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風薫る  作者: しょーた
第三部 キョウト
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援助




 どんな自信家でもむやみやたらに人を探すのは無謀である。それなりの手がかりは必要である。私が握っていた情報は、彼女に渡された紙切れ二つだけである。こんな情報だけで無闇に一ヶ月人を捜しても、成果はないにきまっている。Kから始まる名前などこの世に山ほどいるのだ。それにしても、手がかりなしで手をつけるわけにもいかない。私はこれといった手がかりも持っていないし、アサヒも持っているわけではなかった。彼女は持っていないふりをしただけかもしれないが、私は気がつかなかった。たとえ頭文字の同じ人間がいても、ヒサタケに関する人間についてはなにも知らないのかもしれない。彼女はどこまでいっても、ヒサタケよりのなのかもしれないのだ。吉田先生の持ち出した文句が、遠回しにそれ以外の事柄を見ないようにしたように。


 こういうとき知恵の足りない私は数少ない仲間の知恵を借りようとする。私はクマソ国の藩邸にいる天草を訪ねた。クマソ国の人間のことはクマソ国の内部の人間に聞くのが一番だ。天草に手紙を送ると、その日のうちに返事が来た。十分だけ時間をくれるらしい。彼も出世したものだ。


 クマソ国の藩邸は、ミカドの御所からそれほど離れてはいない。この辺りにある建物にしては珍しく質素な、古風な武家屋敷がクマソ国の藩邸である。門には田舎者のような体格のいい武骨な門番が二人いて、私を睨み付けてくる。建物内の明かりはほとんどなく廊下は薄暗く、中庭では軍人たちが奇声をあげながら訓練をしている。


 私が門をくぐると、まだ若い可愛らしい顔のした男が声をかけてきた。


「これはサイトウ少佐。なにかごようですか」


「天草君に会いに来たんだ」


 彼はなにやら考えているような顔をした。「事前に連絡を取っていますか。なにも聞いていないものですから」


「今朝手紙をおくった」


「そうですか、その手紙はどこから送りました。返事はありましたか」


 私は天草の手紙を彼にみせた。

「ずいぶん仰々しいな」と私は美少年に言った。


「ここでは小さなことでもしっかりするようにと教育されます。そうしないと、僕の首がとんでしまいますからね」


「君は若いから知らないかもしれないが、その反対もあるよ」と私は言った。しかし彼は信じなかった。


 彼は苦笑いを浮かべて、帳簿に記入するとに記入すると私を見上げて言った。

「天草中佐にお知らせします」


 しばらくして天草がやって来た。私は彼に案内され、取調室のような小さな部屋に連れていかれた。その部屋も廊下のように薄暗く、畳の上に椅子が置かれてあるだけの部屋であった。壁に風神雷神のような画がかかれてあり、話し合いをするための部屋とはとても思えなかった。また、壁には「敬天愛人」という仰々しい文字が飾ってあった。


 天草は私より先に部屋に入り、その「敬天愛人」の額を裏向けた。彼はこう言う言葉が嫌いであった。


「兄さんから手紙だなんて珍しいこともあるものですね」と彼は言った。「小松さんの時だって僕に連絡がなかったくらいですから。まあ僕はこんな額縁の言葉を書く人よりも、兄さんの方が信用ができますよ。なんたって、気持ちが理解できる。嬉しくはないですよ」


 彼は冷たい椅子に腰を下ろした。私は彼を見つめた。青白い顔をした若者で、脚が長く、整った顔をしていて、一見弱そうに見えるが力強い剣を振るう。それだけでなく、頭も切れるし、家柄もいい。眼は大きく、唇は薄かった。笑うと子供のような表情が残っている。とても人を殺したことのある人間だとは思えなかった。


「仕事はどうだ」と私は言った。

 

「まあかけてください。上司命令ですよ」彼は言葉を切ってにやにや笑っていた。「仕事については、もうなにも考えないことにしています。僕はいずれ時がたてばそれなりの地位に出世しますし、その時なにか考えようと思います。もし西郷さんか、大久保さんが無茶な命令を出したのなら軍をやめてやるつもりですよ。頼みごととはなんです。僕にできることですか」


「もちろん。ヒサタケの仕事相手の記録を見たいんだ。ここにあるだろう。外交の大きな仕事だからね」


 彼は静かにうなずいた。「誰に聞いたのかわかりませんが、外交上の記録はここにあるはずです。でも、関係者以外の人間にはみせてはいけないことになっています。さて、今持ってきますね」


 彼は部屋を出ていった。私はもう一つの冷たい椅子に座った。天草が灰色のファイルを持って戻ってきた。彼はそれを私の前で開いた。


「ここはもう少し明るくならないのか」


「お国がら明るすぎるのは好まれないのですよ。我々の国は毎日どこかで人が死んでいますし」


 彼は内ポケットから葉巻をとりだし私にすすめた。


「以前、リュウキュウの人が僕にくれたんです。ほんとうに南国の人間は我々と違って気のいい人間か多い気がします。クマソ国もだいたい南の位置にありますが、自分達が支配することしか考えていない。まったくやかまし人達ですよ。人をぶち殺したってなんにも思わないのだから、どうしようもない」


「すまない。葉巻は苦手なんだ」


 天草は持っていた葉巻を寂しそうに眺めた。「僕もです」と彼は言った。「西郷大将にもあげようとしたんです。でも、たとえ西郷大将の言葉が本心ででているとしても、この葉巻の味はわからないと思うんですよ」と彼は苦笑した。「西郷さんの話をするなんて、まったくどうかしています」彼は内ポケットに葉巻をしまってファイルを見た。「さあ、なにを調べたいんです」


「Kから始まる人物、イズモ国出身で吉田先生と交流のある人物をみたいんだ。そこに名前がないのかもしれない、とにかく事実はわからない。妻に暴力を振るっている男だが、細君が心配していてどこかの浪人にとらわれていると思っている。確かなことはわからない。手がかりは、夫が吉田先生を尊敬しているのと、K君という頭文字が書かれてある紙切れだけだ。行方不明になって三日になる」


 天草はなにか考えながら私を見た。「そんなに心配することはないかと。たいした日数もたっていません」


「俺が先に見つければ金がもらえる」


 彼はもう一度ファイルを見て頭をふった。「まあ、簡単ですよ。これだけの手がかりがあるのですから」彼はファイルから二枚のページを破いた。「二人いましたね。イズモ国の大物カツラ中将。彼は吉田先生との繋がりもあります」


 私は名前と住所を書き留めた。


「次は、クサカ大佐。彼は吉田先生の推薦でキョウトに来ていますし、過激派との交流もある。それに、吉田先生の一番弟子というような存在です」


「なるほど」私はこの男の名前と住所も書き留めた。「しかし、こんな情報をどうやって手にいれるんだ」


「僕たちは国家の諜報機関ですよ。兄さんのように一人じゃありませんから。国家というものはくだらない情報にもはぶりがいいもので、必要なら人付き合いもうまいですよ」


 天草はファイルを閉じて手で叩いた。「兄さんはこれを見ていないんですよ」と彼は言った。天草は部屋から出ていった。彼が戻ってきたとき、私は彼に礼を言おうとした。彼は手で遮った。


「もしかしたら僕の予想が外れているかもしれません」


「わかってるよ。いろいろありがとう天草。久しぶりに君と話せて楽しかった」


「もっと気楽な話をしたかったな。こんど僕が力を借りるかもしれませんよ」


「敬天愛人。クマソ国の工作員が、私のような人間に見返りを求めてはいけないよ」


 天草は私に向かって中指を立てた。私は笑いながら薄暗い部屋を出ていった。新撰組の屯所よりましな部屋だと思った。



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