25 分かっていたことばかり
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喧噪としたお茶会と、その片付けがようやく終わる。
エリカは休憩のために、中庭のベンチに腰掛けていた。
澄み切った空に、遠方から百舌と鵯に似た鳴き声がしてくる。
「はぁ~…… 疲れた……」
ポツリと言った。
――久々に、仕事らしい仕事をやった気がする。
バーラントとアルメリアだけではなく、王子二人に陛下と王妃、おまけで儀典官まで来て、文字通りの『喧噪としたお茶会』だった。
面子だけ見れば、お昼なのに晩餐会と言っても間違いではないかもしれない。
正直、これにはエリカも参った。お茶を一緒に楽しむどころではない。
特にアルメリアの兄二人とバーラントが盛りあがって、話に付いていけないことがあった。
どうやら王子二人は時折、仕事でベリンガールに出向いた際、バーラントと会っては様々な勝負事をやっていたらしい。それで彼を知っていたのだ。
そうして、バーラントはまだ時間があると言うことで、アルメリアが城の中を案内することになり、お茶会はそこで終わった。だから今、エリカがベンチに腰掛けている。
上体を背凭れに預けながら、背中を伸ばすように仰向けとなり、視界にうつる青空を横切る鳥たちを見た後、右腕を空へ突き出し、手の平をかざした。
手の輪郭が明るく浮かびあがり、太陽のぬくもりを感じた。そして、手首に付いているブレスレットの金具がキラリと光を反射させ、白くなっている。
(結局、あいつの秘密は分からずか……)
王様がいれば口を割ると思っていたけれど、その王様と后様は、バーラントが何をしているのか尋ねることも無く、兄二人も話題を振らなかった。
――当然と言えば当然である。
バーラントが秘密裏に何かをしていて、しかも、自分たちが会いにいったときには、使用人たちを全て入れ替えていたという事実を、エリカたちが教えずに黙っていたからだ。
しかし、彼がアル・ファームに来た理由はハッキリした。
王様が直々に呼んだのと、外交官との会合に出席したからだった。つまり、会合に行くという仕事上の名目に、王様の意向を汲んで日にちを合わせた…… それが昨日であり、今日なのだと言う。
ここまで来ると、エリカは自分の疑惑に対して、疑問を持つようになった。要するに自分が気にし過ぎていたのではないか、という疑念だ。
――エリカにとって、彼はいけ好かないところがある。
気取ったところもあるし、それを鼻に掛けず、自然とやってしまうところが憎たらしい。
お茶会で知ったが、現状維持に甘んじず、今の立場を得るための努力をしてきたというのも腹立だしい。
オマケに婚約者があのアルメリアで、彼女は明らかにバーラントを好きでいる。もはや最悪である。
(こっちの気も知らないで…… あの子は……)
下ろした手をジッと見つめて、そう思った。
バーラント抜きに考えても、多かれ少なかれ、アルメリアはじきに結婚することになる。この世界では年頃だし、当然だ。
一方で、自分はどうなのだろうか?
この世界の婚期は、日本のそれと比べて若干、早い。自分はもう19で、間も無く成人してしまう。
――日本式で考えるなら、誰がなんと言おうと成人である。
振り袖は着てみたかったけれど、絶対に着たいというものでもない。高校もそれほど面白い場所では無かったし、初恋も当たり前のように無かった。思い出としては、卒業旅行のときの罰ゲームで、スカイダイビングをやらされたことくらいだ。
飛行機には多少の興味があったから二つ返事で了承したけれど、落下して無事に着地した後の記憶が無いから、どこかで死んだのかもしれない。
両親は離婚協議中で、ほぼ別れることが確定している状態。
母親は養育費という名目の不労所得に興味があるだけだし、父親は自分がいると邪魔であるということを隠しもしなかった。別の女でも見つけたのだろう。
大学へ行って一人暮らしをすれば、何か変わるんじゃないかと、淡い希望を見い出していたこともあった。
でも現実に、希望なんて無かった。神仏もいなかった。
――いたら、転生したことを喜ぶなんて事態にならないのだから。
そう思うと惨めに思えてきた。
しかし、惨めというには恵まれた人生だ、と言われても仕方が無い。現に、衣住食は潤沢では無いけれど、不足もしていなかった。
――とは言え、幸か不幸かは自分の尺度で決まる部分も大きい。
他人が客観的な事実と言い張って決めるには、あまりにも人生は大きな問題であり、その問題には全知全能の神の出現が不可欠だ。ぜひとも実際に出現してもらいたい。
だが、そんなものはエリカの前に、一度だって現れたことは無い。
今までも、これからも現れないままである。ずっと、現れないままだ。
そうだから、幸せ者というには悲惨であることも、また事実だった。
「日本、か……」
不思議なもので、つぶやきでも声に出すと、毛糸のようにこんがらがった頭の中が、整理されていく。
それでエリカは、ようやく自分の願望に気付くことができた。
――未練があったのだ、あの碌でも無い世界に。
怖がっているのだ、この世界で産まれ育っていない、帰ることができる場所が無いということを。
本来なら、自分はヒロインとなるはずだ。
日本にあるRPGやAVGのみならず、ネット小説にだって、その手の物語が多かったはず。他の人たちが使えない魔導具を使えるし、日本にいた頃の知識が役に立つことも多かった。
だが、転生したエリカの人生は今も昔も、薄氷の上に建っている。たった二年程度の時間しか、この世界に存在していないという事実…… どっちの世界でも友達や知人がほとんどいない事実。頼れる人だって、一人しかいない事実……
その一人はアルメリアであり、自分の一番の理解者である。そういう意味では、彼女だってヒロインと言える存在だ。
――では、そのヒロインが結婚してしまえば、どうなる?
自分と彼女の関係は変化せざるを得ない。
変化すれば間違いなく、自分の居場所が無くなってしまう。
ヒロインは、二人もいらない。
自分のヒロインの座を蹴落とし、アルメリアをヒロインにしてしまう…… 自分の今の居場所を脅かす存在…… それこそ、バーラントその人だ。
彼を嫌う理由はそこにある。
――本当に?
疑う余地は無い。
――本当に?
どこからともなく、自分の内なる声がする。
彼との距離を取るような行動をするのは、彼が秘密を抱えているからなのかと。
今の生活が失われる可能性があるという、そんな子供染みた思いが原因なのかと。
せっかく新しい世界に来たのに、また元の世界のようになってしまうのが怖いからなのかと。
「エリカさん」
背後にある建物の、二階の方向からヒロイン――アルメリアの声がした。
あけられた窓には、彼女とバーラントが並んで立っている。
しかし、もう一人のヒロイン――エリカは前を向いたままだ。
「……?」
「お~い!」
バーラントが呼び掛けた。
「どうしたのでしょう?」
「下に下りてみようか」
二人の声が聞こえるたび、エリカの不安と虚無感が増大していった。




