35 同じ気持ちに、させたくない
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アルメリアの部屋の窓から、灯火の明かりが漏れていた。
ルーフバルコニーの両開きの窓扉をあけたエリカが、アルメリアの部屋へと入る。
「エリカさん……!」
アルメリアが駆け寄った。
「お待たせ、遅くなっちゃった」
そう言って、窓を閉めて鍵を掛ける。
この時間まで帰って来なかったのは、例の使者の男を捜し回ったからだ。
帰って来ていると言うことは、見つからなかったということでもある。
「――どうかしたの?」
エリカが、焦燥感に支配されているアルメリアに気付き、尋ねた。
「こんな物が……」
アルメリアがポケットから、一通の手紙を取り出した。手紙と言っても封筒は無く、半分に折り畳まれているだけであるが。
受け取ったエリカが、中身を読む。
『見ているぞ。死にたくなければ、荷物を置いたまま帰れ』
「――向こうもかなり焦ってるわねぇ」
そう言って、ニヤつくエリカ。
「ど、どうしましょう……」
「どっちに帰ってほしいのかくらい、書いておいてほしいよね?」
手紙をひらひらと動かしながら、少し声を張って言った。
そんなエリカと違って、アルメリアは普通に不安そうにしている。
「――この手紙、どこで受け取ったの?」
真顔になったエリカが尋ねた。
「扉の下に…… ノックが何度もして、あけようと思ったら……」
エリカが扉の方を見やる。そして、手紙をジッと眺める。
「どうやら、あたしたちが邪魔になってきてるから、排除しようって魂胆みたいね」
「えっ? それってどういう……?」
「これ見て」
エリカが手紙の便箋を指差して言った。
便箋の外枠にあたる部分には、小綺麗な装飾線が入っている。
「どこかで見たことない?」
「――あっ!」
そう、いつぞやバーラントが送ってきた手紙に使われていた、高級便箋と同じ紙であった。
「この手紙、あたしが出て行ってから来たのよね?」
「はい、そうです」
「いつ頃、来たの?」
「えっと…… おそらく一時間か二時間後くらいです。多分」
アルメリアが目をつむり、少し上向きになって言った。
「そうすると、あたしがここに到着した辺りで書かれたって感じね」
「いったい誰が……?」
「このタイプの紙を使うのは富裕層だけ。一応、あたしたちも以前に使ったことがあるわよね?」
そう言って、エリカが執務机に向かった。
すると卓上に、あまり見掛けない商品カタログみたいな冊子が置いてあったから、目を引く。今は便箋が最優先だから、とりあえず無視して、卓上にある便箋を一枚、手に取った。
それを脅迫の手紙と一緒に、アルメリアへ渡す。
「一緒です……!」
「と言うことは」と、エリカが人差し指を立てた。「この手紙は、屋敷にいる人間なら誰でも書けたってことになるわね」
「外部の人間の可能性は低いってことですね?」
アルメリアが便箋二枚を、近くの卓上へ置いて言った。
「ええ、ここまで持ってくるには目立ち過ぎるから。あたしみたいに変身できるならいざ知らずね」
「じゃあ、後は誰が出したか…… ですね?」
「ええ。それについて、ちょっと思うところがあるんだけど……」
そう言ったエリカは、今日の出来事とバーラントの調査結果を話した。そこから導き出された彼女の見解は、バーラントの秘密が原因で、婚約破棄となっている可能性だった。
アルメリアは左手で右手の拳を覆うように握り、その両手を祈るように鳩尾に近付けた。
「――アルメリア」と、エリカが言う。「現時点ではなんとも言えないけど、覚悟だけはしておいた方がいいかもしれない」
アルメリアは下向きのまま、ジッとしていた。
エリカは掛ける言葉が無くて、黙っている。
それほど時間はたっていないはずだが、長く感じるほどの沈黙が流れた。
「私は」と、アルメリアが口を開く。「誰がなんと言おうと、あの方の口から真相を聞かない限り、信じません」
「だけど、アルメリア……」
「分かっています」
アルメリアが遮るように言って、エリカを見つめた。その目は覚悟を決めているようだった。
「破棄なら破棄で、もう仕方ありません。そのことについて、とやかく言うつもりもありません。けれど、私は…… やっぱり、あの方の口から言われたいのです。一つのケジメとして……」
開いていたエリカの口が、ゆっくり閉じられた。
――これを否定することが、自分にはできない。
そう思ったときには、フッと、顔の表情が緩んでいた。だから下向く。
「エリカさん……?」
「違うの、別におかしいとかじゃなくって……」言葉を切って、顔をあげた。「あたしも分かるの、その気持ちが」
アルメリアがちょっと驚いたような顔をした。対して、エリカの表情は温和だった。
「――とにかく!」
不意にエリカが言った。
「明日また、この屋敷を調べてみましょ? この手紙は誰が出したのか、目的は何か、バーラントはどこにいるのか……!」
「ええ、そうですね」
アルメリアがやっと笑顔になった。




