割り引きセールは死ぬまで続く
銀座線に乗って田原町で降りたケンイチの目に最初に飛び込んで来たのは、駅横の仏具屋の前に立つ、二体の観音様だった。
二体とも銅で出来ており、台座を含めると高さ三メートルほどになる。ようは、お寺の境内でよく見る観音様だ。手前に賽銭箱が置いてあって、たいていの参拝客が拝んでいる観音様だ。
ただ、そんな観音様の足元には白い値札が付いている。左の像が百二十三万円で、右のが二百八十万円。二体とも似たような造りなのに倍以上も値段が違うのも不思議だし、本来ならお寺で崇高な存在であるはずの観音様に、値札がついているということ自体が妙にリアルだ。
駅からかっぱ橋道具街のほうへ進むと、通りには似たような仏具屋がいくつも並んでいた。
だいたいの店のショーウィンドウには、大きさや形が違う位牌がいくつか並んでいる。つまり、位牌は仏具屋の看板商品ということか。
考えてみるとたいていの日本人は死んでから位牌を必要とする。ということは、位牌は最終的に国民の数だけ売れるという隠れたヒット商品なのかもしれない。
ショーウィンドウをよく見てみると、それぞれの位牌に小さな値札が付いている。
当然といえば当然だが位牌もモノによって値段が違うのだ。
二軒目の仏具屋では、いちばん小さいのが一万二千円で、次が一万七千円、もっと大きいのが二万四千円で、観音扉付きになると三万二千円もする。
原価にいくらかかっているのかは想像もつかないが、どれも宗教パワーが加わって、かなり割高な定価が設定されているような気はする。
また、ある仏具屋のドア横には「開店五十周年セール中」と書かれているポスターが貼ってあった。この店ではどの仏具でも今買えば、定価の二割引きになるらしい。
割り引きといえば最近、アケミがケンイチの夕食用にスーパーで買ってきた惣菜のパックには値引き品が多い。アケミが惣菜を皿に移した後にごみ箱に捨てたパックにはたいてい、値引きシールが貼られていた。
たしか、きのうの晩ご飯に出た「ひじき煮」のパックには三割引きのシールが貼ってあった。おとといの「ポテトサラダ」には四割引き、三日前の「きんぴらごぼう」には半額……。四日前の「白菜の漬物」には「おつとめ品」と書かれたシールが貼ってあって、定価の二割の値段になっていた。
出来上がりから少々時間が経っていても、味はたいして変わらないし、所詮同じ品と考えると安いほうが得だ。
しかしケンイチは、アケミが何気なく捨てた値引きシール付きのパックを見るたびに、何となく虚しさを感じていた。
ショーウィンドウに並ぶ位牌を見ながらケンイチは思った。もし自分が先に死んだら、きっと自分の位牌もセール品になるのだろうと。