実況検分
ハンバーグのような頬髭を生やした大久保中将は、黒色だった髪にずいぶん白髪が混じっていた。眉は緩やかなカーブを描いていて綺麗に整えられており、眼光の鋭さに似合わなかった。もしこれで眉が太ければ我々は中将と目を合わせることがほとんどできなかったであろう。血も涙もない冷徹な軍人として世間でも名が知られているが、その原因が中将の不器用さから来るもので性格から出てくるものではないことを何人かは知っていた。冷徹な軍人というイメージはシマヅ卿に気に入られて出世したということも関係あるらしかった。そんな大久保中将がいざ仕事を任されると見事にこなしていったため、それに嫉妬した人間が軍部にいて、中将と敵対する人間は多かった。彼らは中将を嫌っていたし、大久保中将も彼らを好きではなかった。
彼は複数の部下をつれて書斎へはいってきた。部下は長いあいだ部屋を調べていた。私は天草と客間の椅子にすわって待っていた。
大久保中将は我々のところへきて椅子に腰かけた。彼は内ポケットから煙草を取り出すと、何事もなかったかのように煙草を吸いながら、私の顔を見た。
「このあたりにキリシタンの教会があったのを知っているか」
私は首を横にふった。
「無理もない。君が初めてキョウトに来たのは戦争終わったあとだからね。皆焼けてしまった。それから違う建物ができた。よくある話だ」
「そういう考え方もできる」と私は言った。「アサヒさんは」
「不思議なくらい落ち着いているよ。なにか薬を飲んだのかもしれない。この家にはずいぶんと睡眠薬がある。近ごろ君の友達は可哀想だな。みんな死んでしまうじゃないか」
私はなにも言わなかった。
「自刃には興味があるよ」と大久保中将は手に持った煙草を吸いながら言った。「あんがい細工ができるからな。細君は君が殺したと言っている。わけがあるのか」
「それは俺がさして殺したと言っているわけじゃないさ」
「他に誰もいない。君は脇差がどこにあるのかも知っていた。このあいだの夜、彼が腹をきろうとして細君が刀を取り上げたことも知っている。その時も君はここにいた。君には不利なことばかりだ」
「今日、彼のデスクに脇差を探してみたがみつからなかった。夫人には場所を教えて隠しておくように言ったのに、いまになってそんなことは知らないと言いだす」
「いまとはいつのことだ」
「夫人が戻ってきて、天草を呼んだあいださ」
「デスクを探したのはなぜだ」大久保中将は灰皿に煙草を押し付けながら、私を見ずに言った。
「彼は酔っていて、脇差を別の場所へ置こうと思ったんだ。この前の夜は自殺をしようとしたわけじゃなかったんだ。全て芝居さ」
大久保中将は頷いた。ふたたび内ポケットから煙草の箱をだしたが空であった。
「すまないが煙草をわけてくれないか」と彼は言った。「ありがとう。吸っていないと落ち着かないんだ。君は彼の監視役だったのか」
「そうじゃない。仕事の悩みを聞きにきたんだ。話をしている内に酒を飲みはじめた。俺が殴ってでも止めさせるべきだと思っているのか」
「いやべつに。君はどれくらい飲んだ」
「ひとくちも飲んでいない」
「ここにいるのは非常にまずいぞ、サイトウ。あのテーブルの金はなんだ」
「ここに住んで、ヒサタケ見張ってくれと頼まれた」私は咄嗟に嘘をついた。「彼と夫人と村田という軍人に頼まれた。この男は藩邸にいるから、すぐにつかまるよ。とにかく、俺は断った。そのあと夫人がやってきて、ヒサタケを捜しだしてほしいと言った。俺は捜しだして家へつれてきた。そのつぎは中庭に倒れているヒサタケを部屋に運んで寝かせた。ほんとは気がすすまなかった。中将。いつの間にかまきこまれていた」
「小松の事件と関係はないのか」
「なに言っているんだ。小松の事件はもう解決しているんだぜ」
「そうだな」中将はそっけない口調で言った。そして深いため息をついた。一人の男が部屋へはいってきて、大久保中将の元へ歩いてきた。肩幅が広く、口がへの字の男であった。
「中将」
「言ってみてくれ」
「傷口は自刎しようとしてできたものと思われるほど幅か広く深いものです。脇差は多量の血がついていますが本人のものと見て間違いありません。きっと自分の首をはねる途中で手が止まってしまったのでしょう」
「もし眠っていたのなら、他殺の可能性もあるのか」
「もちろんです。しかし、今のところ自殺の説を覆す材料がありません」
「ありがとう。誰か坊主を呼んだか」
男は頷いて、立ち去った。
「帰りたいか」
「帰らせてくれれば。俺は容疑者じゃないのか」
「あとで出頭してもらうことになるかもしれないがね。いるところははっきりさせといてくれ。証拠がなくならないうちにすぐに処理をしなければならない事件もあるが、これは反対の事件だ。殺人なら、誰が殺そうとしていたのか。細君か、彼女はいなかった。君か。条件は充分すぎるほど揃ってある。不自然なくらいに。だが動機はなんだ。それに君の経験を勘定にいれてみてもいい。君が殺人をやるとしたら、暗い夜道でズバッとやるはずさ」
「ありがとう。中将」
「使用人はいなかったからのぞいていい。すると、外部の犯行も考えられる。そいつはヒサタケの脇差の隠し場所を知っていて、ヒサタケが眠っているか酔いつぶれているときに犯行を行わなければならない。それに君が書斎を確かめる前に逃げださなければならなかった。それはほとんど不可能だ。それができる男はただ一人だが、その男がその条件を使うとは思えない」
「わかってるよ、中将。今夜は旅籠屋にいるさ」
「あとひとつ言っておくことがある」と中将は笑みを含めて言った。「ヒサタケという男は重要な外交官でもあった。家柄もいい。まあ俺にとっちゃどうでもいいが。彼は地位も名誉も金も持っていて、最近できた高級住宅街に美しい妻と暮らしている。なぜ自殺をしなければならなかった。見当もつかない。きっとなにかあったに違いない。もしなにかあるのなら隠さない方がいい。では、またまた会おう」
私は中将に連れられ門へ行った。そこには二人の軍人が立っていて、中将となにやら言葉を交わしてから、私を外にだしてくれた。すぐ近くには天草もいて、私に軽く会釈をしただけでまた建物のなかに入っていった。雪はまだ降っていた。みな雪が降っているので誰も外に出てこなかった。静かであった。
高級住宅街の邸で、名のある外交官が長椅子の上で死んでいるのだが、街の静寂はいっこうに破られる気色はなかった。彼らにとってはクマソ国で起きた事件と変わらないのかもしれなかった。
私は旅籠屋に帰って、そのまま部屋に転がった。長いあいだ転がっていて、いつの間にか眠ってしまった。大久保中将の使いのものがやって来て目を覚ました。もうすっかり夜になっていた。




