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風薫る  作者: しょーた
第三部 キョウト
25/61

嫌疑

 


 旅籠屋についたのは昼すぎであった。彼らは蒼い羽織も鉢金もしていない、黒い袴姿で近づいてきた。私がそのまま、建物の中に入ろうとしたとき、彼らは背後から怒鳴った。着ているものは一般人を装っているが、姿勢といい、目つきといい、めんどくさそうな人間には変わりなかった。


「サイトウだな、話がある」


 一人は目つきの鋭い、陰気な表情の男で、なかなか頭の切れるような男に見えた。もう一人は背が高く、身体が頑丈そうな、真面目な抜け目のない男といった印象だった。二人とも、声を荒げることを演技のひとつだと思っているように冷静で狡猾そうであった。新撰組のなかでも腕ききに違いなかった。


「俺は山崎だ。こっちは島田」


 私はかまわず部屋に上がっていった。新撰組と話すときは最小限にしなくてはならない。供述をでっちあげられることはままあることだ。

 彼らは部屋に腰を据えた。私は窓を開けて風をいれた。山崎が喋った。

「小松という男を知っているだろう」


「ときどき酒を飲む。梅屋敷にすんでいて、芸子を一人囲っている。芸子のいる家には行ったことがない」


「ときどきというのはいつだ」


「はっきりとは言えない。二週に一度のときもあるし、二ヶ月に一度のときもある」


「芸子にあったか」


「一度だけ。その時は別れていた」


「小松に最後にあったのいつだ。場所はどこだ」


 私は懐から煙草をとりだし、それに火をつけた。山崎は立ち上がり私に近づいてきた。背の高い男は腕を組み、じっと私を睨んでいる。

「どういうことなのだ。そう俺がいっても、質問しているのはこっちだと言うんだろ」


「じゃあ、大人しく答えるか」


 私は煙を吐き出した。その煙は窓の外へのこのこ出ていった。


「時間ならいくらでもある」と山崎が言った。「だが、俺たちも暇じゃないんだ、早く返事してもらわないと困る。君は俺たちが、腹立ちまぎれにここに来てるのじゃないことはわかるだろう」


「わかってる」と私は言った。「花街へはよく行ったし、梅屋敷でも飲んだことがある。我々は酒友達だった」


「ごまかすな」


「誰が死んだ」


 島田が口を出した。俺はおまえみたいな人間には誤魔化されないぞと言った口調であった。「聞かれたことに簡単に答えるだけでいい。君も我々も必要以上のことは話す必要はない」


 私は疲れていたのかもしれない。あるいは嘘をついていたことを気にしていたのかもしれない。とにかく私はこの偉丈夫な男が気に入らなかった。偶然街で見かけたとしても、ぶん殴ってやりたくなったに違いない。


「まあ、お堅くなりなさんな」と私は言った。「そんなことは、百姓だっていわないぜ。子供にも通用しない」


 山崎は苦笑した。島田は右の眉をピクリと動かしただけで、表情は変えなかった。


「近いうちに隊長になる男だ」と山崎が言った。「島田には媚をうっていたほうがいいと思うぜ」


「君たちにうるものなんてなにもないよ」


「いい加減にしろ」と、山崎が低い声で言った。「小松の女が殺された。郊外の別邸でな。小松は逃げた。行方がわからない。俺たちは殺人犯をさがしている。納得いったか」


「どうして別邸で殺されたんだ」私は答えると思わないで聞いた。だが、彼は答えた。


「小松は、夜ほとんど梅屋敷にいる。女はその間に男と会っていた。だが、時々だが小松は夜に別邸の様子をうかがうときがあった。これだけいえばわかるだろう。小松が犯人だ。女が殺されたとき、小松は梅屋敷にいなかったのはわかっている。最後の目撃情報はこの近くの通りで最後だ。今朝になって、小松がいない。下男が小松を別邸へ呼びにいった。女は庭先で着物をはだけて、仰向けに転んでいた。顔は近くの岩でめちゃくちゃに砕かれていて、誰だかわからなかった」


「小松はそんなことしないさ」と私は言った。「彼女は確かに小松を裏切った。でもべつに大したことじゃない。小松もそんなことは知っていただろう。なんてたって、よりを戻すくらいだ。いまさら、そんな現場をみたところで彼がそんな行動をとるはずがない」


「いや、そうとは限らない。頭ではわかっていても、実際現場を見たら思ってもみない行動をとるものだ。そんな例はいくらでもある」


「もういい、連行しよう」と島田は冷ややかに言った。


「少し静かにしてくれないか。今度飴玉でも奢ってやるから」と山崎は言った。


「偉そうに言わないでくれ」


「おいおい、喧嘩なら外でしてくれよ」と私は山崎に言った。「あいつがのびちまったら、俺が看病してやるよ」


 島田は刀を畳に置いて、目をギラギラさせて立ち上がった。


「立てよ。俺が下端だからって、お前のような奴には好き勝手言わせないぜ」

 私が立ち上がろうとしたとき、島田は私を殴った。右フックが命中した。私は殴り倒された。島田は立ったまま私を見下ろし笑みを浮かべていた。


「もう終わりか」と彼は言った。「ほんの軽くやったんだがな」


 私は山崎の方をみた。彼はぼんやり窓の外を眺めていた。私は黙って、彼がこちらをみるのを待った。私が立ち上がれば、島田はまた私を殴りつけるだろう。私も彼を殴らなければならない。彼のパンチは確かに強かった。だが、私も負けるつもりはなかった。


 山崎はこちらを見ず、めんどくさそうに言った。「いいパンチだった。でもこの男はこんなので根をあげないぞ」


 それから彼は振り返って、穏やかに言った。「最後に小松にあったのはどこで、どんな話をした。それから今、どこに行っていた。答えろよ」


 島田はもう一度、私を殴りたそうな顔で立っていた。


「相手の男は?」と私は質問を無視して言った。


「どの男だ」


「別邸にいた男だよ。着物がはだけたいたと言ったな。まさか、裸で散歩をしていたわけじゃないだろう」


「小松を捕まえてからだ」


「そっちの方が早いだろう」


「話さないなら連れてくぞ」


「証人としてか」


「そんなんじゃない。容疑者としてさ。殺人事件の共犯の嫌疑だ。犯人を逃がしたからだ。お前が逃がしたのは間違いない。俺らの隊長はみな荒っぽい。覚悟しておくんだな」


「脅しか」と私は言った。「小松は俺の友達だった。俺は彼が好きだった。お前らに脅されたからといって、友情を裏切りたくない。お前らは小松を犯人だと思っている。動機も充分、状況も不利。しかも行方不明。だけど彼はやっていない。どんなことをしたって女子供に手をあげるような卑劣な人間じゃない。お前らに小松のなにがわかる。君がいい人間だってことはわかるよ、山崎。君の友達が喧嘩自慢で優秀なことだってわかる。俺の立場を悪くさせたいなら、あいつに俺を殴らせろ。あの腕を二度と使えないようにしてやる」


 山崎はため息をついた。島田は動かなかった。


「一緒に来てもらおう」


 私は彼らに連行された。




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