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風薫る  作者: しょーた
第一部 居場所
1/61

クマソ国

 

 暑い日が続いていた。私はいつも通り分厚い軍服を着て、詰所で警備をしていた。むこうから人影が見えた。天草だと思ったら、やはり天草であった。


「兄さん、ご苦労様です。軍の仕事も楽じゃありませんね。こう暑いと」彼は胸元を掴んでパタパタと扇ぎながら、幼なさの残る顔で笑った。


「まったく士官学校を出て、わざわざ詰所の警備だなんて。兄さんももの好きですね」


「俺のことはいいんだよ。ほら、早く行かないと遅刻するぞ」


「こりゃどうも。では、少尉どの失礼します」


 天草は敬礼をすると、陽射しが照っている道を歩いていった。


 天草は私の従弟であった。私の父は天草家の分家筋であった。天草は四人兄弟の末っ子であった。二人の兄と一人の姉がいた。五年前の戦争で長男を亡くし、先の戦争で次男を亡くした。武門の家の子らしい豪快な性格が災いしたのかもしれない。姉は二年前に、よその家に嫁いでいった。


 私は詰所の前にあるベンチに座り、通りすぎる人を眺めた。年老いた農夫が数人歩いていた。


 クマソ国はここ数年で幾度の戦争をしてきた。この度に農民は駆り出され飢えていった。田舎の農家では長男も次男も駆り出され、もう六十を越えた父親が自分の家の畑を耕しながら、公共植え付け作業と呼ばれる戦地に送る米の植え付けに参加していた。そうして、彼らは過労で倒れるのだろう。この国の農民たちは、いつも労働と飢えに苦しんでいる。


「おい貴様なにをしている」

 

 近くから怒鳴り声がした。私は声の方を見た。そこには、軍服の襟に星が三つついた偉丈夫な青年が立っていた。桐野大佐である。背中に冷や汗がでてくる感触があった。私は急いで立ち上がった。


「警備をしております」


「馬鹿者が」そう怒鳴って、大佐は私の右頬を殴った。もちろんグーである。私の視界は揺れ、目の前に火花が散った。


「座りながら警備ができるか」そうして、私の腹を蹴りあげた。私はその場でうずくまった。


「お前のことは知っているぞ。士官学校にもでてまだ昇進一つできない落ちこぼれだな。そのくせに上官にさからったらしいじゃないか。おまえなんか軍の恥だ。早く辞表を書け」


「大佐。このようなものに構っていても時間の無駄です。それに、これ以上ここにいては会議に遅れます」

 

 私はもう一人の声のする方を見た。それは小松であった。


「確かにそうだな、少佐」


 桐野大佐はうずくまる私に唾をはいてどこかに歩いていった。まったく武士の風上にも置けない男である。


「すまないな小松」


「気にするな。大佐はバカだからあんなこともするが、扱いやすい。立てるか?」


「無理だ。起こしてくれよ」


「しょうがないやつだな」小松は爽やかに笑って私を起こしてくれた。


「ほらしっかり立てよ。ついてなかったな」


「まったくついてない日だよ」私はため息をついた。

 

 天草の昇進祝いを、彼の家ですることになった。武門の名家である彼の家は広い。私、小松、有馬、天草の四人が座っても、あと何人も座れるほどの広さであった。


「さすが、士官学校54期の主席だ。もう少尉か」そう言って、小松は日本酒を天草の盃にいれる。


「並ばれちゃったな」有馬は私の顔を見てニヤニヤしている。


「俺のことはいいんだよ。それより、お前も並ばれてるんだぞ」


「それがな、もうすぐ俺は中尉になるんだ」有馬はニヤニヤ笑って鯛をむしった。


「おまえなんかが中尉になれるのか。クマソは余程の人員不足らしい」


「嫉妬はやだね、嫉妬は」


「そんなんじゃねえよ」


「二人ともよさないか」小松は子供に諭すように言った。「天草くんの席だぞ」


「兄さんは出世なんて興味ないんですよ。面倒だから。それに本当は軍人なんかになりたくなかったんでしょう?」天草は赤い顔をして言った。


「へえ、じゃあ何になりたかったんだ?」有馬はヘラヘラしながら言った。


「おまえには教えてやらん」私は酒に口をつけた。


 この有馬という男、我々51期生のトラブルメーカーとムードメーカーの両方を兼ね備えていた。彼は酒がある場所に現れ、しこたま飲んだあと、いつの間にかふらっといなくなる、神出鬼没の男であった。その才能はまったくの工作員向きであったが、哀しいかな彼の頭はそれほど良くできてはいなかった。だからその才能を活かすこともできずに、いまだに少尉にくすぶっていたのだった。


「有馬はもう帰ったのか」一番に小松が気づいた。そうして酒を一口飲み「そういえば、本部の隊員がまた殺されたのは知っているのかい?」と続けた。


「知っています。今月で二人目ですね」天草は静かに言った。


 本部勤務の二人は知っているようだが、街の端にある詰所警備員の私には寝耳に水であった。黙って二人の話を聴くことにした。


「また反戦派の隊員がやられたらしい。君はどう思う?」


「どうと言われましても。反戦派が殺されたからと言って好戦派、まあ俗に言う正義派が怪しいと言うものでもないか思います。いかんせん情報が少なすぎますよ」


「僕はね、正義派が怪しいと睨んでいる」


「どうしてですか」


「それは勘だよ」


「なんですかそれは」そう言って、天草は顔を綻ばせた。


「小松の勘を侮らないほうがいいぞ天草。こいつは昔から勘だけはいいから」と私は言った。


「おいおい勘だけとはひどいな。こう見えても51期主席だぞ」


「そうだったか、俺はおまえと同じクラスだったことを微かに覚えているだけだよ」


 部屋は四阿のようになっていて、すぐに空の月が見えた。満月であった。我々はしこたま飲んだ。そうして皆、二日酔いになった。



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