70~71 祈る夜明け(前編)
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白い息を吐きながら、ライールが船底のところへナイフを突き立て、底を抜こうとしていた。
防寒着を着てあると言っても、冬用の徹底した物ではないから、彼はもう少し着込んでくれば良かったと後悔した。
底を抜いたことによる事故で、さらなる後悔を加速させる可能性もあるが、その前に、上から人の大声が聞こえた。
そちらの方向を向くと、誰かが落ちていくのが見えた。見た目からして男性であり、動きがないので死体だろう。エリカでは無いが、無事なのか怪しくなってきた……
風の音に混じって、上から早く閉めろとか、色々と混乱しているような怒号がしてくる。
ライールは早く底を抜いて侵入しないと、自分もあの男のように落ちていくことになると考え、とにかくナイフを力いっぱいに突き立てた。
すると、塗装で見えていなかった継ぎ接ぎ部分の境目を貫いた。こうなったら後は簡単。境目に沿って、たくさんの穴を作っていくだけである。
四角形の、継ぎ接ぎに使ってあるトタンみたいな材質の板に、穴を連ねていく。
手を突っ込んで引き剥がせるくらいになったから、片側を引っ張ってやった。すると、四隅の方からバリバリと剥がれて、あるところで風圧に耐えられず、勝手に剥がれていった。被膜が鋼製であることを忘れるくらいに、ヒラヒラと布切れみたいに落ちていく。
船底の方へ視線を戻すと、体が通るくらいの四角い穴ができていた。
穴の先にはまだ天井みたいな底が見えるが、これは木製だからやりやすい。しかも、先程やってきた男達の声の位置から察するに、出入り口がある廊下辺りにでるだろうと予測できた。
普通なら見張りがいるから不運なところだが、今は空中。見張りを立てておく意味が無いから、きっと誰もいないはずである。
もちろん、機関室の底とかガスの入った気嚢がある真下の可能性だとか、不安材料はあるけれど、何も知らないライールだからこそ、その不安材料は頭に無かった。だから彼は、目的に向かって真っ直ぐ進むことができた。
――揺れが少し大きくなってきている。
穴へ入るには、立ちあがる必要があった。しかも命綱である鈎縄の縄を、足首から外さないといけない。
怖くはあるが、仕方ない。
ライールはナイフで縄をこそぎ切った。
時宜を見計らって、体を伸ばすように立ち上がり、四角い穴へ上体を入れていく。そうして、両手で鋼鉄製の骨組みをつかみ、大引と根太らしき四角柱に乗っている、合板と合板の重なりの隙間へ、ナイフの刃を通すように刺した。
合板の上に石膏があり、そこの上に床板があるようで、切り込みを入れるごとにポロポロと石膏の破片が落ちてきて、防塵眼鏡が汚れる。
――幸い、硬い物はあいだに入っていないようである。これなら侵入できそうだ。
充分に切り込みと穴を連ねた床板を、ライールが思いっきりナイフの柄で殴ると、ボコッと合板が浮き上がった。
殴る回数を増やすごとに、床が大きく跳ねるように浮かびあがって、仕舞いにはボッキリと折れる形で、床に穴があいた。
すぐにナイフを片付けて拳銃に持ちかえ、内部へと入っていくライール。
彼は敵がおらず、自分がやはり出入り口付近の廊下に出たことを確認すると、近くにある扉へ寄って、静かに扉をあけて中を伺った。
誰もいないようなので、一旦、この部屋へ入ろうと決心する。
71
飛行船は高度3000メートルを超えた。日本なら、富士山を越える高さである。
揺れが中々収まらない上に、白息が出るほど寒く、結局は体調不良を訴える人間も出始めていた。が、本来ならもっと酷くなっているとエリカは言って、お茶を濁していた。
隣にいるアルメリアは動じず、機が訪れるのを待ち続けている。
「おい!」
扉をあけるなり、男が見張り番に向けて言った。
「異常発生だ、ちょっと来てくれ!」
「見張りはどうする?」
「王女も後ろの方へ縄を繋げてあるんだろう? ムハク様が呼んでいるから、そっちを優先させるんだ!」
「分かった、すぐ行く」
見張り番と一緒に、男が機関室から出た。
「エリカさん……!」
アルメリアがすぐ言った。
「右の脚の上にナイフがあります、取ってください……!」
アルメリアは右足だけ伸ばし、その爪先を外側へ向けた。
エリカはアルメリアのスカートをたくしあげて、太ももへ手をつっ込む。
「どっち側?」
「右です、股に近いところに柄があるはず。鞘から引き抜いてください」
「意外と大胆ね……」
エリカが手の感触で柄を見つけると、アルメリアを傷付けないよう、自分の方へゆっくり引いた。
「よし……!」
と言うなり、後ろで縛られているアルメリアの手首の縄に、刃を当ててこすり始めた。
「ジッとしててね……!」
「ナイフは私の手に持たせてください。ひとまず誤魔化せると思いますから……」
「もうちょっと……!」
――やった!
エリカは縄を一本、切断することに成功した。
こうなれば後は、アルメリアが自分で切ることも可能になるくらい、可動性があがる。
エリカはアルメリアにナイフを渡し、
「一気に解かないようにね? 縄が緩んでバレるから」
「分かっています。――いつ脱出します?」
「そうね…… 何か予想外の事態が起こってるみたいだから、もうちょっとだけ様子を見て……」
と言っているうちに、扉が開くから、エリカがすぐ前を向いて、装置を操作する振りをした。
「おいお前! 揺れが大きいぞ!」
「だから航行中に外への扉をあけるなって言ったじゃない。――何かあったの?」
「お前は操縦に専念していろ!」
そう言って、彼は長身の銃を壁に立てかけて、代わりに長方形の木板を持ち出した。
「穴でもあいたのでしょうか?」
「でしょうね」と言って、エリカがアルメリアを見やった。「脱出するなら、今かも」
「じゃあ、これを」
アルメリアが手の縄をパッと解き、ナイフの柄をエリカへ手渡した。
「扉を塞ぐ物を探します。足の縄を切っておいてください」
「あそこの戸棚、倒せるかも」
エリカの視線を辿ったアルメリアが、扉の横にある背の高い、大きな棚のところへ走った。
それを横から押してみると動かせたから、肩を当てて、踏ん張って、押し続けた。
一方のエリカは、足の縄を解いている最中に、四隅にある大きなリュックサックみたいな背負い鞄を一つ、見つけた。これ見よがしに置かれてあったから、余計、目に付く。
足が縄から解放され、腰に巻かれた縄も切って、犬のリール染みたものからも解放されたから、そのまま四隅へ向かった。
――間違いない、パラシュートだ。鞄の上にゴーグルもあるから間違いない。それに埃の具合から言っても、誰も動かしていないようだ。
「なるほど…… ここの内装もそのまま遺物ってワケね」
「エリカさん……!」
アルメリアが棚を押しながら言った。
「手伝って、ください……!」
「ごめん、すぐ行く!」
二人で棚を押し、扉の取っ手のところまで移動させた。
「あと、これも移動させておきましょうか」
エリカが、下に置いてあるいくつかの木箱を指差して言った。これは連中が運んできたものだろう。所謂、バラストみたいな物かもしれない。
その木箱を二人で扉の前や棚の前に移動させ、扉があかないように補強した。




