40~41 逮捕状
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アルメリアの部屋の窓からは、もう灯火の明かりは無くなっていた。
ルーフバルコニーの両開きの窓扉をあけたエリカが、アルメリアの部屋へと入る。
――危なかった。
まだ少し、緊張の緩和が大きくて、体がふわふわと浮かんでいるような、そんな生きた心地のしない体感を味わっていた。
エリカがベッドの方を見やる。
アルメリアがいないから、どこにいるのだろうと思って捜していると、椅子に腰掛けて、眠っているようだった。
「全く……」
エリカがアルメリアの肩を少し動かし、
「そんなところで寝てると、風邪ひくわよ?」と言った。
うっすら目蓋をあけたアルメリアが、ぼうっとした顔でエリカを見つめている。
「私…… 眠って……」
「ほら、ベッドへ移動しましょ?」
「はい……」
子供みたいな返事をしてから、半眼のままエリカに連れられて、ベッドに横たわった。
掛け布団を被せたエリカが、膝をついて、エリカの視線の高さに合わせるように体を丸め、両肘をベッドの際に置いて、
「アルメリア、そのままでいいから少し聞いてくれる?」
「どう、でしたか……?」と、アルメリアがぼんやり言った。
「一応、色々と分かったこともあったんだけど…… まだもう少しだけ掛かりそうね。それでちょっと伝えておきたいことがあって」
「なんですか?」
「ひょっとしたら、変な奴らが関わってるかもしれないの。もちろん、ここに来ることは無いと思うんだけど…… 用心して、今から言うことを守ってくれない?」
「分かりました……」
「絶対に見知らぬ人を部屋に入れないこと。今以上に、注意して」
うなずくアルメリア。
「そして、部屋から出ていったりはしないように」
「それはずっと前からしています……」
「確かにね」と苦笑うエリカ。「最後は……」
アルメリアが寝惚け眼でエリカを見つめている。
一応は聞いているみたいだから、エリカは話を続けた。
「あたしが帰ってくるまで、食事もしないように」
「食事、ですか……?」
「うん。あたしが味を確認してから、あなたが食べるの。――いい?」
「どうして、そんなことを……?」
「――今は、ちょっと言えない」
「言えないの、ですか……?」
「ごめんね」
エリカがまた苦笑うと、アルメリアが物悲しそうな表情で、
「同じになっていますね……」
「同じ?」
「バーラント様と……」
エリカがハッとした。
「私は、エリカさんに任せっぱなしの身です…… あなたの言うことを守るのは、当然…… ですわ……」
「――お願いね、アルメリア」
そう言って、エリカが彼女の頭をなでた。
彼女は目を閉じて、そのまま寝息を立て始める。
「おやすみなさい……」
エリカが、静かに言った。
フッと、右手にある革腕輪が目に付く。
彼女はそれをジッと見てから、おもむろに取り外す。
外したら立ち上がって、化粧台の近くに置いてある、アルメリア持参の木製ゴミ箱へ滑り落とした。
底に着いた、トンッという軽い音がする。
しばらくゴミ箱を見てから、再びアルメリアへ視線を送った。
その目の奥には、慈悲と強い決意が充ち満ちていた。
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アルメリアの目蓋が、ゆっくり開かれる。
部屋に差し込む光芒と鳥の鳴き声が、アルメリアの寝惚けた頭を覚醒させていく。
彼女は身を起こし、体を伸ばした。そして、ズレていたスリップの肩紐を戻してから、ベッド上を四つん這いで移動して、際から足を垂らす。
そうして、エリカの姿が隣のベッドに無いことに気付いた。
昨日のことを思い出し、窓際へ行こうとすると、彼女が使っているベッドの上に紙が置いてあった。
それを手に取る。
『行ってきます』という言葉の後に、念のためと、昨日いった注意事項を並べてあった。そして、『おなかが空く前には帰ります』と書いてあって、アルメリアがクスりと微笑む。
置き手紙を折り畳んで、自分が使っている化粧台の引き出しへ入れた。
「あら……?」
下にあるゴミ箱の中に、見慣れない物が落ちていた。だから、アルメリアが拾いあげる。
「これは確か……」
突然、ノックがした。
「――お待ちになって」
アルメリアが扉に向かって言った。
「今、起きたばかりですの」
『かしこまりました』
女中の返事を聞いてから、アルメリアは身支度を整えた。
今日は少し冷えるから暖かい下着を重ね着して、ワンピースを着た。そして、スリップを片付けて、気合いを入れるために髪の毛を折りたたむように結った。
それから、忘れないようにとエリカの革腕輪を手首に装着し、
「お待たせ致しました。どうぞ」
と答えた。
扉が開くと、朝食のお盆を持った女中が頭を下げつつ、
「警察の方がお見えです」
「え? 警察……?」
「こちら、朝食なのですが…… 置いておいても大丈夫でしょうか?」
「え、ええ。そちらへ置いてくださる?」
「かしこまりました」
そう言って、女中が窓際の小さなテーブルへ朝食を置くと、一礼してから立ち去った。
入れ違いに男性――ライールが一人だけ入ってくる。チラリと、他にも男性が何人かいるのが見えた。
「朝から騒々しくしてしまい、申し訳ありませんアルメリア王女」
「ええ、物々しいですわね」
ライールが扉を閉めた。どうやら他の者たちは待機するようだ。
「侍女の方は……?」
「昨日から帰ってきておりませんけれど?」
咄嗟の嘘だった。
「なるほど」
ライールは警官らしい、低い声音で言った。
「どこへ出掛けているかは?」
「存じあげておりません」
「ふむ……」
「あの」と、アルメリアが目を細めた。「何か用件があって来られたのですよね?」
「ええ、もちろん」
言うなり、彼は鞄を卓上へ置いてから、懐へ手を伸ばし、手帳を取り出した。
「私はご覧の通り、国防省の者です。ライール・ディウス・ダーラと申します。ライールで構いません」
アルメリアが手帳を確認し、それをライールへ返した。
ライールは手帳を懐へ戻しつつ、
「実は、あなたの侍女であるエリカさんに、お話がありまして…… ご一緒に滞在しておられると伺ったのですが?」
「ご覧の通りです」
「ここにしばらくいますよ。帰ってくるでしょうし」
そう言って、ライールが近くの椅子を引っ張りだして、腰掛けた。
「――随分とご無礼な方ですね?」
「そういう職業です。あなたの国の人間も、私と同じ立場なら似たようなことをします。どうか、ご理解ください」
「用件があれば、私が言付けしておきます。今すぐにお引き取りください」
「そういうワケにはいきません。彼女を連れて行かなければなりませんので」
「連れて行く……?」
ライールが立ちあがって、鞄に手を入れ、紙切れを取り出した。そうして、広げながらアルメリアの方へ近付いた。
「この書類は逮捕状です、アルメリア王女」




