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狼の鉤爪(7)

カシスの怒りに満ちた声にマリブとルジェはどういう事だと状況が理解できず首を傾げた。だが怒り心頭のカシスには、彼らの様子に気付くことなくシノアリスに再度声をあらげる。


「俺が時間を稼ぐから、お前はナストリアに戻って応援を呼んで来い!そう言っただろ!」


護衛対象を逃がすのは当たり前だ。そのための護衛なのだから。

また自分たちは獣人、人間よりも体の強度は強く力も違う。簡単にはやられはしない。だから一番非力なシノアリスを逃がすために、カシスは囮を買って出たのだ。

その状況を察したのかマリブとルジェもシノアリスの行動に若干渋い顔をした、のだが。


「痛みに悶えていたので、それどころではありませんでした」

「は?」

「カシスさん、私の返事とか提案とかあったのに聞く前に放り投げるから」


わたし、顔面から地面に突っ込んだんですからね。

若干恨めしそうな声でシノアリスは言った。


あのとき、獣人に戻ったカシスは見ていなかったが放り投げられたシノアリスは、咄嗟のことで上手に受け身が取れず顔面から地面に激突したのである。

さらに、その勢いのままスライディングもしていた。


その言葉に、3人の視線がシノアリスの顔へと集中する。さきほどはカシスの件で焦っていたのと暗くてよく見えなかったが、良く観察すればシノアリスの額は赤く腫れ擦れた痕が痛々しく残っていた。


「「「・・・・・」」」

「逃がすのであれば、もう少し丁寧に扱いましょうよ」


シノアリスの言葉に、マリブは速攻カシスの頭を押さえつけて一緒に土下座をし、ルジェもまた謝罪をしながら手当をしようとバッグから手当一式を取り出していた。


「まぁ、カシスさんが、無事でよかっ・・・た」

「アリスちゃん!?」


ボフッと崩れるようにカシスの膝へと顔面へと倒れこんだ。

その様子にルジェの焦った声が響くも「すぴー」と何とも間抜けな鼻音に全員の動きが止まる。

そっと顔をのぞき込めば、シノアリスは安らかな顔で眠っていた。


彼らは知らない。

今日という日に興奮し眠れなかったことや準備などをぎりぎりまで行っていたので全く寝ていないことを。

また、いざ夢の世界に旅立とうとした矢先に魔物の襲来で、無理矢理起こされたことを。

さらに痛みと怒りによる火事場の馬鹿力で動いていたので体力が限界突破していた。

つまりは眠すぎて意識が限界だったということだ。


ぐーぐー、と寝息を立てるシノアリスに彼ら全員が脱力したのは言うまでもなかった。



とりあえず場所を移動しようとマリブの意見に、全員が賛成した。

いくらブラックタランチュラの死骸があると言えど、場所は移したい。ルジェは寝ているシノアリスを抱き抱えようとしたが、それよりも早くカシスが背中へと背負ったのだった。

その様子にマリブとルジェは驚いたようにカシスをみるが、自分が運ぶと頑なに譲らないカシスに2人は微笑まし気に笑いながらシノアリスをカシスに託した。


「そういえば、お前ら奥でなにがあったんだ?」

「ブラックタランチュラの所為でブルートレントが押し寄せてきてね」

「丁度俺たちが遭遇してしまってな」


ブラックタランチュラはトレントなど植物は食べないので、彼らをスルーし魔物を追いかけてきたようだ。だが対峙していたのがブラックタランチュラであれば、彼らはここにいなかっただろう。

遭遇したのがブルートレントでよかったとカシスは内心安堵した。



「そういえば、ねぇ、カシス」

「・・・んだよ」

「アリスちゃん、俺たちが獣人なの何も言わなかったね」

「・・・そういえば、俺たちも焦っていたがあの子悲鳴すらあげずに解呪の針を渡してくれたな」


マリブもルジェも本来の姿ではなく人間に偽装していた。

だが戦闘となれば獣人の姿でないと力は存分に発揮できない。ブルートレントや魔物と接触したときはルジェがシノアリスをその場から引き離し、マリブが元の姿に戻り討伐する手筈だった。


獣人が人間に対して良い印象がないように、人間側も獣人に良い印象がない。

それが獣人たちの中での認識だった。


本当に変わった子だな、とマリブとルジェは涎を垂らし眠るシノアリスを見つめた。シノアリスを背に抱えたカシスも何かを思っているのか、少しだけ抱え直すように腕を動かしたのち小さくつぶやいた。


「そんなの此奴が底抜けのアホなだけなんだろ」


そう悪態をつく声は、どこか少しだけ震えていた。




***

シノアリスは夢の中にいた。

そのベッドはふわふわとごわごわの中間で、だけどとても暖かい。自身が改良した超絶安眠抱き枕も最高だが此方も中々。

だが1つ不満を述べるとするならば。


「なんか汗臭い!」

「うるせぇえ!文句言うなら起きろ!」


独り言を言ったつもりが怒鳴り声で言い返されたことにシノアリスはハッと目が覚める。

視界には真っ赤な毛並みが映る。

顔を少しだけ上げればピクピクと動く小さな耳。人の耳ではない獣耳。


「おはよう、アリスちゃん」

「へ?・・・・ルジェさん?おはよう、ございます?」


噴き出す音や笑い声が左右から聞こえ、挨拶をしてくるのは茶毛の獣人。毛深いのか目元まで覆われて全く見えない。

ふとシノアリスはルジェの姿と被り、ルジェの名を呼んでいた。

向こうが訂正しないことからルジェで間違いないのだろう。


「すまんな、どうしても戦った後は汗を掻くからなぁ」

「マリブさん?」

「正解だ、シノアリス嬢」


黒毛の獣人も、マリブの姿と被ったのでマリブの名を呼べば返事をしてくれる。

では残る赤毛の獣人はカシスだと断定する。

昨日は寝不足で記憶が若干曖昧な部分があった。シノアリスはぼんやりと思い出すように頭をひねるも。


「あれ?ブラックタランチュラは?」

「あれならあの場所に置いたままだ」

「えぇえええ!困ります!それ困ります!あれはおっちゃんに串焼きにしてもらうんです!いますぐ!いますぐ取りに戻りましょう!!」

「うるせぇな!後で取りに戻ってやるから大人しくしてろ!」

「絶対ですよ!あの珍味が無くなってたらカシスさんの耳齧りますからね!」


ギャー!ギャー!!と騒ぐカシスとシノアリス。

その空気は決して獣人を畏怖するものではなく、まるで仲間のようなやり取りでもあった。


「え?シノアリス嬢、あれ食べるつもりか?」

「屋台のおっちゃんは何者なんだろうね」





昨夜のブラックタランチュラやブルートレントの数を減らしたお陰でスムーズにスズの湖にたどり着いたシノアリス達。

目的であった“キシジル草”を採取するため、シノアリスはエクストラスキルを使用し、高品質の採取方法で採取していく。

ルジュも興味深く採取を手伝ってくれたので作業は素早く終わった。なお、ブラックタランチュラはマリブが回収に行ってくれるというので、シノアリスはマリブに収納スキルが付与された麻袋を渡し回収をお願いした。


「おい」

「はい?」


マリブが戻ってくるまで休憩していたシノアリスの元にカシスが近寄ってきた。

なにかシノアリスに言いたいのか、何度か口をもごもごさせては躊躇している。お手洗いにでも行きたいのだろうか。


「あ、りがとう。お前のおかげで、その・・・助かった」


もしシノアリスが解呪の針を渡さなければ、右肺が呪われていることに気付けなければカシスは此処にはいなかった。

ありがとう、と深々と頭を下げるカシスにシノアリスは笑顔で受け取った。


「・・・あの呪いは、人間から受けた呪いだ」


重々しく発せられたカシスの言葉にシノアリスは、やはりと納得する。

人の臓器も獣人の臓器も変わりはない、肺は確かに片方はほぼ石化に近い状態だった。だが心臓の部分は刺されておらず呪いがゆっくり進行するように斬りつけられていた。

正直、拷問以上に酷いやり方だ。

カシスがシノアリスが獣人領に行ってみたいと言ったときの言葉が今なら理解できる。カシスのような被害者からすれば悪意を振るう人間を歓迎する獣人は多くないことを。

だけど。


「俺達、獣人は人間を信用できない。それは覚えてろ」

「はい、でも」

「?」

「獣人の中にもマリブさんやルジェさん、それにカシスさんという優しい獣人がいることも覚えておきます」


シノアリスの言葉にカシスは息を飲みこんだ。

僅かな時間だが、シノアリスはマリブに助けてもらった。ルジェは知識を教えてくれた。そしてカシスは人を恨みながらもシノアリスを助けようと呪いの危険に晒されながらも戦ってくれた。


「・・・そうかよ」

「はい」

「なら好きにしろ」

「はい」

「底抜けの大バカもんが」

「・・・うーん、暴言がひどい」


一件突き放すような物言いなのに、カシスの声はどこか柔らかい。

カシスもシノアリスも、それ以降互いに口を開かずに太陽の光で反射しているスズの湖を眺めた。

その様子を微笑ましく見ていたルジェは、此方に向かってくるマリブに気付き2人に声を掛ける。


これでシノアリスの護衛依頼は完了だ。

依頼達成により、報酬である金貨と変身薬、特効薬をマリブに渡す。ふと報酬を受け取ったマリブは気になっていたことをシノアリスに問いかけた。


「シノアリス嬢、帰りはどうするつもりなんだ?」


あの依頼書はあくまでスズの湖までの護衛であり、帰路についてはなにも触れていなかった。

もし1人で帰るつもりなら恩返しに護衛をさせてほしいという思いもある。だが、当のシノアリスは笑顔である物を見せた。


「これで帰れますから大丈夫ですよ」

「「「・・・・」」」


シノアリスが見せたのは黒猫マークが入った赤色のランタン。

だが、冒険者であればだれもが見たことはある“転移の灯”という名の簡易転移魔道具である。


あの有名な放浪の錬金術士が作成した魔道具。

一方通行でしか利用できないが、火を灯せば、最初に火を灯した場所の付近に戻ることが出来る超レア級の魔道具である。

お値段は金貨500枚はします。


「え、ちょ・・・それ、高級・・」

「じゃあ灯しますねー!」


実はこの子、貴族のお嬢様ではないのだろうかとマリブは若干戦慄した。ルジェはもはや白目を向いている。

だから帰りの護衛についてはなにも書いてなかったんだ、と理解する。

寧ろ高級なアイテムを躊躇せずに使用するシノアリスが怖い。

ドン引きしているマリブとルジェに首を傾げつつも、シノアリスはランタンに火を灯せば金色の光がマリブ達の周囲を囲むように円が広がる。


光に包まれ、瞬時に光が散った時にはナストリアが見える街道に戻ってきていた。

ポカン、とするマリブ達を置いてシノアリスは早速調合の準備をせねばと浮足で正門へと向かおうとするが何かを思い出したようにマリブ達に向き直る。


「マリブさん、これ」

「ん?手紙??」

「実はですね」


スズの湖への出発の日、シノアリスの宿泊する施設にロゼッタが訪れたことを説明した。

そして無事依頼が達成され、ナストリアに戻ってきたら必ずマリブに手紙を渡すよう言づけられたという。

マリブも不思議そうに首を傾げたが、シノアリスから手紙を受け取った。


「あ!カシスさん、これオマケであげます」

「あ?んだ、これ」

「アリスちゃんお手製の電光石(らいこうせき)です」


それはブラックタランチュラを倒した時に使用した琥珀色の石だ。


「これ石を割れば落雷レベルの電撃が10発くらい発動するんで是非なにかにお役にたててください」

「・・・!?んな物騒なもん渡すな!」

「頑張ってください!」


獣人は人間よりも力があります。

琥珀石もカシスが手加減を間違えれば簡単に割れるくらい。まるで爆弾を手渡されたかのように青褪めるカシスにシノアリスは親指を立てながら他人事のように応援する。

もう用件はありませんと返品しようとするカシスを無視して正門へと駆け足で走っていったシノアリスにカシスは怒りの声をあげた。


だけど、その顔は嫌悪からではなく友人同士のような親しみに満ちた顔だった。













「おっちゃーん!おっちゃあぁあああん!これ調理してぇええ!」

「馬鹿野郎!魔物そのまま持ってくる奴があるか!せめて解体してこぉぉい!」



その日、巨大なブラックタランチュラの解体に解体専門の人材総出で駆り出されたのだった。


電光石(らいこうせき)

シノアリス特製属性魔法を限界まで圧縮した石シリーズの1つ。琥珀色に輝いているが、割れば200万ボルトの電撃いきます。

販売はしていません。

一度ロゼッタに売り込みをしたが「絶対ダメです」と却下されたため、御蔵行きの一品。


・転移の灯

一方通行でしか利用できないが、火を灯せば、最初に火を灯した場所の付近に戻ることが出来る超レア級の魔道具。

使い切りなので一回しか使用できないが、お値段は金貨500枚は必須。



***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


子供の頃、動物の背中や腹に顔を埋めて眠るのが夢でした。

現実愛犬の腹で試しましたが、香しい獣臭とアレルギーでのクシャミで地獄を見ました。所詮夢は夢なんですね。(涙)

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