尋問。
しばらくして小松と下男ががやって来た。下男はお茶の準備をしていた。私と彼女は並んで座り、小松と対峙した。小松は私の目を見て
「おや」と呟いたが、それきりでなにも言わなかった。この友の沈黙をありがたく感じた。
お茶が運ばれてきた。私はそれを一口飲む。いい味だった。外では鳥がないていた。
「ホトトギスだね。サイトウは今日、僕の尋問の手伝いをしてもらうよ。尋問が終わるまで君はこの家に帰ってはいけない」と小松が言った。
私とコズエは驚いて、お互い顔を見合わせた。
「じゃあコズエは誰が守るんだ?」私が言うと、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。
「ここに護衛で天草くんと有馬をおいていくよ」
「あいつら二人で大丈夫なのか」
「心配症だね。一人は剣の達人で頭も切れる。もう一人は……まあ、にぎやかしだね」と小松は笑った。そうして小松は顔を横に向け、荒れた庭を見ながら「いい目になったな」と言った。
私は尋問などしたことがなかった。できる自信もなかった。私は自分が尋問をしている場面を想像してみた。ある考えが思い付いた。矢継ぎ早な考えではあるが、掛けてみる価値があるかもしれない。
「小松、シマヅ卿に頼んで、あの男を斬首から減刑ににできないだろうか?」
「できないわけではない」小松は首を傾げながらいった。
私は小松の顔を見た。彼は私の目をじっと見た。そうして小松は笑った。
本部の地下に、尋問室はある。地下は蒸し蒸ししていた。薄暗い狭い部屋だ。部屋の真ん中にテーブルが置かれてある。ドアの外には村田という見張りが一人立っている。小松と私は並んで座った。岡田はまだ来てはいなかった。
三日後に桐野大佐が尋問することが決まっていた。彼がこの生き承認を助けるはずがなかった。我々の時間はこの三日間だけであった。
「もし全てが丸く収まれば、俺は軍をやめるよ」私は言った。
小松はテーブルの上で、なにやら書類を読んでいた。彼はそれを読むのを止め、「お疲れ様」と私の肩を軽く叩いた。彼らしい、あっさりとしたものであったが、私の苦しみは、彼の素晴らしい頭脳によって全てお見通しであった気もするのである。
彼はすでに結末を知っているかのように、自信に満ちているようであった。その姿に私は少なからず勇気を貰った。そして、この尋問の苦手な天才が、いつも通りに事を構えているのに安堵を覚えた。
岡田が警備員に支えられて入ってきた。顔には青いアザがあった。
この男は、椅子に座ると大きな目玉をキョロキョロと動かして周りをみていた。
私たちが尋問始めると、彼は早々に「なにも話すことはありません」と言って岡田はうつむいた。
「それは残念だ。三日後には桐野大佐が僕と尋問を変わることになっている」
岡田はなにも答えなかった。うつむいている彼の首にはロザリオがかけられてあった。
「なんだ、キリシタンなのか?」と私は言った。
彼は無愛想に、これは妹から貰ったものだと吐き捨てるように答えた。
「妹からですか、それは大事にしないと」小松は言った。
岡田はそのロザリオを首にかけたまま握っていた。
湿気の多い部屋で、時間だけが過ぎていった。地下室と言うのは異様に静かである。なにをしたって、地上に音が漏れないのではないかと思われてくる。いくつもの証言が地上に出ることなく埋もれていった、そう私は考えていた。
「あなたが俺たちの質問に答えてくれたなら、命だけは助けますよ」と私は言った。
「そんなことができるはずがない」岡田は鋭い目で私をにらんだ。
「それができるんだよ。この隣にいる男は、シマヅ卿と親戚の家柄だ。まあ気でも変わったなら頼ってくれてもいい」私が言った。
小松はおどけたように肩を少しあげた。
そうして、私は口を閉じた。岡田はなにも言わない。不発であった。私の拙い作戦はこれで終わりである。
小松はあれよこれよと尋問していたが、声をあらげたりすることは一切なかった。焦っている様子もなく、じっと時が来るのを待っているようであった。
我々は尋問を終えて、部屋の外へ出た。地下の薄暗い廊下を歩いていた。
「いや参ったね。ああも、朴念仁じゃ」小松はハンカチで汗を拭きながら言った。
私はなにも言わなかったが、このまま成果がないまま終わってしまうと思うと不安であった。
「まあ、君のあせる気持ちはわかるが、明日まで待ちたまえ」小松はそう言ってハンカチで扇いでいた。
翌日、岡田の牢から短刀が発見された。少し騒ぎになった。もちろん短刀は取り上げられた。誰がやったのかはわからなかった。
青い顔をして岡田は尋問室に入ってきた。ロザリオがまたチラチラ見えている。
小松はなんでもない取り調べを続けた。蒸し暑かった。帰ってコズエと話がしたかった。しかし、帰ったところでなんの成果もなければ、コズエが危険なままである。そう思うと、力がわいてきた。
「さあ、休憩にしようか」と小松が言った。我々は椅子から立ち上がった。
岡田は拳を作って膝の上に置いたまま、じっと我々をみていた。
「どうしたんだい?」と小松が言った。
岡田は絞り出した声で言った。
「俺の知っていることを話せば、命だけは助けてくれるのですか」
「もちろん、約束するよ」と小松は優しく言った。
「質問に答えます」と岡田は言った。
我々はもう一度椅子に座り直した。小松は顔色一つ変えなかった。
「まず一つ目、君は誰の指示でサイトウを襲った?」
「桐野大佐の指示でやった」小松ははっきり言った。
「どうして、そんなことをした?」
「俺は指示を受けただけです。だからやったんです」
「サクラ会だからかね?」と小松は言った。「粗方の調べはついているよ」
岡田はじっと黙っていた。そうして首からロザリオ外して、それを両手で握りしめた。
「そうです、俺と桐野大佐はサクラ会のものです」
「どうして、手紙と櫛を送らなかった?」
「あれは小物には送りません」
「なるほど」小松が感心したように言った。
私は唸った。やれやれ見くびられたものだ。
「よろしい、じゃあ君は播磨屋で銃が百丁、刀が百本見つかったが、あれは君たちの仕業かね?」
小さな部屋に一瞬緊張が走った。私は岡田を見つめた。先程からこの男は、我々に目を会わせずずっとうつむいて、両手でロサリオを握っているのである。それはなにか懺悔しているようにも見えなくはなかった。
「はい」岡田が苦しそうにポツポツと話し出した。
「風のある日に街に火をつけ、その混乱に乗じて、新納外務大臣と調所経済大臣を殺害し、シマヅ卿を城に幽閉する。武装した我々が、城に立て籠る」
いよいよ大変なことになった。私は黙って岡田をみていた。小松は声色を崩さず、あたかもなんでもない一つの事件のように尋問していた。岡田は続けて、城に立て籠って、その後イズモ国とシ国の援軍を待つ予定であることを言った。
「どうやらシ国、イズモ国とクマソ国の大物も、サクラ会に協力しているものがいるようだね」と小松が呟いた。
岡田はうつむいたままであった。そのまま彼を放置して、私と小松は部屋のそとへ出た。
「すぐに、桐野大佐を捕まえる」小松は小声で言った。彼はすぐさま外へ出ていった。
私は尋問室に残ることになった。この殺人鬼と私は部屋で二人きりになった。奇妙な空気が流れていた。
岡田は顔をあげた。大きな目が一瞬光った。
「俺は、ここを出たらもうこの仕事をやめて、故郷に帰ります」と彼は言った。
「それがいい」と私は言った。
「家族がいるんです。母と妹が一人。母は、いつも朝から晩まで働いて、爪の中が真っ黒で手に怪我をしていて、働いても働いても暮らしはよくならない。わかるでしょ」
岡田は寂しそうな目をして笑った。
「ああ、わかるよ。どうして、こんな仕事をするようになったんだ」
「俺の家は半農半士で父が早くに亡くなりました。俺は剣が少しできたから、武市さんに勧められて、この仕事引き受けたんです」
岡田はなにやら神経質そうに片腕で頭を支えていた。この青年に剣の才がなければ、気のいい半農半士の桑もった姿が思い浮かんでくる。
「家族の事を思っているとき、俺は人を斬ってもなにも考えずにいられた。利用されているのはわかっていました。それでも、お金がいるんです。生きるために人を斬った。大事な人を守るために人を斬ったんだ」彼はわめくように言った。そして、青白い顔をして笑った。
「こんなに人を殺したのに、神様もいるもんですね。もう少ししたら俺は家族に会えるんだから」
私は寂しい思いで、彼の笑顔を無言で見つめていた。
桐野大佐の邸宅は、小松が行った時にはすでにもぬけの殻であった。あれだけ威張っていた大佐であるが、逃げ足だけは誰よりも速かった。




