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風薫る  作者: しょーた
第三部 キョウト
26/61

副長

 




 新撰組の副長は土方という男であった。組織のなかではあまり見かけない、かといっていないわけでもない男で、犯罪を解決するためには供述を平気ででっちあげ、腰を蹴飛ばし、竹刀で背中を殴り、拳で首を殴るタイプの男であった。後のことだが、彼は北の果ての大地で華々しく散った。


 いま彼の玩具は私であった。彼は蒼い羽織を脱いで、湯飲みを片手に座っていた。眉間に皺を寄せていて、筋骨たくましいからだは服の上からでもわかった。目は鋭く、大きな鼻は筋が通っており形がよかった。武骨な手をしていた。彼は音を立てて茶すすっていたが、我々が入ってくると、山崎を見つめた。


 山崎が言った。「連行したのは、なにも答えないということだけです。小松のことをよく知っているのに、最後にあったことを言いません」


「ふざけてやがる」土方はいつもの口癖を呟くようにさらりと言った。「いいぜ、喋らせてやる」彼は余裕の笑みを浮かべた。きっと彼にかかれば口を割らない連中などいなかったのだろう。

「この事件は、お偉方も大層気になっているからな。まあ、クマソ国の大佐ともなれば無理もないな。お前にはどうしても口を割ってもらう」


 彼は道端に落ちている紙屑を見るような目で私を見ていた。


 島田が丁寧な口調で言った。「彼は我々に嘗めた態度をとりました。ついカッとなり、私は彼を殴りました。失態です」


 土方は島田をちらと見た。「こんな田舎者にいいようにされる奴があるか。おい、椅子に座らせて手を縛れ」


 山崎は私を椅子に座らせ、背中にまわした手を縛った。


「きつく縛れ、もっとだ」 


 山崎は縄をキツく縛った。私の手はすぐに感覚がなくなった。


 土方が私を見た。「さあ、知っていることを話してもらおうか」


 私は答えなかった。彼は肩を軽くあげて笑みを浮かべた。片手にはまだ湯飲みを持っていた。彼は笑いながらそのまま茶を飲むのかと思うと、湯飲みがそらをとんだ。私は椅子ごと倒れながら避けた。肩から倒れた。縛られた手は痛みだしていた。


 土方は椅子を直させて、私をそこに座らせた。茶で少し濡れており、湯飲みは床のうえで割れていた。

「茶は嫌いか」と男は言った。「なかなか隙がない。いい動きだ」


 誰もなにも言わなかった。土方は鋭い目で私を見た。

「ここでは浪人だろうと百姓だろうと同じことだ。なんの役にも立ちやしない。大人しく喋れ。なにも隠さず喋るんだ。隠し事はお前のためにならん。俺たちは殺人事件の捜査をしている。有力な証人が行方不明だ。お前は奴と関係がある。奴は女が他の男とやっているのをみつけて、顔をめちゃくちゃに砕いた。不味い手だが、女一人殺すには充分だ。お前はもう喋るしかない」


「喋れば、縄をほどいてくれるのか」


「ほどくかもしれない」


「彼に会ったが、彼の行方は知らないし、殺人のことも知らなかった」


「もっと詳しくだ。場所、時間、小松がどんな様子であったかもだ。その方がかっこうがつくぞ」


「かっこうがつくというのは、俺に共犯の嫌疑をかけるためか」


 土方は高らかに笑った。笑いは長くは続かなかった。彼はゆっくり立ち上がって私の椅子の回りを歩いた。すると、私の肩に手を置いて軽く微笑んだ。それから微笑みを崩さず、拳で私の首を横から殴った。

 わずか五十センチからの一撃であった。脳が揺れた。口のなかは血の味がした。耳鳴りがひどかった。彼は肩に手を置いたまま私の顔をのぞきこんだ。まだ笑っていた。


「以前は釘などを使ったが、もうしたくはない。だがお前が話さないとなると話しは別だ。歩けなくなっても、刀が持てなくなっても俺は知らない。山崎のような生ぬるい尋問しかできない奴もいるが、そんな奴らばかりでもない。奴らの楽しみは、普通とはかけ離れたところにある。まだ何か言いたいことはあるか」


「こんな格好で何がいえる」私は喘ぎながら言った。


 彼は私の髪を引っぱった。麝香の匂いがした。彼の目が山崎を見た。


「おい、なにをしている」


「指示を待っています」山崎はめんどくさそうに答えた。


「いわなきゃわからんか、こいつを連れて部屋から出ていけ。こいつの調書を作れ。わかったな。あとひとつ」


 彼は島田と山崎を睨んで言った。


「次から俺が容疑者に質問するとき、そんなところで突っ立てでもいてみろ。ただじゃおかないからな」


「わかりました」山崎は私近づいた。「行くぞ。立て」彼はぶっきらぼうに言った。


 土方は私を見てせせら笑っていた。「なにか言っておきたいことはないか」


「それなら、聞かせてやるよ」と私は落ち着き払って言った。「俺は君に感謝しなくちゃいけない。誰だって友達を裏切りたくないが、君のような人間の手には死んでも渡したくない。君は猿ほどの知能しかない無能な男だ。尋問なんて最初から出きる筈がない。俺は薄氷の上に立っているだけなのに、君は俺になにも聞き出せやしなかった。君のできたことと言えばせいぜい、俺に茶をすすめて、サンドバックにしたことぐらいだよ。こんな目に遭ったからには、君と話すだけでも時間の無駄さ」


 土方はずっと私の方を見ていた。表情は全く変わらなかった。


 部屋のドアが開いた。蒼い羽織を着た男が飛び込んできた。彼は息をきりながら、一通の手紙を持っていた。


「クマソ国の大久保中将からです」


 土方は眉間に皺を寄せた。「これはどういうことだ」


 彼は手紙の中身を見た。突然渋い表情になった。彼は手紙を丁寧に封筒へ戻した。彼の手はかすかに震えていた。「縄をほどいてやれ」彼は力なく言った。土方はゆっくりと喋った。

「殺人容疑なのに、クマソ国が、カントウへ手を回して我々から事件を奪っていきやがった。うまくやったもんだ」


 声をあげるものはいなかった。山崎は私のそばで立っていた。土方は島田を見た。

「なにしてる、飴玉でも欲しいのか」


 島田は慌てて答えた。「指示がないもので」


「どいつもこいつも、さっさと失せろ」


「はい」島田はそそくさと部屋から出ていった。


「さあ、行くぞ」山崎は私の背後でささやいた。


 山崎がドアを開けた。私が出ようとすると、土方が怒鳴った。

「待て、ドアを閉めろ。こっちにこい」


 私はドアの前から動かなかった。しばらくして土方がゆっくり歩いてきて私の目の前に立った。

「俺たちは会っていない。ここではなにもなかった。いいな」彼はできの悪い子供に言い含めるように言った。そして、私の顔に唾を吐きかけた。


 彼は後ろに下がった。「じゃあな」彼は振り返って元いた椅子に座った。山崎がドアを開けた。私は外へ出ていった。





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