19.気になる結果(前編)
待ちに待った霜の月。月雲シリーズの新刊が発売する月。しかし寮生活のアイリーンは発売日に書店に行くことができない。その次の休みの日に、ノエルと一緒に書店へと向かった。発売日に侍女のモイラに頼んでも良かったのだが、やはり自分で買いに行きたいという気持ちがあった。
予約しているにも関わらず、真っすぐレジへ向かわず新刊コーナーを覗いてみる。しかし月雲シリーズの新刊は並んでいない。ということは、アディの書籍が並んでいる棚の前に置いてあるのだろうか。そちらへ移動する。が、そこにも新刊は無い。むしろ、既刊も無い。不思議に思ってレジへと向かう。
「月雲の新刊ね。予約しておいて良かったわよ」
レジで対応してくれたナミカが言う。
「もうね。あなたたちの部誌のおかげなの。月雲の紹介ページをコピーして、新刊と一緒に並べていたら、売れちゃって売れちゃって。既刊も無かったでしょ? 今、注文はしているんだけど、いつ入るかはわからないのよ」
その言葉と共に本を受け取り、アイリーンとノエルは顔を見合わせた。
「私もびっくりよ。嬉しい悲鳴っていうやつ」
ナミカは楽しそうに笑っている。
「あのね。あなたたちみたいに発売日に買いにくることができないなら、やっぱり予約することをすすめるわ。特に、どうしても欲しい本の場合はね」
二人は頷いた。
楽しみにしていた本を手にした二人は、併設されているカフェへと向かう。ここで少し本を読む予定。
だが、四分の一ほど読んだところでアイリーンは本を閉じた。閉じたくはなかったのだが、これ以上この本をここで読むのは無理であると判断した。
「エル。私、もう無理」
そこで、冷めた液体を飲み干した。
「多分、泣く。これ以上、ここでこの本は読めないわ」
「リーンなら、間違いなく泣くわね」
「続きは帰ってから読むわ」
「私もそうするわ。リーンでなくても、泣くもの」
追加でお茶と軽食を注文した。
「そうそう。リーンの月雲のおかげで、前回の外国語の小テストが良かったの。今までにないくらい。びっくりしちゃった」
アイリーンはサンドイッチを口元に運びながら言った。
「きっと、エルが努力したからですね」
「そうかもしれないけれど。私が楽しんで勉強できたのは、リーンのおかげよ。やっぱり、好きなことを考えながら勉強すると、苦にならないのね」
「そうですね」
アイリーンもその気持ちがよくわかる。むしろ、アイリーンがそうであるから。ビーでエルな話を読みたいがために勉強したアスカリッド語。そんな不純な動機ではあったが、今ではアスカリッドの本も難なく読めるし、会話も不自由しなくなってきた。ときどき辞書を使うことはあるけれど、その回数も減ってきている。
「やっぱり、好きっていう力はすごいですよね」
アイリーンが呟く。好きは原動力になる。
「リーンのほうは、短編の翻訳も進んでいるの?」
「はい。それなりに。今の話の翻訳が終わったら、一度翻訳は中断しようかな、と思っています」
「どうして?」
「あの。テスト勉強をしようかな、と」
「あ」
アイリーンがテスト勉強という単語を発したときに、ノエルの顔が不細工になった。
「そうよねぇ。新刊で浮かれていたけれど、浮かれてばかりはいられなかったわ」
「会長から、昨年のテスト問題を借りましたので、一緒に勉強しますか?」
「え、会長が貸してくれたの? あのケチクソ会長が? 私やイブがいくら頼んでも貸してくれなかったのに」
「そうなんですね」
「そうなのよ。だからダンカンさんに借りようと思ったけれど、会長の息がかかっているからか、ダンカンさんも貸してくれないし。本当にケチクソな二人なのよ。よく借りられたわね」
そう言われても、貸してあげると言ってきたのは向こうからだから、アイリーンは何もしていない。
「きっと、私が留学生だからですね」
多分、その答えが一番しっくりとくる。
「じゃ。月雲の新刊も無事手に入れることができたし、次はテスト勉強ね」
ノエルのその言葉にアイリーンは頷いて、サンドイッチを口の中に放り込んだ。
放課後。どこでテスト勉強を行うかといえば、やはり文芸部の部室。生徒会室を使ってもいいよ、とフランシスは言ってくれたのだが、何よりもそのフランシスとイブライムの前で勉強をしてしまうと、妄想が広がってしまうための自主規制。アイリーンの中で当初のカップリングからかわってしまったのは、ダンカンとジョアキナに特定の女性がいたためだ。
ダンカンとサラはお付き合いしている仲だが、ジョアキナとノエルの関係が不明。ノエルは多分、ジョアキナのことが好きなのだろう、と思う。だが、ジョアキナの態度が読めない。妄想カップリングは得意だが、リアルカップリングは難しい。
「エル。ここを教えて欲しいのですが」
「あ、ここはね」
アイリーンがプーランジェ語を教える代わりに、ノエルが他の科目を教えていた。一応、授業は真面目に聞いているアイリーンだが、やはり言葉のニュアンスでわからない部分がある。それをノエルが丁寧に教えてくれる。
「エルの教え方は、とてもわかりやすいですね」
「本当? 嬉しい」
ふふん、と鼻歌を歌い出したノエルはご機嫌だ。最近、ノエルの調子が良い。ご機嫌な日が多い。ジョアキナとうまくいっているのかと思いきや、そちらの方では無いらしい。どうやら、ナミカに薦められて買った本が当たりだったらしい。そして、安定の月雲シリーズで心の栄養を補充している、とのこと。
そしてアイリーンもご機嫌。待ちに待った月雲シリーズの新刊を大号泣しながら読み終えたら、ネタバレしないように感想を添えて、プーランジェの学院の文芸部員宛てに手紙を書いた。カーナたちも相変わらずのようで、返ってきた手紙には三人の創作小説が同封されていた。その手紙と小説を目にした時、ちょっとプーランジェのことを思い出して、涙ぐんでしまったのは内緒。
「少し、休憩にしましょう」
ノエルが言い、立ち上がる。お茶の準備をしようとしていたので、アイリーンも立ち上がったが。
「いいからリーンは座っていて」
と言われてしまう。
「ノエルさん。お茶を淹れるなら、僕の分もお願い」
「私も」
いつもの定位置にいたルークとサラ。定位置でテスト勉強をしているらしい。今年からクラス一になったから、テスト勉強も大変なのだろうと思っていたのだが、後は卒業するだけだしクラス入れ替えも無いからそれなりに、という答えが返ってきた。この二人らしい答え。
ヘレンは一人で勉強したいタイプだから、さっさと寮に戻った。新入生は新入生同士で勉強するために、図書室へ行っているらしい。
ということで、この部室には四人。
「実は、こんなものもあるのです」
ご機嫌なノエルのご機嫌度が上がっている。こんなもの、と言って取り出したのはクッキー。どこから出てきたのかはわからないが、鞄の中に隠し持っていたのだろう。
「いいね。勉強で疲れた頭には糖分補給が必要だよね」
「リーンと食べようと思って持ってきたので、部長の分はありません」
「え」
「嘘です」
「ノエルさん。最近、雰囲気が変わったんじゃない?」
唇を尖らせながら、ルークが言う。
「そうですか?」
「そうよ。とても、明るくなった感じがするわ」
サラが言う。
「でしたら、きっと、リーンのおかげですね」
ノエルはお茶とクッキーを並べる。
「リーンのおかげで、プーランジェの言葉を勉強するのが楽しくなったし。文芸部の方も、新入生はたくさん入部してくれたし部誌を作ったし。最近、毎日がとても楽しい」
「それはあるわね」
椅子をひいて、サラが座った。
「まさか文芸部に五人も新入部員が入るとは思っていなかったね。部誌も好評で、書店に置いてあったのはすぐに無くなったらしいよ。しかも、部誌で紹介した本の売り上げもいいらしいし」
サラの隣にルークが座る。
「ナミカさん情報ですね」
ノエルは楽しそうに笑う。ノエルの隣にアイリーンが座った。
「美味しそう」
クッキーを見つめたアイリーンが呟く。
「ええ。美味しいわよ。王族御用達のクッキーですから」
「そっか。ノエルさんって、王族だったんだよね」
ルークは足を組んで、カップを手にする。
「ちょっと、部長。私は生まれてかずっと王族ですけど。側室の子ですが。そういうことを言う人にはあげませんからね」
ノエルが言うと、四人は吹き出した。
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