく笑った。「捜査をしている途中で素人に仕事を奪われたら誰だって腹をたてるだろうよ。ヒサタケが死んだとき、小松とアサヒ婦人の関係を教えていたのならなんとか方法はあったし、知っていればあの女は俺の手柄で今ごろ生きていたろうよ。君が隠さなかったらヒサタケだって生きていたのかもしれないし、小松だってそうだったかもしれないが、君がかっこをつけすぎたせいでみな死んでしまった」


「なにがいいたい」


「なにも。もう遅すぎるし、他人を騙していい思いをしようとする奴が馬鹿をみる。君が好きだという人間は一人もいないし、嫌っている人間は二人ばかり知っているがもうこのままにしておけないと躍起になっているから、この国から出ていくことがいちばん利口かもしれないぜ」


「俺はそんな大物じゃないし文句ばかり並べるのはよそうじゃないか、中将。ヒサタケが死ぬまで君は動かなかったし、そのあともさして事件に関心がなさそうだったが、俺がやったことに間違いがあったのかもしれない。だが、真相は明るみに出た。昨日夫人のことをあげると言ったが、どういう理由であげるつもりだったんだ」


「あの女について報告することがあっただろう」


「俺がか?君たちを騙そうとしている俺が報告するのかい」


 彼は顔を真っ赤にして立ち上がった。「なめているのか。夫人は生きていたし、容疑者として拘引することもできた。おまえは夫人が死ぬのを望んでいたんじゃないか」


「俺が望んでいたのは、冷静になって自分を見つめ直してもらうことだけで、彼女がどんな方法で問題解決をするのかは知ったことじゃない。俺はただあの男の無実をはらしたくて、そのためならどんなことでもするつもりだった。覚悟はできているし、逃げも隠れもしないから好きなときにしてくれてもいい」


「わざわざ俺が手をくださなくても他の連中が黙っていないさ。奴らなんて大したことないと思っているのだろうが、君は彼らの顔を潰したのだからただではすまないよ」


「まったく気の毒な話だな」と私は言った。


 彼は部屋の襖を開けた。


「ここでは静かすぎる」と彼は言った。「もう少し騒がしければちょうどいいのだが」


 彼は部屋から出ていった。上官というのはさよならを言わない。彼らは機会があればいつでも足先で使うつもりなのだ。





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