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4.気になる留学(後編)

 アイリーンは留学承諾書に父親のサインをもらうことができた。留学まではあと約二か月。それまでの間にアスカリッドの言語をもっと勉強しておかねば。

 言語はその国で三か月生活をすれば、日常会話はマスターできると言われている。それを二か月、一か月と短くすべく、今、時間の許す限り勉強をしておこうと思っていた。

 ちょうど今の学年の最後のテストがこの赤の月で終わったばかりで、収穫の月の卒業式まで、学院は休みになる。そして狩りの月から次の学年が始まるのだが、休みの間も学院に通っても良いし、部活動を行うのも自由。

 そしてアイリーンは狩りの月からアスカリッドへの留学が決まっていた。今年は卒業も関係ないので、卒業パーティに出る必要もない。希望すれば出席も可能だが、今は語学の勉強が優先。


 承諾書を学院に提出してから約二か月間、アイリーンはアスカリッドの言語の勉強に励んだ。そして、アスカリッドの学院への編入が一週間後となった今日、とうとう隣国へと旅立つ日となった。

「リーン、気を付けてね。モイラの言うことを聞くのよ」


「はい、お母様」


義姉(ねえ)さん、長期休暇は必ず戻ってきてくださいね」


「ええ。お母様のことを頼んだわ、ライ」

 アイリーンは母親と義弟のライオネルとしばしの別れを惜しんだ。ライオネルは父親の弟の三男坊だが、つい二年前にこのボイド公爵家の養子となった。つまりアイリーンとは従姉弟であるものの義弟。年は一つ下。将来的にはこの公爵家を継ぐ者。

アイリーンはどこかへ嫁にいく者。


「リーン、そろそろ時間だ。あまりゆっくりしていると、今日の宿に着くのが遅くなってしまう」

 父親がそう声をかける。

「あなたもお気を付けて。リーンをお願いします」

「ああ、大丈夫だ」

 仲の良い夫婦は、ハグしてお別れ。


「義姉さん、僕たちも真似をしますか?」

 と、ライオネルが天使のような微笑みと見せかけた悪魔のような微笑みを浮かべていたので、アイリーンは丁寧にお断りした。この義弟は、何かとアイリーンをからかってくるのだ。でも、普段は何かと鬱陶しいと感じる義弟だが、離れてしまうということを考えると寂しい気もする。が、それを口にしてしまうと、また何かしらやられそうな気がするので、その気持ちは心にとどめておくこととする。


「では、行ってまいります」

 旅立の挨拶をし、自動車へと乗り込んだ。

 進行方向に向かってアイリーンと父親が並んで座り、アイリーンの向かいにモイラ。そして運転席に座る運転手。自動車は馬車の原動力が馬である代わりに、石油を使っているだけで、それ以外は全て馬車と同じ。つまり、馬のいない馬車。


 今日は国境の町までの移動となる。この町で一泊し、次の日にアスカリッド入りとなる。この国境の町は、モントーヤ辺境伯の領地であり、つまり彼が治めている町であり、三十年以上も前は隣国との戦いのために非常に重要な拠点でもあった。しかし今では戦も無いため、こうやって隣国と行き来するための立ち寄り地となっている。モントーヤ辺境伯には事前に使いを出しておいたが、今日の立ち寄りを快く受け入れてくれた。何しろ、ボイド公爵とモントーヤ辺境伯の二人は遠い親戚に当たる。


「久しいな、モントーヤ卿。今日は世話になる」


「ボイド公爵もお変わりなく」


「これが娘のアイリーンだ」


「アイリーン・ボイドです」

 背筋をまっすぐと伸ばしたまま、一礼する。


「ああ、これが噂の」

 と言って、モントーヤ伯は次の言葉を飲み込んだ。


「我が娘にどんな噂が立っているかは追及しないが。堅苦しい挨拶はもう終わったということで良いかな?」


「ああ。噂のことは追及しないでいただきたい。ただ、こんな辺境にまで届いているという噂だから、この国の重鎮共は知っていると思った方がいいんじゃないのか?」


「レイの言うことはもっともだな。だが、ある程度予想はついている。宰相の娘は隣国へ留学希望した変人とか、その辺りじゃないのか?」


「さすが、エルだな。あながち間違いじゃない。ただ、噂になっているのはお前のほうだよ。娘を自分の秘書にしたいがために、隣国で語学の勉強をさせるってな」


「それは否定しない」


 そんな二人のやり取りを、アイリーンはきょとんとした顔で眺めている。あまりにも馴れ馴れしい二人。妄想族のアイリーン。どんな妄想をしているかの表現はやめておこう。自主規制。


「どうした? リーン」

 父親の声にアイリーンはやっと現実へ戻って来た。

「あ、いえ。あまりにも仲が良さそうに見えましたので」


「アイリーン嬢、君の御父上のエルトンと私は遠い親戚でもあるし、学生の頃からの友人だからね。アイリーン嬢がこんなに小さなときにも、お会いしたことはあるのだが、忘れてしまったかな?」

 こんなに、というところでモントーヤ伯は左手の親指と人差し指でCの形を作ったが、それでは胎児ではないか、とアイリーンは思った。

「昔のよしみで、特別に私のことを愛称で呼ぶことを許可しよう。どうかレイと呼んでくれ」

 と、片目を閉じて、お茶目に言うモントーヤ伯。モントーヤ伯の名前はレイジョンというらしい。


「レイ小父様。では、どうぞ私のこともリーンとお呼びください」

 と上品に頭を下げるアイリーン。


「おい、エル。リーン嬢を嫁にもらってもいいか?」

 どうやら彼は、レイ小父様という響きが心地よかったらしい。顔がほころんでいる。


「は? 何を言っている」


「どうせ、あの王太子殿下の婚約者候補から落ちたんだろ。だったら、うちにくれ」


「落ちたって言うな、辞退したって言え」


「同じようなもんだろ。後で息子を紹介するから、よろしくな」


「息子ってランスロットだろう。王宮でしょっちゅう会ってるわ」


「じゃ、話は早いな」

 そこまで言うと、モントーヤ伯は侍女を呼びつけて、ボイド家の部屋を案内するように伝えた。

 いくら親子と謂えども、年頃の娘と父親。さすがのモントーヤも部屋は二つ準備してくれたらしい。


「もうこの時間だし、すぐに食事になると思うから、準備をしておくように」

 と部屋に入る前に父親に声をかけられた。

 アイリーンはモイラに頼んで、着替えをする。アイリーンの瞳の色に似た薄い水色のドレス。さすがに、遠出用のこの恰好のまま食事に出席するのはまずい。


「お嬢様」

 髪を結っていたモイラが声をかける。

「ご自分の身内で想像なさるのは、おやめください」

 バレている。多分、先ほどのことを言っているのだろう。

「それから。お食事は、モントーヤ伯のご子息もご一緒と思われますが、むやみにカップリングするのもおやめください」

 バレている。多分、これからのことを言っているのだろう。

 モイラは鋭い。同志だが、いろんなことを心得ている。

「はい」と、アイリーンは小さく頷いた。


 アイリーン的には、父親にもう少し威厳があればそんなことを考えなくても済むのに、と思っているのだが、哀れなのは父親のボイド公爵。ただでさえ童顔なことを気にしているのに、それが原因で娘にもいいように扱われているとは、本人は知らないだろう。むしろ、知らない方が幸せだ。

「リーン、準備はできたかな?」

 部屋の外から、そんな哀れな父親の声が聞こえてきた。


「はい」

 返事をして部屋を出ると、こちらも着替えた父親がそこで待っていた。


「リーンは今日も可愛いね」


「モイラの腕が良いのです」

 そんな会話をしつつ、食堂へと向かう。そこにはモントーヤ伯とその息子のランスロットがいた。簡単な自己紹介をすると、食事はつつがなくすすむ。


 ランスロットは王都で騎士団の騎士として働いているが、ちょうど交代制の長期休暇中で、この領地に戻ってきていたところらしい。

 だから宰相である父親がしょっちゅう会っている、というのは納得できる流れ。

 そういえば、この敷地内に自動車を駐車しようとしたら、二台程自動車がすでに駐車されていたことを思い出す。一台はモントーヤ伯のものだろう。ということは、もう一台がランスロット所有のものであると推測できる。


「アイリーン嬢は、隣国へ留学されるとうかがっておりますが」

 ランスロットがアイリーンに向かって尋ねた。


「はい、アスカリッドの方へ二年ほど」

 アイリーンが目尻を下げて答える。


「理由を伺ってもよろしいですか?」

 誰もがその理由を問うてくる。そのたびに同じような回答を、何度もしてきていた。

 食事をしながらアイリーンの説明を聞いていたランスロットの手は、いつの間にか止まっていた。それは彼女の回答がこの国の将来を見据えたものであったからだ。念のため記載しておくが、アイリーンはビーエルについては一切触れていない。隣国の言葉と文化の習得のため、という理由に留めている。


「やはり、アスカリッドとの交流における大きな障害は、言葉と文化ですね。それを公爵令嬢であるあなた自らが学ぶということは、大きな意味があるのかもしれない」


「騎士団の中にもアスカリッドの方はいらっしゃらないのですか?」


「そうですね。純粋なアスカリッド人はいません。両親のどちらかがアスカリッドという者はいますが。ただ、郷に入れば郷に従え。振る舞いや動作はどこからどう見てもプーランジェの者です。言葉についても、少しは話せる者もいうようですが、親に教えられたという程度では、普段から使っていないとやはり忘れてしまうようです。アイリーン嬢はアスカリッドの言語のほうは習得されたのでしょうか。これから留学するにあたって、言葉がわからないのでは大変ではないでしょうか」

 両国の協定が結ばれ交流が行われてはいるが、それも盛んにではなく、隠れてといった感じのもののほうが多い。まだ両国における関係は、政治的な背景が絡んでいるか、情熱的な愛情が絡んでいるかのどちらかだろう。気兼ねなく、という関係までには至っていない。


「はい。簡単な日常会話と、読むことと聞くことはなんとかできるようになりました」


「そうですか。それなら、少し安心ですね。今までの留学制度が使われなかったのも、実はその言葉の壁があると思うのです」

 ランスロットの意見は正しい。


「はい、おっしゃる通りです。ですから、留学から戻ってきましたら、このプーランジェでアスカリッドの言語や文化を普及させていきたいと思っています」

 うんうん、とボイド公爵は頷きながら娘の話を聞いている。だが、何度も記載するが、アイリーンが普及させる文化はビーエルが基になるものだ。

「リーンのアスカリッド語は堪能だよ。毎日あちらの本を読んでいるようだしね。戻ってきたら、是非私の秘書になってもらいたいものだね」

 毎日読んでいるあちらの本は、あちらの本ですが。アイリーンは上品に笑みを浮かべ、誤魔化している。


「どうだい、ランス。リーン嬢はとても聡明な女性だ。この際だから、婚約してはどうかな?」


「父上、寝言は寝てから言ってください」


「レイ。残念ながら私も君とは近い親戚になりたくないな」


「レイ小父様、私にはもったいないお話でございます」

 と三人三様で遠回しに断ってみたものの。


「リーン嬢も返事は急がないから。前向きに考えてみてね」という三人の話を聞いていなかったかのような返事が返ってきた。

いつもありがとうございます。

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やる気がみなぎります!!

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