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2.気になる妄想

 アイリーン・ボイドがこれだけビーエル本に執着するには理由があった。

 実はこのアイリーン・ボイドは、前世の記憶を持つ転生者と呼ばれる者だ。しかも前世のアイリーンは、腐女子。いや、年齢的には貴腐人となるまで。ビーエルがビーエルと呼ばれる前、やおいや耽美と呼ばれていたころからビーエルを愛していた。結婚して出産をして、それなりの人生を送ったが、ビーエル本はけして手放さなかった。ビーエルは彼女の生活の一部だったのだ。

 生まれ変わった今でも、心残りなのはあのビーエル本たちと同人誌たち。前世で死んだあと、あの子たちはどうなったのだろう。という記憶がうっすらとある。そう、うっすらと。覚えているのはビーエルに関することだけ。よほど好きだったのね、と今でも思う。今でも好きだけど。


 そしてアイリーンにとっての今の人生の不満は、ここではビーエルが浸透していない、ということ。特にこの国では、恋愛ものは男性と女性で描かれていることが一般的である。

 配給が無いのって辛みしか無い、と思ったアイリーン。でも、根は腐っているから、どこからでも妄想を広げることはできる。

 そう思ったアイリーンは、わりと好きな恋愛小説の、その主人公級の男性とモブキャラ男性のサイドストーリーを自主的に書いてみた。もちろんビーエル風で。ブロマンス風、というのかもしれない。

 元々その恋愛小説において、男性主人公とモブキャラは親友だった。男性主人公が運命の女性と出会い、苦難を乗り越え彼女と結ばれる様子を、このモブキャラは一番近くで見守っていた、というのは公式。だけど彼は自分の気持ちに気付くものの、男性主人公の幸せを願って身を引くという、のは勝手に作ったストーリー。そして、そのモブキャラの心境を書いてしまったのがアイリーン。めちゃくちゃ本編と関係無い話。

 でも、創作は得意。だって、文芸部員だもん。


 そしてアイリーンのことを一番よく知っているカーナも同じ文芸部員だった。そんなカーナは、アイリーンが書いている何かが気になって気になって仕方がなかった。

「何をそんなに一生懸命書いているの? 次の部誌の作品?」

 そう問うてくる彼女に、アイリーンは何も答えられなかった。これは自分の趣味丸出しの作品。これを部誌にのせられるわけがない。

 それでもカーナはしつこかった。

「そんなに一生懸命だと、気になって仕方ないの。できたら読ませてね」

 それに答えた時のアイリーンの顔は、多分、酷い表情だったと思う。口が重力に負けて、力なく開いていたと思う。


 そもそもアイリーンのビーエルにおける方針は、強制しないこと。だけど、勇気をもって門を潜り抜けてくれた人には「大丈夫、怖くないよ」と快くお仲間に迎え入れたい。つまり、カーナはこの門を潜り抜けて人物である、と解釈することにした。

 妄想が妄想を呼んで、なんとかアイリーンの創作話ができあがった。その時のカーナがしつこかったため、

「できたから、読んでみて。合わなかったら、途中で読むのをやめていいから」と彼女には伝えた。


 そしたらなんと、それを読み終えたカーナが沼った。その創作話に。ぐいぐいと世界に引き込まれたと言う。同志を一人ゲット。

 さらに「なんとも言えない気持ちになった」という感想までもらった。

 そう、ビーエルのよいところは、なんとも言えない気持ちになれるところ。とにかく男子二人、もしくはそれ以上でもいいのだが、仲良くワチャワチャやっている姿が好き。でも、最終的には特定のカップルもしくはコンビの幸せを願っている自分がいるのだ。


 カーナが言うには、絶対ジジとエレナも好きだと思うから、二人にも読ませてみたら? ということで勇気を出して二人にも見せた。もちろん、強制はしない。


 そして見事、この創作話を読んだこの二人も沼ってくれた。ズボズボと。こうなったら、この沼から出ることは難しいだろう。

 アイリーンとしては、これだけ友達が沼にハマってくれたのであれば、もっと書くしかない、と思った。

 そして見事沼落ちした他の三人も、それぞれが書いた小説をそれぞれで読んで、消費していた。もちろん、ビーとエルで。だって文芸部員だもん。創作活動をしなければ。


 だけど、アイリーンの腐女子ぶりは止まらない。

 なんとか独自ルートで隣国の甘美小説の月雲シリーズを入手した。さらに、これを他の三人に普及するために翻訳しようと思ったが挫折し、要点だけをまとめたまとめ本を作ってしまった。しかもイラスト付きで。

 それも受け入れてくれた三人。

「ヤバイ、かっこいい」

「まさしくイメージ通りのキャラ」

「このカップリング、理想すぎる」

 というのも、この世界の本には挿絵が無い。ということはもちろん、マンガも無い。ということはもちろん、同人誌も無い。

 物語にイラストがつき、かつ、わかりやすくまとめられているというのは、とても斬新だったらしい。

 さらに、こんなにも身内の賞賛を得てしまい、もっと調子にのるアイリーン。これはもうもっと描くしかない。前世では年に一回から二回、イベントと称していろいろ描いていた。何しろ、二次創作、同人誌は得意中の得意である(アイリーンの前世が)。

 まとめだけでなく、ちょっと月雲シリーズの詳細も三人に教えるために、イラスト付きでいろいろ描いてしまった。どんどんと内容の詳細に触れていくにつれ、他の三人も月雲シリーズにのめり込んだ。だが、隣国の言葉で書いてあるため、そうやすやすと読むこともできないし、理解することも難しい。そうなるとアイリーンのイラストと簡易的な翻訳が頼りだった。

 そうやって隣国の物語に沼り、布教活動をしていたアイリーンは、隣国についてもっと詳しく調べてみたくなった。隣国は、このプーランジェと違い恋愛についても様々な形態で容認されているが、その文化についても寛大であった。つまり、隣国にいけば他のビーでエルな本がもっと手に入るのでは、とそう思ったのである。

 アイリーンにとって、好きなものを極めるために国境を超えることは怖くない。それが好きなものの力なのだ。


 だが、アイリーンが隣国へ留学をしてしまうと、国政に係わるような問題が一つだけあった。


「ああ、でもリーン様が隣国へ留学するのであれば、王太子のディミトリー殿下の婚約者候補から、外れてしまうのかしら」

 ジジが顎に右手を添えて首を傾けた。癖のある髪もゆっくりと揺れる。「リーン様とディミトリー殿下、お似合いですのに」

 そう、アイリーンは王太子殿下の婚約者候補として名を連ねている。


「ありがとう。でもね、私は婚約者候補から外れても問題は無いわ。カーナもいるし、他の公爵家の皆さんもいることですし」

 隣のカーナに視線を向ける。


「私も別に、ディミトリー殿下の婚約者にならなくてもいいんだけれど。むしろ、どちらかと言ったらなりたくない、というか」

 王太子の婚約者となれば、女性の憧れだろう。ところがこの二人、そんなものには興味が無い。むしろ興味があるのは。

「でも、カーナ。ディミトリー殿下の婚約者となって、殿下とあのジェリアン様の仲を見守るのも、なかなか楽しいのではないかしら?」


 アイリーンの言うジェリアン様とは、ディミトリー殿下の幼馴染で彼の側近として常に行動を共にしている男。


「それって、私に二人の当て馬になれって言ってる?」


「いきなりカーナが婚約者となって、ジェリアン様がカーナに嫉妬して。ジェリアン様にとってディミトリー殿下が大事な人であった、ということにあらためて気づくのよ」

 という、不敬罪になってもおかしくないような妄想をアイリーンは繰り広げている。やはり、婚約者という立場には興味が無く、ディミトリーとジェリアンの関係の方に興味があるらしい。

「そうよ、カーナ。あなた、ディミトリー殿下とジェリアン様の仲を私に報告してよ」


「私たちも聞きたいです」

 ジジとエレナまで同意する。


「でも、向こうとは学年も違うし。なかなか接点は無いけど」


「だから、あなたが婚約者に選ばれればいいのよ。応援するわ」


「物語を作るのは好きだけれど、登場人物にはなりたくないね。自分の妄想のために、友達を売るようなことをするのはやめてよね」


「あら、残念」

 アイリーンは左手の人差し指と薬指で下顎を挟んだ。アイリーン的にはかなり本気だったらしい。


 そんなアイリーンとカーナは五大公爵家と呼ばれる五つある公爵家のご令嬢にあたる。この公爵家の年頃の娘たちは王太子殿下の婚約者候補にあげられている。正式な婚約者は、王太子殿下の成人の祝いで発表されるとのこと。王太子殿下は彼女たちより一つ年上だから、卒業は来年。つまり発表はその年の狩りの月になる。その時、間違いなくアイリーンはその場にいない。


 実は、アイリーンは留学をすることで王太子殿下の婚約者候補から外れることも狙っていた。つまり、その婚約発表の場に不在である、という口実が欲しかった。その口実が留学。

 だって、仮に王太子の婚約者となったら、ビーエル活動に励めないじゃないか。漫画も描けない、絶対描けない。二次創作もできない。下手すれば、摂取もできない。

 そんな生活は、アイリーンにとって死を意味する。

 それに婚約者候補は、他の公爵家の同じような年頃の娘が名を連ねているし、この婚約者の候補の中でも、王太子殿下と同い年のナディソン・コーシュ公爵令嬢が最有力とされいるから、自分一人くらい候補から外れても問題ない、と思う。多分。

早速のブクマありがとうございます。

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