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10.気になる彼女(前編)

 ノエルに手を引っ張られ、アイリーンは生徒会室へと向かう。

「あのね、イブが面倒くさいのよ。ああ、もう面倒くさい」

 生徒会室へと向かう廊下でさえ、ノエルはそんなことを呟いている。

今日一日でわかったこと。ノエルとイブライムの兄妹の仲は良好とは言えない、ということ。むしろ、ノエルの方がイブライムを嫌っている、ということ。


「遅くなりました」

 生徒会室のドアを開くと同時に、それを口にする。

「遅い」

 と本当に言い返してきたのは、イブライム。予想通りの展開をありがとう。


「ノエルさん。本当にアイリーンさんを連れてきてくれたんだね。イブから話を聞いたときは驚いたけれど」

 金髪の会長のフランシスが言う。


「はい、先日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」

 アイリーンは生徒会のメンバーに向かって挨拶をする。そして顔をあげたとき、そのメンバーをあらためて確認した。

 うん、見知った顔しかいない。

 美男美女のカップルと、例の第二王子と金魚のフン。つまり、二組のカップルというわけだ。


「まあまあ、中に入って。さ、お茶でも飲みながら」と、フランシスが二人を中へと招き入れる。

「空いているところに適当に座って」

 フランシスにそう言われても、どこに座ったらいいかアイリーンはわからない。ノエルに視線を向けると、こっちにおいで、とその目が言っていたので、彼女の隣に座ることにした。もちろん、イブライムからは一番遠い場所。

 お茶とともに、一枚の紙ぺらが配られる。

「イブとジョアはアイリーンさんと同じクラスだから、顔馴染ってことでいいかな。自己紹介とか省くよ」

 という前置きをして、フランシスは配った資料について説明をする。

 つまり、新入生に対する生徒会主催の学院紹介の件だ。


「以上が例年の流れだね。何か、質問はあるかな」


「あの」

 おずおずとアイリーンは手を挙げた。

「この、新入生歓迎パーティとは何を行うのでしょうか」

 アイリーンはこのパーティという響きが好きではない。


「まぁ、その名の通りパーティなんだけど。普通に集まって食事して踊っておしまい」

 わかってはいたけれど、アイリーンが想像する通りのものだった。わかってはいたけれど。


「ああ、そうなんですね。なんとなく予想はしていましたが」


「そうよね、初めてだし、知らない土地だから不安よね」

 それとなく空気を察してくれたノエルが声をかけてくれる。

「え、ええ。そうですね」

 ということにしておこう。本当は面倒くさいから、という理由なのだが。

 だって今、この会長は踊ると言った。結局、貴族の嗜みのダンスだ。しかも知らないこの国で知らない男性と踊らなければならないのだろうか。

 いっそのこと、欠席してしまおうか。あとでこそっとノエルに相談しよう。


 会長が事前に準備してくれた紙ペラ一枚のおかげで、今日決めるべきことはすんなりと決まった。だけど、このまま寮に戻るには中途半端。もう一度文芸部室に戻って、本を一冊借りてから戻りたい。


「エル。私、文芸部の部室に寄りたいのだけれど」


「ええ、まだこの時間なら、みんな残っていると思うわ。一緒に行きましょうか?」


「ありがとう。あとね、ちょっと相談したいこともあるんだけど」


「ええ、わかったわ。それは寮に戻ってから聞きましょう」

 そう言ってニッコリ笑うノエルは、王女様だと思う。ただイブライムに対する態度が王女様ではないだけ。


「会長。私たち、もう帰りますけれど」


「今日は終わったから、あとは自由にしていいよ」


「では、失礼します」

 生徒会室を出るノエルについて、アイリーンもペコリと頭を下げてその部屋を後にする。


「どう? 生徒会の方もやっていけそう?」

 ノエルが不安そうに声をかけてきた。

「ちょっと巻き込んでしまったかなと思って、少しは反省しているの」


「はい。でも、これもアスカリッドについて学べるいい機会ですので。何もできませんが、お手伝いしますね」


「リーンって本当にいい子ね。私が男だったら、お嫁に欲しいわ」なんてまで言っている。

「本当に、プーランジェに婚約者はいないの?」

 ノエルは急に立ち止まり、くるりとアイリーンの方に向き直って、人差し指を突き付けてきた。

 アイリーンは驚き。

「ええと。うーん、いないのはいないんですけど。婚約者候補になっていたのを辞退しましたので」


「辞退?」


「はい、どうしても留学したかったので」


「誰の?」

 ここでいう誰の、とは誰の婚約者候補になったのか、という意味だろう。


「王太子殿下です」

 一瞬、ノエルは黙る。多分、いろいろと考えをめぐらせているのだろう。


「リーン。あなた、やるわね」


「留学っていう名目がありましたから」

 それに納得したのか、ノエルは再び文芸部室に向かって歩き出した。


「やっぱり、リーンは最高だわ」なんて呟いている。何が最高なのだろう。

 文芸部室に戻ると、先ほどの三人が黙って本を読んでいた。三人は、本から目を離さずに「おかえり」とだけ口にする。

 アイリーンはそのまま本棚の前へ。ジャンル別に並んでいるとヘレンは言っていた。甘美小説が並んでいると思われる棚の前に立つ。

 こちらの世界の本。挿絵が無いだけでなく、表紙にも絵が無い。ジャケ買いができないという悲しみ。とりあえず、タイトルから気になった物を手に取って、中身を確認しようかと思っていたけれど、ノエルは甘美小説が好きだと言っていたから、手っ取り早くオススメを聞いてみるのもありかな、と思う。


「あの。ここにエルのオススメの本ってある?」


 アイリーンがそう尋ねた時、静かに本を読んでいたはずの三人が顔をあげた。

「アイリーンさん、それは聞いてはならない」

 と言ったのは部長のルーク。


「いくら文学が自由であっても、ノエルさんのオススメは刺激が強すぎます」

 と言ったのはヘレン。


「私もオススメがあるんだけれど」

 と立ち上がったのはサラ。


「本当に、私のオススメでいいの? 私の好きな本でいいのかしら?」

 ノエルは尋ねる。それにアイリーンは頷く。

「サラ先輩。初心者に優しいものからすすめましょう」


「そうね」

 ノエルとサラは意気投合。そして二人で、本棚の前でああでもない、こうでもないと言い合い、数冊の本を手にしている。その二人を乾いた目で見つめるルークとヘレン。

 そんな四人に視線を忙しく向けるアイリーン。そうやって見守っていたら、ノエルが一冊、サラが一冊本を手にしている。


「リーン。私のオススメはこれね。無難なんだけど、アスカリッドの甘美の中ではベストセラーよ」

 見たことのある表紙。というよりも、いつも見ている表紙。

「エル。あの、これ」


「お願い、リーン。騙されたと思って読んでみて」


「騙されないで、リーンさん」

 と、ソファに座っているヘレンが笑っている。


「いや、あの……。私」

 四人からの視線が集まる。

「これ、月雲シリーズですよね? 私、この本は読んでいます」

 言ってしまった。これだけ四人から注目を浴びたら、言わなきゃいけないような気がしたから。


「え?」と情けない声のノエル。「読んだことあるの?」

 コクリとアイリーンは頷く。

「ちなみに、誰が好き?」


「私はロイティです」


「王道ね」

 そこで口を挟んだのがサラ。

「そんな王道をいくアイリーンさんには、これをすすめるわ」

 と一冊の本を差し出す。表紙には『美しき二人』とアスカリッド語で書いてある。アイリーンはそれを受け取った。裏表紙に簡単なあらすじが書いてあり、それを目で追う。


「サラ先輩。これ、お借りします」

 アイリーンはにっこりと微笑んだ。サラは満足そうに頷き、ノエルも嬉しそうに笑っていた。

「また、オススメの本を教えてください」


「もちろんよ、アイリーンさん。とりあえず、この棚のここからここまでは、それだから」

 それさえ聞けば、もう十分だ。サラやノエルがいなくても、読みたい本と出会えそうだ。


「文学は自由ですもの、ね。ヘレン」

 ノエルは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

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