表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女の子になれる機械  作者: 半ノ木ゆか
第二話 可愛い服でおでかけ
5/25

#5 シュシュの美容室

「女性専用車輛、初めて乗った!」


 シュシュは声量を抑え、興奮気味に話した。


 車窓を朝の街並が流れてゆく。僕たちは吊革に摑まり、それを眺めた。これから三人で女の子の服を買いに行くんだ。


 シュシュはデニムのパンツに白いシャツを合せている。朝顔は半袖のパーカーが涼しげだ。男物の服を上手く組み合せて、カジュアルに着こなしている。二人ともよく似合っていた。対して僕は……自分の恰好を見下ろし、情けなくなる。


 窓に「女性専用」と書かれたステッカーが貼ってある。音楽を聴いていた朝顔は、ヘッドホンを外して言った。


「そういえば、女性車輛ってなんであるのかな」


 シュシュと僕は同時に考え込んだ。


「僕、考えたこともなかった」


「トイレみたいに分けてるんじゃないの?」


 シュシュの言葉に、朝顔が突っ込む。


「じゃあどうして男性車輛はないの?」


 シュシュはしばらく考えていたけど、観念したようにかぶりを振った。


「次の駅だよ」


 シュシュが言った。


「もう降りるの?」


 扉が開く。僕の言葉に、シュシュは意味深長に笑った。


「先に美容室へ行かなくちゃね」


 日射の下。朝顔と僕は、俯きながらシュシュにいていった。


「表札見ないでね。わたしの本名、れたらいけないから」


 顔を上げると、古い金属製の玄関扉があった。可愛いというより、渋い。僕は意外に思った。


 シュシュは人差指を電子錠に近付け、直前でピタリと止めた。不安気に僕たちを振り返る。


「開けられるかな。恵美ちゃんに訊いとけばよかった」


「恵美ちゃん」という言葉に僕は引っかかった。朝顔が腕を組む。


「確かに新宮先生、指紋のことはおっしゃってなかったよね」


 目を瞑り、えいやっと指の腹を押し付ける。「ピッ」と音が鳴って、解錠された。三人で胸を撫で下ろす。


 廊下を歩く。床がきしきしと鳴った。雨戸は閉め切ってあった。襖の隙間にちらりと仏壇が見える。暗くてよく見えなかったけど、老夫婦らしき写真が掛けてあるのが分った。シュシュの祖父母だろうか。


「お母さんとお父さんは?」


 朝顔が何気なく尋ねる。シュシュは答えた。


「今は遠いところにいるの」


 戸が開かれる。その先の光景に僕は笑顔になった。


「わ、可愛いお部屋」


 フリルにリボン。小物や衣装が所狭しと飾られている。桃色のカーペットの上でくるりと振り返り、シュシュは誇しげに言った。


「ここはわたしのお城なの」


 部屋の一角に大きな鏡とセット椅子があった。近くには様々な髪型をしたマネキンの頭が置いてある。


「朝顔ちゃん、かすみちゃん。どっちが先に坐る?」


 背もたれを持って椅子をくるりと回した。片手には鋏を持っている。朝顔はびっくりした表情で言った。


「切れるの?」


「任せてよ」と胸を張る。


 僕は鏡の前で振り返った。腰の上で揃えてもらった髪が、振子になる。ミディアムヘアになった朝顔が満足気に自分の髪をいじっている。僕は尊敬の目を向けた。


「すごいね、美容師さんになれるよ」


 シュシュは諦めたように笑った。


「なれたらいいけど……わたしには無理だよ」


 僕と朝顔は顔を見合せた。


「かすみちゃん、メイクしてみる?」


 話を逸らすようにシュシュが言う。僕は胸を踊らせた。


「してみたい!」


 シュシュが引出を探っている間、朝顔に訊ねる。


「君はお化粧しないの?」


 彼女は自分の頰を指した。


「私はもう病院でしてきたから」


 苺牛乳色の座テーブルに、きらきらしたコスメが並べられた。


「ここにあるのはまだ開けてないから。かすみちゃんが欲しかったらあげるよ」


 僕はチークを手に取った。お菓子みたいな入れ物が可愛い。中にはパフがちょこんと入っていた。ミントグリーンのリボンが付いている。


「かすみ、メイクしたことあるの?」


 朝顔が訊ねる。僕は目を泳がせた。


「あ、あるよ」


 手をぷるぷる震わせながら、パフを頰に近づける。シュシュが慌てて止めた。


「かすみちゃん嘘ついたでしょ?! まずは化粧水と乳液だよ!」




 夏の日差を浴び、シュシュと朝顔はファッションビルの前に立っていた。朝顔が振り返り、おかしそうに言う。


「かすみ、いつまでそこにいるの?」


 僕は柱の陰で震えていた。


「だって、お洒落な子ばっかりなんだもん」


 思い思いに着飾った女の子たちが出入りしていた。シュシュが励ましてくれる。


「かすみちゃんもとっても可愛いよ」


「勇気を出してよ。ここまで来て服を買わないつもり?」


 朝顔の言葉が僕の心を揺さぶる。恥しさと物欲しさの狭間で僕は葛藤した。


「そうだよね。勇気……勇気を出さなくちゃ」


 僕は拳を握りしめ、物陰から飛び出した。陽の光を浴びる。髪が熱風に揺れる。


 ガチガチの足取で立ち向ってゆく。シュシュと朝顔がくすくす笑い、僕にいてくる。


 冷房の風に当る。通路を歩きながら、僕は見とれてしまった。


「まるで天国……」


 右を見ても左を見ても、お洋服がいっぱいだ。一生かけても着尽くせないほどある。


「シュシュ、私一人で見てきてもいい?」


「いいよ。いってらっしゃい」


 二人が話している間、僕はふらふらと一着に近付いた。


 シャボン玉を捕まえるように、そっと指先で撫でる。生地のさらさらとした手触りが、腕を伝って胸まで届く。


「かすみちゃん。欲しい服見つかった?」


 振り返ると、シュシュがにこにこしていた。


「嬉しすぎて……どれを選んでもいいだなんて、夢みたい」


「夢じゃないよ」


 シュシュは後ろ手を組み、笑った。


「かすみちゃんの好きな服を着ていいんだよ」


 胸が高鳴る。僕は喜びを嚙み締めるように、大きく頷いた。


 シュシュがワンピースを自分の体に当てがって言う。


「これ可愛くない?!」


 僕は前のめりで言った。


「可愛い!」


 二人で店を廻り、はしゃぐ。服のことでこんなに誰かと盛り上がったのは、今日が初めてだ。


「僕たち、趣味が合うね」


 シュシュは眩しそうに笑った。


「ほんと。わたしたち、仲良くなれそう」


 その時、店員に声を掛けられた。


「ご試着なさいますか」


 僕は目配せした。シュシュが言う。


「いいんじゃない? 着てみなよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ