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風薫る  作者: しょーた
第三部 キョウト
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手紙

 


 私が屯所を出ていくと、門の前に一人の男が立っていた。目がくりくりして、唇の暑い童顔の男であった。彼が私に話しかけてきた。


「おくります。キョウトの独り歩きは危険ですから」


 太陽は目線の高さにきており、陽射しのもとでみる彼の顔はより幼くみえた。人を騙すことのできない顔だと思った。


「これでサイトウ少佐と会うのは二度目ですね」


「すまない、思い出せないよ」私は彼の顔をじっと観察しながら言った。


「村田です。あなたが岡田の尋問をしていたときの見張り役でした」


 街の屋根は夕陽で赤く染められていた。さらに見上げると、雲ひとつない空が広がっている。風は肌寒く殴られた傷がよく冷えた。空気をいっぱい吸い込んだ。


「俺はこの近くの旅籠野にいるから、送らなくても大丈夫だよ」と私は言った。


「そうはいきません。ぶちこむときは連行してくるのに、帰りになると知ったことじゃない。僕は奴らのやり方がすきじゃないですよ。それに、この事件だってずさんな捜査をして、なかったことにしようとしている」


「事件のことなら僕はなにも知らないよ。大久保中将ならなにか知っているかもしれないね」


「それはどうでしょうか」と村田は空を見上げていった。我々の他に歩いている人間はいなかった。「誰かが壁を作っているのかもしれない」


「壁?」


「この事件に誰かが壁を作っているんです。少佐ならもう勘づいている筈ですよ。この事件はそれなりに話題性のある事件だが、ちっとも表沙汰になっていない。それに、新撰組は突然事件をほっぽりだそうとしている。どうしてだろう。彼らの名前をうる絶好の機会なのに」


「俺に聞かれてもわからないよ。いまのいままでたんまり搾られていたんだぜ」


「小松大佐のために動いている人間がいるからですよ。きっとお金とかじゃなくて、それはお互いの約束で成り立っている。そんなこといまのキョウトで、なおかつクマソ国でできるのは一人しかいませんよ。西郷大将ですよ」


 私は腕を組んで考えてみた。「少し空想が入りすぎていないかい。西郷大将でも、競争相手がいるし、真実を隠すのはそう簡単なことじゃないだろう」


 彼は私の顔を覗き込み、小さな声で言った。「いまの情勢をご存知ですか?」


「いや、知らない」


「最近の西郷大将は、先の戦でイズモ国を倒したことでカントウの大将軍に気にいらています。あなたも、カントウ国が帝をお守りして名誉も地位も独占していることはご存知でしょうが、そういう世界を面白く思っていないやからも少なからず存在しています。正直、クマソ国もどちらかというと面白くない派ではあります。そんなときに、この事件です。カントウ国が食いつきそうな事件なのに、誰一人さわぎたてたりしない。小松大佐の逃走は、西郷大将にとっても都合のいいものだったのかもしれませんね」


 私は彼の顔をじっと見て聞いていた。「今日はつかれているんだ。もうなにも考えたくはない」


 我々はしばらく沈黙しながら、通りを歩いていた。村田が口を開いた。「僕なら小松大佐が殺したとは思わない」


「そういう考えもある」


 彼は煙草を取り出し、口にくわえた。童顔の顔には似合わなかったが、彼は煙草に火をつけた。私は曲がり道を指差して、あの道のつきあたりが、私の使っている旅籠屋であることを教えた。


「おくってくれてありがとう。なにか飲んでいくか」


「いいえ、今度にします。今日は一人の方がいいでしょうから」


「今日は誰かと飲みたい気分なんだ」


「わかれた友達がいた筈ですよ」と彼は言った。「彼のために殴られたのなら、本当の友達だったのでしょう」


「誰がそんなこと言った」


 村田がかすかに笑った。「知らなかった訳じゃないんです。さよなら、またどこかで会いましょう」


 そういって彼は暗闇に紛れていった。私は戸を開けて建物のなかへはいった。女将さんと女中が心配そうに出迎えてくれた。部屋に上がって窓を開けた。部屋のつまった空気が尋問室を思い浮かべさせたからだ。


 朝になって髭を剃り、服を着替えていつものように出ていった。そうして、私が散歩から帰ってくると部屋に天草が座っていた。


「兄さん、お久しぶりです」


「随分急だね、いったいどうしたんだ」


「小松さんが死にました。海に浮かんでいるところを発見されたらしいです。顔はなにかに殴られて判別できないみたいです。兄さん宛の手紙を預かっています」


「なんだって」


「先ほど藩邸へ連絡がありました。僕はいまから小松さんの遺体を確認しに、セトウチのある島へ行きます」


「君は事件についてなにか知っているのか」


「いいえ、なにも。僕は一刻も早く兄さんにこの事を伝えなければ思っただけです」


 天草は私に手紙を渡すと部屋を出ていった。私は窓口に放心状態でしばらく座ったままであった。あまり深く考えないようにしていた。そうでなければ、悲しみのあまりどうにかなってしまいそうであった。


 この手紙を渡すときの天草はひどく暗い顔をしていた。私はそんな隠気臭い手紙は受け取らない。死人からの手紙ならなおさらだ。しかし、天草は私の手にそれを無理矢理押しこんだ。手紙の封は切られていた。すでに、何人かが手紙を見たのかもしれなかった。


 


 僕はある小さな島の海辺にある、あまりきれいではないロッジの机に座って手紙を書いている。正面に窓があって、そこからは海がみえる。ある男がやってきたら、この手紙をしかるべき場所に保管してもらうつもりだ。約束通り手紙を保管してくれたなら、お礼にお金を渡すことになっている。その男はひどく金に困っているようだ。

 どうして、こんなに面倒なことをするのか。先ほどからドアのそばで怪しい男が立っている。どこのものかわからないが、僕は外に出ることができない。手紙さえ出せればそれでいい。僕は金に困っていないし、ここの島の人間は信用できない。お金に困っている人間ほど信用できるものはない。この手紙をぜひ君に受け取ってもらいたい。僕と言う人間を君がまだ覚えているのなら、これは僕の最後の手紙だと思ってほしい。知っての通り、僕はある事件でへまをした。君がどのくらいこの事件のことについて知っているかわからないが、いずれたどり着く結論があると思う。僕に彼女を殺す理由は充分にあるし、実際殺したのかもしれない。だけど、僕はひとつのことはできないつもりでいる。どんなに自分が苦しくても、女子供に手をあげることはできない。だから、僕は自分が狂ってしまったのではないだろうかと思うときがある。でももうすんだことだ。いま、一番大事なのは誰の得にもならない嘘をふさぐことだ。僕はただ自分の生活が嫌になっただけだ。コトが僕をこんな人間にしたわけではない。なぜ彼女が僕とよりを戻したのかはわからない。おそらく金に困っていたのだろう。それでもそれだけとは思えない。気まぐれかもしれない。いずれにしても彼女は綺麗なまま死んだ。世間には色々な人間がいる。金持ちの世界というのは本当に退屈なものばかりだ。僕はその退屈に耐えかねて、彼女を頼っていただけかもしれない。

 君には事件のこととキョウト時代の僕のことは忘れてくれ。そして、一度でいいから二つの盃に酒をいれて月の見える夜に飲んでほしい。煙草もすってほしい。それからは全てを忘れてくれ。小松と言う男はクマソ国を出たときに死んだのだ。

 ドアのノックが聞こえる。おそらく金めあての男がきたのだろう。そうでなければ、僕は斬り殺されていると思う。僕は何人もの人を殺したが、やはり自分が死ぬときは恐ろしくてたまらないよ。では、さよなら。


                     小松


 それで全部であった。私は手紙を封筒の中へ戻した。金めあての男が部屋に入ってきたのだ。でないと私が手紙を受け取ることはありえない。




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