助っ人 くーちゃん誕生(4)
“鋼の翼”のリーダー“ファン・アルベルト=レオン”はその光景に唖然としていた。
彼は高貴な生まれであった。
伯爵家の三男として生まれた。既に後継ぎと補佐は二つ上の兄達に決まっていたので後継者争いをすることもなく彼は自由に育った。
自由に育ったとはいえ、良識ある両親と兄たちによりしっかりと教育をされたので傍若無人な子になることはなかった。
ファンは二人の兄たちと違い知識は劣るものの、剣術とカリスマにとても優れていた。
幼き頃からその才能を発揮し、瞬く間に聖騎士候補とされていた。
だが、しかし。
ファンは幼い頃から“英雄”というものに憧れを持っていた。
英雄という称号は、大きな偉業を成しえて与えられる称号。
その称号は勇者と同等の価値があり、王族にも意見できるほどの強い称号でもある。
聖騎士では、王国に眷属しているので英雄の称号は得られれない。
この名を更に広めるのであれば聖騎士と言わず、勇者に値する名が相応しいと彼は両親の反対を振り切り冒険者となった。
勿論彼のカリスマは発揮され、短い期間で金ランクにまで登りつめた。
その異例の成長には多くの人から注目を集め、また賛美された。
白銀ランクも目前だ、と考えていた矢先に魔物の暴走が発生し、緊急招集をかけられた。
「頼んだぞ、ファン。君だけが頼りだ」
「任せてください、魔物の暴走など俺が簡単に収拾してみせますよ」
「さすがだぞ!ファン!!」
ギルドマスターから白銀ランクがほぼ出払っており、頼りは貴方だけだとお膳立てされファン・アルベルトは既に英雄気取りでもあった。
魔物の暴走など大昔の出来事で、いまの冒険者や自分たちの実力であれば簡単に解決できる。
自分がこの魔物の暴走から国を救い英雄になるのだと、彼は信じていた。
「おい!こっちにも魔術師を回してくれ!!防御壁が破られる!」
「無理だ!魔力の回復が追い付いていないんだ!」
「くそ!魔力回復薬が尽きたぞ!」
「商業ギルドからの支援物資はまだなのか!?」
「物資は諦めろ!裏門から魔物が押し寄せてきて、そっちを対処しているんだ!」
「作戦が全然違うじゃないか!」
まるで騒音のように多くの冒険者や騎士たちの会話が響きあう。
いや、実際怒鳴りあって会話をしているのだから、騒音そのものだろう。
だがそれも致し方ない。
商業ギルドや冒険者ギルドがかき集めた支援物資も底をついてしまったのだ。支援がつきても、魔物は止まらない。
いったいなぜ、このようなことになってしまったのか。
押し寄せる魔物を抑える光景を、ファンは静かに見つめていた。
この戦いが終わればファンは英雄になれる。
魔物の暴走なんて大したことではない。自身のカリスマや剣術があれば、たとえ足手纏いな部下がいようと問題ないと信じていた。
だが、結果蓋をあければ、知能もあり尚且つ喋る魔物が魔物の暴走の魔物達を引き連れ攻めてきた。
知将がいるといないとでは、戦いは全く変わってくる。
そしてファンは無残にも知将により深手を負わされ、退却する姿を大勢に見られることになった。
こんな展開聞いていない。
知能もあり尚且つ喋る魔物がいると知っていれば、早急にナストリアから出ていたのに。
周囲から失望の眼が、嘲笑う声が聞こえる。
あんなにも意気揚々に宣言しておきながら無様な姿を見せ、おめおめと逃げ帰ってきた弱者だ。
ファンの耳には、そう聞こえた。
実際は、目の前の魔物の暴走に集中しているので、そんな陰口など叩く暇さえない。だが思い込んだ彼は気付かない。
「くそ、くそ!!」
「ファン様、落ち着いてください。傷によくありません」
「うるさい!」
ファン・アルベルトはメンバーの回復術士である隊員に腹を治療してもらいながら屈辱に唇を嚙みしめた。
無様に負けただけでも許せないのに、さらに亜人に救われるなど高貴な生まれとして、冒険者となり隊員を導いてきたプライドを踏みにじられるものだった。
この怪我が治療したら必ずこの屈辱を晴らしてやると怒りを募らせる、とファンは親指の爪にかみついた。
「た、大変だ!!敵が暗黒影竜を召喚したぞ!」
「なっ!」
城壁で魔物の侵入を防いでいた騎士が周囲に知らせるように大声で叫んだ。
その内容にほとんどの人間が青褪めた。暗黒影の恐ろしさは魔術師だけでなく冒険者でも知っている。
だがより彼らを絶望に追いやるのは、いまこの場に暗黒影に対抗できる魔術師などいない事実だった。
「亜、亜人!あの亜人は!?」
冒険者も騎士もみな、亜人だと差別しつつも敵大将の鮮血将軍猪人族と渡り合える力を持つ暁であれば勝てるのではと期待していた。
「馬鹿やろ、さっきの戦いで見ていただろ。あの鬼人は物理攻撃が主だ」
「よりによって一番相性の悪い奴が出てくるなんて」
物理攻撃が通じない相手に、勝ち目などあるはずがない。
「ッ!おい!攻撃が来るぞ!」
「みんな身を守れ!」
暗黒影竜の竜の吐息で防御壁が砕け散る。その衝撃で何人かが吹き飛ばされたり、魔力枯渇を起こし倒れる人々で溢れかえった。
ファンの傍らで治療していた回復術士もまた衝撃で気絶してしまった。
もはや外で戦っている冒険者や暁達以外は絶望に染まり戦意を喪失しかけていた。だがそんなことは暗黒影竜には関係もないし、知るはずもない。
再び竜の吐息を放とうとする姿に、ファンは他人事のように考えていた。
あれを食らえば大門は破壊され、魔物が押し寄せ蹂躙が始まるだろう。
英雄にもなれず無残に犬死なるのか、とファン・アルベルトは怒りも忘れ、ただ死を待った。
待ったはずだった。
「 聖なる審判!! 」
突如曇天の天空から響く声と、魔物を貫く光の刃。
冒険者を避け、魔物だけを貫くなど余程魔力のコントロールが出来ていなければ難しい。
そしてナストリアの前門を覆うくらいの巨大な暗黒影竜をも、その光の刃は貫いていた。
魔物は皆全滅し、大将首を残したまま魔物の暴走は終結した。
「ど、うなって」
「暁さん!」
一体何がどうなっているんだ、と混乱を口に出そうとした瞬間、それは舞い降りた。
白銀色の髪を靡かせ、まるで海の色を表すかのように美しい蒼い瞳を持った天使が空から舞い降りる。
天使は、鬼人という亜人の元へ舞い降りその小さな体を受け止められていた。
「・・・う、美しい」
ファン・アルベルトは高鳴る鼓動に酔うように頬を赤らめ、天使を見つめていた。
さながら彼女は窮地に駆けつけた天使だ。
そう、ファン・アルベルトの危機を救うために天から降ってきた天使に違いない。
鬼人の傍に落ちてきたのはきっと偶然だったのだろう。
ほら、まだ魔物の暴走の主格が残っているからだ。
「ファン様!はやくこちらに!!」
「急げ!重傷者はこっちに!」
魔物がいなくなり勝利に沸き立ちながらも前線で戦っていた冒険者や騎士たちが怪我人の治療を、と周囲が騒ぎ立てる。
ファンの取り巻きたちも急いで治療をするためにと全員で担ぎ上げた。
だが、今だ自分の世界に入っているファン・アルベルトは周囲の変化に気付かないまま、うっとりとした状態でシノアリスを見続けていたのだった。
と、シノアリスが知らないところで妄想が繰り広げられているなど夢にも思わず。
シノアリスは必死に暁の姿を探していた。
そして上空から暁の姿を見つけ、くーちゃんにその場に急降下してもらった。
段々、暁の姿が近づくにつれシノアリスは耐え切れず魔法の絨毯から飛び降りた。
「ごしゅじんさま!?」
後ろで焦ったくーちゃんの声が響くが、シノアリスの視線は暁のみに注がれている。
「暁さん!」
「シノアリス!?」
本来であれば、ここにいるはずのない声に暁は声の先へ顔を向けた。
なんと空から降ってくるシノアリスに暁は驚きながらも、慌ててその身を受け止めるために両腕を広げ受け止める。
「暁さん!ご無事ですか!?怪我は!怪我はないですか!?」
「シノアリス、落ち着け。俺は大丈夫だ」
暁の腕に抱きとめられた瞬間、シノアリスは即座に暁に怒涛の質問を繰り返した。
本人の申告では信じきれないのか、全身を確認する。
衣服はボロボロだが、どこも重傷を負っていない様子にシノアリスは安堵に涙を滲ませた。
「よ、良かったぁぁあ」
震える体を隠せないまま、シノアリスは暁の体にしがみつく。
間に合ってよかった、暁が無事でよかった。
表情から声から全身から安堵を見せるシノアリスに、暁は心が温かくなるのを感じた。
鬼人は人とは違い、その強度は凄まじい。
だから暁は奴隷商で何度も嬲られた。玩具にされ、実験に使用され、ただ毎日が地獄のような日々を味わい続けた。
だが奴隷でない鬼人が目の前にいれば人は怯え、恐怖し、悲鳴を上げて逃げ去っていく。
たとえ鬼人の性格が穏やかなものばかりだと言っても、その見た目と力で人は恐怖する。
だからこそ、暁は前線に立たされた。
シノアリスも鬼人の強さや強度を知っているはずなのに。
「ぅ、ぅぇッ・・暁さんが無事で、良かったぁ」
小さな体を震わせて暁の無事に安堵し、暁の為に涙を浮かべている。
それが酷くこそばゆい。
暁は己の腕の中で涙を浮かべ鼻水を啜っているシノアリスの背を、壊れ物を扱うように優しく撫でた。
「ナ、ゼだ・・・ナゼ、人間が・・」
不意に聞こえた掠れ声にシノアリスと暁の視線が向けられる。
そこには闇魔法さえも破れ、魔力が尽きたのか地に倒れている鮮血将軍猪人族は信じられない思いで暁達を見ていた。
・英雄
大きな偉業を成しえて与えられる称号であり、王族にも意見できるほどの強い称号。
また王国に眷属している聖騎士では、英雄の称号は得られない。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
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更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
くーちゃん爆誕は現時点で書きたかった話なので、少し力は入ってます。決してロリコン爆誕に力をいれた訳ではございません。




