商人ギルドからの手紙
「えっと、それじゃあまた来ます。今度は美味しいお菓子でも持ってくるので楽しみにしていてください」
「おお、アルナ楽しみにしてる」
「いや、アルナじゃなくてガガールドさんに対してだからな?」
「レインのケチ」
ガガールドの前で、アルナとレインの夫婦漫才のようなものが繰り広げられる。あの冷淡で何事にも動じない魔王アルナが、こんなやり取りをするなんて誰が想像できただろうか。
それに、アルナに対して対等な立場で話せるレインにも驚きだ。魔王が相手なら普通は委縮しそうなものだが……それだけお互い信頼関係が強いらしい。
「しょうがないな。帰り道に店を少し探してみるか」
「混血種たちの中にお菓子を作れる人がいたはず。顔は何となく覚えてる」
「じゃあその人を探そう。せっかくこの地域に来たんだし」
レインたちが背を向けて倉庫を出ようとする。扉に触れるともう一度こちらを振り返り、小さく礼をして。
ガガールドの心には焦りがあった。このまま帰らせていいのか。伝えるべきことがまだあるのではないか。
まだ言葉が全然まとまっていないものの、レインが扉を開ける前にガガールドは呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ」
「……? どうしました?」
「その……なんだ。次に来る時は腹を空かせておいてくれ」
「え? えぇ、分かりました。でもどうして――」
ガガールドの言葉の意味がよく分かっていないレインに、アルナはこそっと耳打ちをする。
「混血種が一緒に食事するってことは、信頼の証みたいなものだよ。良かったね、レイン」
「そ、そうなのか⁉」
レインが慌てて顔を上げると、ガガールドは少し照れくさそうな表情をしていた。
その隣で元気になったリヴァルが手を振る。
「レインさん、ありがとうございました! また来る日を待ってます!」
「アルナ様がいるから心配ないと思うが、魔物には気を付けて帰ってくれ」
「は、はい! またよろしくお願いします!」
自分を認めてくれたこと――それが嬉しくてレインの声はいつもより大きかった。
ガガールドたちに見送られて、レインの足取りも軽い。倉庫からあっという間に混血種たちの元へ戻って来た。
気を張った空間を抜けたからか、ドッと疲れが押し寄せてきた気がする。レインは声を漏らしながら軽く伸びをした。
「アルナ、今日はありがとう。最初はどうなることかと思ったけど、来て良かったよ」
「レインが気に入ってくれたなら嬉しい。きっと彼らも喜んでるはず」
「アルナが優しい英雄ってことも知れたしな」
「……美化されてるだけなのに。まあいいけど」
優しい英雄という称号にムズムズするアルナ。アルナ的には、強い魔王という印象でいて欲しかったようだ。
きっとアルナなら、混血種以外の様々な存在に手を貸していそうではある。アルナは自分から語る性格でもないため、このことを知っている存在はかなり少ないだろう。レインはその一人になれたことを誇りに思えた。
「確か、帰りに寄り道するんだったっけ」
「うん。お菓子貰って帰る」
「それだけでいいのか? その……俺からも何かお礼がしたいんだけど」
「レインから? んー……えっと。どうしよっかな」
アルナは顎に手を当てて考える。レインからどのようなお礼を貰うか頭をフル回転させている最中だ。
レインは何気なく言ってしまったが、この長考はちょっとマズいかもしれない。何かとんでもないものを要求されるかも。
アルナのことだから「お礼に結婚」とか当たり前のように言ってきそうである。
最初に条件を設けておかないと大変なことになりそうなため、レインは慌てて一言付け加えた。
「あ、何か物をプレゼントとかだとありがたいかな!」
「……え。物じゃないとダメ? どうしても?」
「も、もちろん場合によるけど……変なことじゃない限り」
それを聞いて、アルナは少しモジモジしながら言った。
「頭……撫でてほしかった」
「頭? そんなことで良いのか?」
「んと、それじゃあ歩く時に手も繋いでもらう」
「それくらいならお安い御用だけど……本当にこれでいいのかな」
レインはアルナの要望に応え、ポンと頭の上に手を置いてナデナデと動かした。
やり慣れていないということもあり力の加減が難しいが、とにかく形にはなっているはずだ。
肝心のアルナは、目を閉じて猫のように身を任せている。ひとまず文句は言われなさそうで安心した。
これくらいのことならば、別にいつでも頼まれればしてあげるのに。それに、頭を撫でられることの何が良いのだろうか。レインは不思議に思いつつも、満足そうなアルナを見て考えることをやめた。
「レインだと落ち着く。ずっとやってほしい」
「流石にずっとは大変だな……」
「それならあと五分。せめて三分はこのままがいい」
アルナは時間がくるまで、その場を意地でも動こうとしなかった。歩き始めたら終わってしまうと分かっていたからだ。
そんなに良いものなら、自分もちょっと試したくなってしまう。レインで言うところの肩を揉んでもらうような感覚だろうか。
アルナレベルの強さだと、力の加減を間違えただけで大怪我に繋がるため気軽には頼めそうにないのだが……。
「――ん? 何かの鳴き声が聞こえる。レイン気を付けて」
「わっ⁉ ビックリした……鳥か」
レインとアルナの上空を飛行していた鳥が、フワッと地上に降り立つ。急に視界に現れたため驚いた。とりあえず攻撃しようという意志はなさそうだが、油断はできない。
「この鳥、多分レインの顔を知ってる。たまたま降りてきたわけじゃなさそう」
「人間界からの追っ手か? だとしたらこの場所がバレたことになるけど……」
「待って。何か落とした。紙?」
鳥は口に咥えていた物を落とすと、バサバサと羽ばたいてどこかに行ってしまう。
レインはすぐに駆け寄ってそれが何なのかを確かめようとした。
それは紙というよりは手紙。差出人の名前はなく、本文しか書かれていない。わざわざ魔界にいるレインを探して手紙を出す理由とは。人間界から送られた物なら、レインが生きていることを知っている者ということでかなり差出人も限られてくる。
「どれどれ」
「何て書いてあるの?」
レインはアルナと一緒に手紙を広げて見る。
人間の文字に詳しくないアルナでも分かるように、書かれていることを口に出しながら読んでいった。
「レイン、お前の力が必要だ。今までのことは全て謝罪する。国王にバレないようにすることも可能だ。お前の影響力は我々が想像していた以上のものだった。商人ギルドも厳しい状況にある。だからどうにか和解できないか――だってさ」




