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5~6  散らかる思い出

    5


 エリカとアルメリアは二年ほど前に出会った。


 その出会いは面白いものでも無ければ、ロマンスあるものでも無い。()いて言えば、大変な出会いであった。


 原因は不明だけれど、エリカは日本に住んでいて、死んだのか神隠しにあったのか、転生してしまった。


 そこまでは(わざわ)い転じて福と成すだが、その先が悪かった。

 特に神様が出てくるわけでも、アレしろコレしろと言われることもなく、気付けばバルコニーに立っていた。


 しかも夜空の星を見上げて、物思いに(ふけ)っているアルメリアがいて、エリカの存在に気付いた彼女は、当然のように悲鳴をあげる。


 エリカは逃げる間も無く、兵士に捕らえられたのだ。

 不法侵入をしているのだから、当然と言えば当然である。王族の()()()となれば、なおさらだ。


 エリカは、問答無用(もんどうむよう)で地下(ろう)に入れられた。


 ――どうしてこうなった。


 率直にそう思った。

 このときのエリカは、転生してすぐに処刑されるかもしれないという、絶望的な状況だった。


 王女や兵士たちが話す言葉がなぜか分かるとか、そんな状態を不思議に思えるほどの余裕は無い。

 思うのは『なぜ、自分が』だった。

 もし処刑されずに済んだとして、右も左も分からぬ世界である。

 外に放り出されたらどうやって生活していけばいいのかも分からない。


 このときのエリカは、すぐさま死ぬかもしれない絶望感と、日本にいた頃と同じような、明日も想像できないという絶望感に(とら)われていた。


 身も心も牢獄(ろうごく)に入れられていたようなものだった。


 そこから救い出したのが、他でもないアルメリアであった。

 彼女は早朝にエリカの元を(おとず)れ、開口一番、なぜベランダにいたのか問うた。


 エリカは逆に、自分がなぜベランダにいたのか分からないから、教えてほしいと問うた。


 ――全く話が()み合わない。


 だが、話しているうちに色々と分かることもある。

 エリカのことが悪人に思えなかったアルメリアは、どこから来たのか尋ねると、エリカはバカバカしいと思いながらも、自分が日本という国から来たことを正直に打ち明けた。


 すると、アルメリアが驚きながらも理解を示し、異世界から来たことを証明すれば、無罪放免になるかもしれないと言った。


 なぜそうなるのかエリカには理解不能だった。

 後日談によると、エリカ以外にも何人かが異世界から来ている可能性を示唆(しさ)する伝承が残っていて、その中でも一番有名なのが、一〇〇〇年ほど前、異世界から来たという勇者によって魔王が打ち倒された、とかいう伝説だった。


 伝説の真意は(さだ)かでは無いけれど、そのときに使われたであろう魔導具は今も残っていて、魔導具は異世界から来た人間にしか動かせないのだという。


 そのことを証明したのが、半世紀前に、やはり異世界から来たという人間だった。


 この人物が大勢の前で魔導具を起動させた話は、海外にも波及し、大きく報じられるまでに発展したのだ。


 無論、この後日談は牢屋の外へ出た後、アルメリアから聞いた話である。

 いま現在、牢屋の中にいるエリカが知る(よし)も無い。


 彼女は(あい)も変わらず生気の無い目をしていて、よもや、アルメリアが異世界からの来訪者を証明できるとは、露程(つゆほど)にも思っていなかった。



    6



 ――今でも覚えている。


 美しい装飾が床から天井に至るまで(ほどこ)されている謁見(えっけん)の間で、いかにも王様と(きさき)様みたいな格好の男女が、無駄に大きな椅子に座っていた。


 その(かたわ)らにある長椅子には、王子らしき青年が二人いて、アルメリアは二人のあいだに収まるような格好で着席している。ジッとエリカを見つめていた。


 エリカの眼前(がんぜん)には三人の衛兵――もしくは騎士が立っていて、宝石などを収めるような小箱を持っている。

 その小箱には魔導具が一つずつ、収められていた。


 しかし、エリカの目がさらに曇る。


 ――単なる小綺麗(こぎれい)な装飾品にしか見えていない。

 どこに魔導具と呼ばれる要素があるのか分からなかった。


「アルメリアの嘆願(たんがん)により」と、王様が低い声で言った。「君が異世界者であるかどうか、試させてもらう。その中から本物を見つけ出してほしい」


 威厳(いげん)ある声音(こわね)であったものの、エリカは動じていなかった。

 と言うよりも、むしろ自暴自棄(じぼうじき)に近い状態だから、反抗期の娘が父や兄に突っ掛かるような、理不尽(りふじん)な八つ当たりをし始めた。


「動かせって言っても、どうやって動いてるって分かるんです?」

「わずかに光り輝きます」


 (はし)に立っている、大臣か学者か判別しかねる男性の一人が言った。


「私自身、見たことがありますのでご安心を」

「こんなので処罰されるかどうか決められるっていうの?」

「減刑対象になる可能性がある、というだけです。あなたの素性は知りませんが、それを調べるのは我々では無く検察です」


「ふ~ん。平民のための弁護士もちゃんといるって言うの? 上級国民さん?」

「人間に上級も下級もありません」

「王族みたいな人たちに言われても、全く説得力ないんですけど!」

「君の処遇は司法が決める」と、王様がピシャリと言った。「ここで君が何を言おうが、我々が何を言おうが、処遇がどうにかなるわけではない」


「じゃあ、なおさらこんなの無駄じゃない!」

「被害届を出すかどうかの判断基準にはなる。――そうだろう? アルメリア」


 エリカが、アルメリアを見やった。彼女はなおも、ジッとエリカを見つめていた。


「届けを出したら、後は司法が処遇を決める」と王様。「ただ、盗まれた物も何かされたという被害も無い。後は君が、娘の寝室に侵入したという事実をどう捉えるべきか…… それが判断基準の材料となる」


「だからそれは……!」

「原因が異世界から飛ばされて来た、と言うのであれば、それを証明する義務が君にはあるんだ」と、遮った。


「君の論が正しく、我々が間違っていると言うのなら、それを示して(みな)を納得させなければならない。――君は無罪で、我々が間違っていると証明できる可能性が、そこにあるんだ。掛けてみてもいいんじゃないかな?」


 人生の先生に(さと)された反抗期の娘は、憮然(ぶぜん)とした態度を崩さなかったが、()って掛かるようなことは無くなった。


「三つのうち、一つだけが魔導具です。――手に取って、魔導具の感触に集中してください」


 学者らしき男が不意に言った。


「それで起動するという研究報告がありましたので」


 エリカは溜息(ためいき)をついた。周りに聞こえるくらいに、大きくついた。

 次いで、魔導具を三ついっぺんに持った。


「お、おい、君!」


 と、今度は王様の近くに立っている男――大臣らしき人が言った。


「三つ同時に使うというのか?」

「一々、一つずつ試すなんて面倒じゃないの」

「なんだって?」

「集中できないから、黙ってて」


 転生だろうが転移だろうが、日本に帰る(すべ)が無いのだから、もはや一度死んでいるようなものである。だったら今更、二回死ぬのも三回死ぬのも同じようなものだ。


 それより、この仰々(ぎょうぎょう)しい試験テストじみたことを、さっさと終わらせたい…… そう考えたエリカが、目を閉じ、魔導具に意識を集中させた。


「うわっ?!」


 小箱を持っていた三人の兵士たちが(どよ)めいた。


 目をあけたエリカの前には、尻餅をついている兵士と、驚いて引き下がった兵士と、棒立ちの兵士たちがいた。


 三人とも、手に持っていたはずの小箱を持っていない。その代わり、カエル・小鳥・猫を両手の内に乗せていた。


 ――小鳥だけは、すぐさま宙をパタパタ飛び回ったが。


「分かった」と、王様が強めに言った。「どうやら、間違っていたのは我々のようだ。――君と我々は()()()()不味(まず)かったらしい」


 最後の言葉は、柔らかい声音だった。


 アルメリアはホッとした顔になっている。


 エリカはというと、動物だった存在が単なる小箱に戻ったのを()の当たりにしたせいか、他の人たちと同様の表情で、呆然(ぼうぜん)としていた。



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