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風薫る  作者: しょーた
第一部 居場所
11/61

隠れた蛇

 



 小松は、大久保少将に掛け合って、今回のクーデターとサクラ会に関係しているものを片っ端から捕らえた。その数は二十名にのぼった。



 最終日、尋問室にシマヅ卿の使者がやって来た。彼は卿の文を読み終えると、そそくさと出ていった。これで晴れて、岡田は斬首から切腹に変更されたのだった。


「約束が違う」彼はわめいた。今にも暴れだしそうであった。


「落ち着け」と私は言った。「シマヅ卿は、七人を殺したお前をいきなり赦すわけにはいかない。わかるだろ。こっちの手はずでは、卿はお前の切腹の前に、罪を軽くするようになっている」

 

 彼はぶたれた犬のように、私を見ていた。


「信用してくれ。なあ落ち着けよ」私は岡田を宥めた。彼は不安そうに目を泳がせていた。

 小松は少し出ると言って、部屋からいなくなった。私は岡田を宥め続けた。


 翌日、雲一つない天気であった。我々は、岡田を迎えに牢の前まで行った。彼は理髪師に髪を切ってもらっていた。服装も白装束であった。この白装束は小松が「どうせ、よごれっこないんだから」と笑って、岡田に気前よく貸したものだった。


 牢の中に紙切れが置いてあった。それは岡田の辞世の句であった。

 

「どうして、こんなもの書いたんだ?」と私は髭と髪を切った岡田に聞いた。


「今日で武士を辞めますから」岡田はスッキリした顔で、微笑みながら言った。


 小松はその紙を見て「うん、いい句だね」と言った。


 我々は白装束の岡田をつれて、小松の家へ向かった。岡田の切腹する場所は、小松の庭先であった。岡田は足を引きずって歩いていた。

 小松の家の庭は白い砂利が敷かれてあり、その上に二畳ほどの茶色の敷物が置かれてあった。岡田はそこに座った。小松は縁側に座り、その奥に畳の部屋があって、座布団が一枚置かれてある。私は小松の側で、砂利の上に立っていた。


 しばらくして、介錯人が二人きた。彼らは刀を水で清めていた。最後に、見届け人で、袴姿のシマヅ卿の使者がやって来た。彼は座布団の上に座り、書状を目の前に置いた。岡田は神妙な面持ちで座っている。

 使者が立ち上がった。我々は彼に頭を下げた。

「罪人岡田イゾウ、反逆罪、七名の罪のない者を殺害した容疑で切腹を言い渡す」

 言い終えると、彼はまた座布団に座った。

 

 しばらくの沈黙が続いた。皆が岡田の一挙手一投足に注意していた。岡田は明らかに戸惑っていた。

 目が泳いでいて、周りをキョロキョロと見回していた。


「早くしなさい」と小松が語調を強めて言った。


 岡田の顔から、血の気がなくなっていった。そうして、目を剥いて「騙したな」と喚きだした。

「小松、お前は俺を助けると言ったではないか、あれは嘘だったのか?」と岡田は言った。


「どういうことだね」使者は小松に聞いた。


 小松は顔色一つ変えずに「私にはなにがなにやらわかりません」と言った。

 岡田はなにか訳のわからぬことを叫んでいたが、急に私の顔を見て「サイトウ、お前ははっきり聞いていたじゃないか」と言った。


「いえ私はなにも。この男は気でも触れたのでしょう」と使者に答えた。


「貴様ら、許さないぞ。武市さん、武市さん」と叫んでいた。


 すると、小松は軍服の内ポケットから書状を出し、岡田に見せつけるように両手でそれを広げた。

「お前が捕まった時、外務省を通じてシ国の武市に手紙を出した。昨日返書が届いたよ。ここにはこう書いてある」

「岡田イゾウ、確かに我が国の人物ですが、私とは面識もございません。どうぞ、お沙汰のままに従うまででございます」と小松は読み上げた。


 岡田はうなだれた。そうして、急にカラカラと笑い出した。

「お前ら許さないからな。みんな俺を騙して利用して」

 すると彼は、三方に乗せられた小刀をもって、足を引きずりながら、我々の方に近づいてきた。介錯人は戸惑って、突っ立っている。私は刀を抜いた。

「これ以上近づいたら斬る」と私は言った。岡田は警告を無視して少しずつ近づいてくる。

「俺は死ぬわけにはいかない。家族のもとに帰るんだ」と彼は叫んだ。


「やれ、サイトウ」小松が強く言った。


 私は岡田の右の鎖骨から左の脇腹にかけて斬り伏せた。返り血をあびた。彼は仰向けに倒れた。

 私は倒れている岡田をなんとか座らせ、その肩を持っていた。もう虫の息であったが、彼は私の手を強く握ると、「ゆるさないぞ」ととぎれとぎれにいった。


「介錯、やれ」と私は叫んだ。


「母さん、シズ……」岡田は空を見上げながら言った。彼の左の目からは一筋の涙が流れているのを私は見た。

 すると、地面に岩が落ちたようなごろっという音が庭先に響いた。そのあと、ホースから勢いよく水がでてくるような音が長い間続いた。


 我々は、かなりの返り血を浴びていて、小松はまるで赤鬼のようであった。彼は姿勢を崩さす、睨み付けるように目を剥いて岡田の死体を見ていた。



君がため 尽くす心は 水の泡 消にし後は 澄みわたる空


 これは岡田が残した辞世の句である。




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