怪しい男たち
私は丘へと続く街道を歩いていた。道の端には所々に木が生えていた。どこからか、花のような甘い匂いがしてきた。
緩い坂道を上ると、ポツポツと家が建っている。この辺りの家は密集しておらず、庭のある家ばかりであった。
私はある家の前まで行って、しばらく門の前で様子を見ていた。開いた門からは庭のようすが見える。その家もポツンと建ってあり、隣家はなく、一軒だけが孤立しているようであった。立派な屋敷であった。しかし、庭は手入れされておらず荒れていた。
私は耳をすました。なんの音も聞こえなかった。縁側で寝そべっている男をみつけた。
その男は寒いのに薄手の着物で、胸の辺りがはだけてだらしなく眠っていた。靴は黒のブーツをはいていた。
彼はふと目を覚まして、門の前にいる私を見た。虚ろな眼が長い睫毛のしたにあった。彼はゆっくりと立ち上がった。身体は肉はついていないが、骨太で背が高かった。鼻筋が通っていて、口が大きかった。髪の毛は縮れていた。皮膚は浅黒く漁師を思わせるほどであった。彼は左手を腰にあてた。
「やあ、お客かい」
「そうだよ」
「ちょっと待っててくれよ」これ以上話すことはないというようなそっけない言い方であった。一見すると人がよさそうだが、腹のそこには極寒の海が広がっているに違いなかった。彼はふたたび縁側に寝そべって、自分の爪を眺めていた。「金が必要か」私を見ないで言った。
「久坂って男を探している」
彼は爪から目を離して、私を見た。「誰だって?」と別にどうでもよさそうに聞いた。
「ここの家主さ。隠すことはない。知っているだろう」
彼はまた爪をいじり始めた。「お前さんは間違ってきたんだな。ここは、ある商人が持っている屋敷だ。小倉屋っていう店主のものだ。詳しいことは知らないが」
彼は私に興味がなさそうにぼつぼつと言った。私は門をくぐって、男に近づいた。
「商人の名前はなんていう」
「知らないのなら、あんたはイズモの人間じゃないな。あんたはここに用がないはずだぜ。早く帰った方がいい」
「久坂に会わなければならない」
「ここにはいないぜ。それにここは人の家だ。たとえ門が開いているからと行って勝手に入ってくるのはどうかと思うな」
「君はこの家のものなのか」
「まあそんなところだ。もう質問は止めにしてくれ。そんなに隣でピーピー鳴かれたら、頭が痛くなってくるよ」
「クジラと一緒に詩でも歌うのか。たとえば、酔擁美人楼とかどうだい」
彼は私を睨み、ゆっくり立ち上がった。私は彼を見上げた。
「つまみ出さないといけないみたいだ」
「まだだ。どこにいけば久坂に会える」
男は右手を胸元にいれて、黒く光るピストルを取り出した。大きな虚ろな眼で、蔑んだように冷たく私を見おろしていた。
彼はゆっくりピストルを構えた。私は一歩後ろに下がった。彼は陽気に口笛を吹いた。
「喧嘩をすることはないぜ」と私は彼に言った。「争う理由がない。その綺麗な焼きそばみたいな髪がくしゃくしゃになるぜ」
彼は顔をしかめた。そのとき、私は彼の右の手首を持ち上げてそのまま男を押し倒した。私は男の上で馬乗りになり、ピストルを取り上げようとした。ピストルのグリップが勢いよく私の顎をうった。私の視界が揺れた。それから男は肘で私の顎を強く殴った。私はそのまま地面に転がった。男は立ち上がって、ぶざまな姿で地面に転がっている私に銃口を向けた。口元には薄笑いが浮かんでいた。愉快でたまらないのだ。
よくとおる甲高い声がどこからか聞こえてきた。「そこまでだ坂本君。銃をおろしなさい」
ヤキソバの青年はしぶしぶ命令に従った。忌々しい口笛をふきながら、素早い手付きでピストルを胸元にしまった。
私が起き上がると、袴を羽織った男が縁側で正座をしていた。
「君らしくもない」
「説教はよしてくれ久坂君」と坂本は穏やかに言うと、袴の男の隣に座って、ブーツを脱ぎはじめた。
久坂は呆然としながら地面に座っている私を見た。私も見返した。「なんですか」と咎めるように言った。「あなたは誰です」
「名前はサイトウ。久坂に会いに来たんだ。どうやら、あなたが坂本と呼んだ人間が私と力くらべでもしたかったらしい」
「私が久坂です」彼はハキハキと言った。「坂本くんは部屋に戻っていてくれ」
坂本は立ち上がって、建物のなかへ消えていった。一度もこちらを見なかった。
「サイトウさん」久坂はふたたび私を見た。「どんなごようですか」
「坂本に聞くと、あなたはここの家主ではないようですね」
「その通りです。ここの家主は、小倉屋の白石という人間で、私はこの家に最近来たばかりです。いまは私と坂本君だけです」
「当てがはずれたな」私はガッカリしたように言った。「ヒサタケという男がここにいると思ったのに」
彼は右の眉をピクリと動かしただけであった。「ヒサタケ?私の知人にそんな人間はいませんが、私との繋がりのどこかにそんな名の男がいるかもしれない。しかし、なぜここにいると思ったのです」
「外交の仕事のため」
「私も昔、そういう仕事をしてたが今はしていません。どんな仕事ですか」
「その男は変わっていて、ときどき行方をくらますんです。自分で帰ってくることもあるし、家へ連れられることもある」
久坂は私の話を苦い顔で聞いていた。
「坂本君はどうかしていますね」と私はきいた。「自分が英雄かなんだかと勘違いをしていらっしゃる」
「特別でもないでしょう。誰でもときどきそんな状態になることはあります。あなたもそうでしょう」
「そうですね。でも荒っぽいのは困りますね」
「本当はそんな人じゃないのです。新しい物が好きで、まるで子供みたいな人です」
「頭がおかしいのではないですか。ここはそういった建物でしょう」
「いえ、違いますよ。ここは商人の別邸です。気軽に貸し出してくれる家です。世間から離れたいと思っている人間にとっておきの場所ですよ」彼はどこか遠くを見ながら言った。
「知っていますとも。ファイルにかいてありましたから。あなたは危険思想の持ち主で、外交の仕事をはずされたうえにイズモ国からの帰還命令を無視している。なにか企んでいるに違いない」
怒らせて口を割らせる方法がある。しかし久坂には通用しなかった。怒りはするが、自分を見失うことはしない男であった。
「帰らないのですか、サイトウさん。坂本君に頼んで追い出すことになりますが」
「お暇しましょう。久坂君」
「では、さよなら」そうして彼は笑った。この男の顔にはまだ幼さが残っていた。
門からでて、街道の曲がり道を曲がってから、門の前を見張っていた。私は待った。
しばらくすると、坂本が門の前にでてきて辺りを見渡したと思うと、彼はそそくさと門を閉めた。
さすがの久坂君も、今日は来客お断りのようだ。




