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風薫る  作者: しょーた
第一部 居場所
12/61

母親



 船に乗り風を切って進むのは気持ちがよかった。私は袴姿であった。シ国は袴が主流であった。

 私は首桶を抱えながら、シ国に向かっていた。久しぶりの外国であった。

 これは私にとって最後の仕事であった。小松は「君がいく必要はないのだが」と言っていたが、私なりのけじめの付け方である。


 岡田の家はかなりの田舎にあった。しかし、私が想像していたよりも家は大きく、綺麗であった。これも、彼の仕事のお陰なのかもしれない。


 私は門口に立った。

「ごめんください」と言った。

 なかから、岡田の母親がでてきた。私は事情を話して、家のなかにはいった。囲炉裏のある大きな部屋であった。妹は学校で留守であるらしかった。


私は母親に、ロザリオと首桶をそっと差し出した。そして、母親に、彼は政治の陰謀で殺されたのだと話した。母親は「そうですか」と小さく呟いた。



「あなたは、あの子とどのようなかんけいでしたの?」母親は私を見て言った。


「たいした関係ではありません。息子さんが入れられていた牢屋の門番です」と私は嘘をついた。


 母親はそうですかと言って、目の前にある首桶を寂しそうに眺めていた。そうしてポツリポツリ語りだした。

「あの子は、優しい子でした。人の役に立つのが好きな子で、小さい頃はよく私の手伝いをなにかとしてくれました。本当に心根の優しい子です」

 

 私はなにも言わなかった。私は彼のことをあまりにも知らずにいた。

 すると、彼女は優しく微笑み、首桶の蓋を開けて生首を取り出すと、それを胸に抱きしめた。


「お帰り。イゾウ」


 そう言って彼女は涙を流していた。たしかにイゾウは愛されていたのだ。私はイゾウの家を早々に辞去した。


 私は田舎の畦道を歩いていた。空には雲があり、それが勢いよく移動していた。

 前から紋付き袴をきた男が歩いてきた。背の高い、切れ長の目をした男であった。私とその男はすれ違うと、背後から声がした。


「もし、なにか落としましたよ」通りすがりの男が言った。


 私は振り返った。紋付き袴の男は私に近づいてきた。


「ロザリオですか。大事にしなければ」

 男は右手にロザリオを持っていった。


「いえ、それは私のものでは……」と私が戸惑っていると、男は鋭い目で私を睨んだ。


「我々の邪魔をするな。これ以上関わると、ただじゃおかない。お友達にも伝えておけ」と男は低い声で言った。


 セミの声が響いていた。私は男をじっと見た。我々は互いに睨み合った。


「心得ておきます」

 私は静かに言って、頭を下げた。


「あなた、どうかなさったの?」

 男の背後に上品な女性が立っていた。彼女はなにやら心配そうに我々を見つめていた。


「この方が、ロザリオを拾ってくれたんだ」と男は笑顔で言った。


「まあ、それはありがとうございました」と彼女は頭を下げた。


「では、サイトウ君ありがとう」そう男は言った。

 私は軽く頭を下げてから、その場から離れた。


 とんでもないものに目をつけられたものだ。私は田舎の畦道を歩きながら、軍をやめたあとの自分の生活について考えていた。



ここで、第一部完結です。

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