花の匂い
晴れた秋の日、小松と天草はキョウトへ旅立っていった。その日、私は大通りの舗装された道の端に立って、ぼんやりと袴姿の行列をぼんやり眺めていた。キョウトは袴姿が正装である。その行列が進む姿は異様な光景に見えた。すると、列から離れてこちらに向かってくる人間がいる。小松と天草であった。
「おい、そんなことしたら怒られるぞ」私はあわてて言った。
「大丈夫だよ。僕はもう大佐だから怒られやしないさ」小松は笑っていた。
「僕は怒られますね」天草は顔をしかめた。
私は彼らの顔を見た。昔からなんら変わらない見慣れた顔である。一人は人を食ったような顔をして、もう一人は容姿端麗と言われているが私から見れば子供の時となんら変わることのない面影が残っている顔である。
「落ち着いたら、キョウトにくればいい。僕の梅屋敷を案内してあげるよ」
私は微笑みながら頷いた。そんな日が来るかわからないが、私は彼の言葉を信じたくなったのである。
「小松がクマソ国を、平和な国にした暁には行ってもいい」
小松は驚いたような顔で、目を見開いた。
「なんだい急に、君はエスパーなのか?」
私は彼の問いになんと答えていいかわからず笑ってごまかした。
「では兄さん、お元気で」と言って敬礼をした。
「俺は優秀な弟がいて鼻が高いよ」私は天草の肩を二、三ど叩いた。天草は子供のように笑った。
そうして、彼らは隠れるように行列に戻っていった。その後ろ姿があまりにも将官らしくなく滑稽な姿で笑ってしまった。子供の時となんら変わらないな。
あの二人なら、この国を変えてくれるかもしれない。そんなことを考えながら家路についた。
家に帰ると畳の部屋でセイタが勉強をしていた。コズエは台所にいる。
「先生、お帰りなさい」セイタは手をついて言った。
セイタは週に二回は私の家に来た。幼年学校にはいることを親に伝えると、彼らはしぶしぶ了解したらしい。鉛筆を持つ彼の手は日に日に傷だらけになっている。
「そういえば先生、中村と言う人をご存じですか?」
「いや、知らないな」
「ここ最近、その人物がどうも先生の事を訪ね歩いているらしいです」
私は嫌な気になった。なにかと恨まれても仕方がない身の上である。サクラ会のものかもしれない。
「どんな人だった」
「俺は見ていないのでわかりませんが、話を聞く限り、なんだかおっかない人だそうです。態度も横柄で、話してくれた年下の子なんかは怯えていましたよ」
私は腕を組み考えた。しかし、心当たりはなかった。気を付けなければならない。セイタは私が黙っているのを見ると、再び勉強を始めた。
どこかで大砲の音が鳴っている。私は丘の上に立っている。煙がひどく周囲の状況が把握できなかった。
「誰かいるか?」私は大声で叫んでみたが、声は黒煙に吸い込まれるだけで返事はなかった。煙のなかを彷徨いながら、私はなにかに躓いて転んだ。それは死体であった。よく見ると、地面には様々な死体が転がっていて、腕のとれたものや、頭の潰れているもの、見ていると血の匂いがしてきそうなほどであった。しかし、死体はまるで土を捏ねて作った泥人形のように匂わず、転がっているだけであった。
「助けてくれ」どこかでそんな声を聞いた。
声のする方へ地面を這うようにして進み、私は足を負傷してうつぶせの男を見つけた。私は彼の肩をつかみ身体を起こした。
「大丈夫か、しっかりしろ」
男はぐったりとした様子であった。顔はぼんやりとして判別できない。なんとかしなければならない。そう思って周囲を見渡していると、男は急に私の右手を信じられないような力で掴んだ。男は目を剥いて私を睨んでいる。
「許さないぞ」
そのぼんやりとした顔が少しずつはっきりしてくると、私は途中ではっとした。それは岡田であった。私は手を振り払おうとするが、その手は私をしっかり捕まえて離さない。岡田は私を睨みながら、口をパクパク動かしていたが、不思議と声は聞こえなかった。私は彼がなにを言っているの確かめようとして耳を近づけると、急にズンという鈍い音がしたと思うと岡田の首が落ち、水を噴出するような音が聞こえてくる。しかし、岡田の手はものすごい力で私を握り続けていた。
「あなた、あなた」
目を覚ますと、隣のコズエが心配そうに私の顔を覗いていた。
「うなされていましたよ」
私は身体を起こして、目頭を押さえた。すると彼女は、急に私の首を抱いた。花の匂いがした。
「あなたの側にずっといますから」と私の耳元で囁いた。その腕の暖かさに安心しながら、私はまたうとうとするのであった。




