休憩中の二人
「ふぅ、疲れた。一旦休憩するか」
(はっ! 時間のこと何も考えてませんでした! もうそろそろお昼だ!)
客も一旦落ち着いて、レインは軽くストレッチを始める。
結局リリアは、あれからずっとレインのことを眺めていている時間を過ごした。これじゃいけない。
確かレインには昼頃到着するというメッセージを伝えたはず。このままだと二回目の遅刻だ。
木陰で慌てているリリア。そんなリリアに対して――。
「リリアー? いるんだろー?」
「え?」
レインは「おーい」と、どこかにいるであろうリリアを呼んだ。
名前を呼ばれてしまったなら、帽子とサングラスで変装したままであるがリリアも出てこざるを得ない。
木陰から覗く小動物みたいに姿を現した。
「き、気付いていたのですか?」
「結構序盤からな。何だかリリアみたいな人がいるって思ってたよ」
「そ、それなら、声をかけてくださったら良かったのに……!」
「いや、変装してるからバレたくないのかなぁと。どうして遅刻するなんて嘘をついたんだ?」
ギクッとリリアは怯む。
しかし、レインに隠し事をしても仕方がないと悟ったのだろう。
すみませんとその理由を告げる。
「実は……レインさんの仕事を観察してみたくて。パートナーになるためには、仕事をちゃんと覚えないといけないので……」
リリアは隠すことなく正直に伝えた。レインに迷惑をかけるつもりではなかったとのこと。
何もかも質問してばかりではレインに申し訳ない。だから最初に知識を付けたかったのだろう。彼女は授業の前にちゃんと予習をしてくるタイプだ。同時にリリアの熱意も窺える。
「すみません……勝手なことをして」
「いや、気にしてないよ。むしろ、俺の仕事に興味を持ってくれて嬉しい」
レインの言葉を聞いて、リリアの表情はパッと明るくなった。不快にさせたかもしれないという不安が心の中にあったらしい。レインとしては、怒るどころか喜ばしいことなのだが……もしかしてそんな短気に思われているのだろうか。
とにかくリリアの気持ちは嬉しい。出来る限り彼女の願いに応えたかった。
「……リリアが良かったらなんだけど、昼からの仕事を一緒にやってみないか?」
「え、え? 良いんですか? きっと今の私じゃ邪魔になってしまいそうで……」
「誰しも最初はそんなものさ。それに、やっぱり隣でいてくれた方が成長できると思う」
「そ、それでは、お言葉に甘えます!」
いきなりの提案過ぎてリリアは戸惑っていたが、ここで引いていてはダメだと覚悟を決める。レインが直々に仕事を見せてくれるのなら、リリアの選択肢はもう一つだけだ。これもパートナーとなるための第一歩。リリアは気合を入れる。
「私、何でもやりますので! どんな作業でも遠慮なく言ってください! 掃除ですか! 接客ですか!」
「えっと、とりあえず昼食にしないか?」
「あ、そうでした……! まずはご飯ですね!」
おっとっと、とリリアは荒ぶる自分を抑えた。今日の自分は空回りしない。
言われてみれば、確かにお腹も空いた気がする。久しぶりにレインと一緒の昼食だ。
これならお弁当でも作ってくれば良かった。いや、こうなるとあらかじめ予想して作ってくるべきだった。
リリアは軽く反省しながら、辺りで美味しそうな店を探す。
「あ、エルフの出張パン屋さんですね。あそこはどうですか?」
「いいね。エルフはどの店も美味しいんだよな」
「ですよね! 私も大好きです」
リリアが見つけたのは、エルフが営むパン屋。一か月に一度、中央地にやってくる出店だ。味は確かでファンも多く、油断しているとすぐに売り切れてしまう。
たまたま見つけられるなんて運が良い。混雑に巻き込まれる前に、二人はその店に駆け寄った。
「いらっしゃいませ~。どれになさいますか?」
「リリア、どれがいい?」
「んーっと……どれも美味しそうで選べないです。おすすめはありますか?」
そうですね――とパン屋のエルフは笑みを見せると。
「こちらのクロワッサンがおすすめです。サクサクで美味しいですよ」
「分かりました! じゃあそれを一個お願いします!」
「俺も同じものをください。あとドーナツを二個」
レインは銀貨一枚を渡すと、袋に詰めてもらったパンを受け取る。おまけで付けてもらったドーナツはリリアへのプレゼント用だ。
近くにはおあつらえ向きのベンチがあるため、そこで昼食を取るとしよう。
昼からの仕事もこれで頑張れそうだ。
「あのベンチに座ろう。ちょうど木陰になってるし」
「涼しそうでピッタリですね」
レインが先に座り、その後リリアがちょこんと隣に座る。
吸血姫だからなのか、隣にいるだけでもひんやりとした空気が伝わってきた。体温の高いティアラとは対照的だ。
やっぱりリリアは熱いものが苦手なのかな? といらぬ好奇心が生まれてしまう。
「はい、リリアの分。体力使うから、しっかり食べておかないとな」
「ありがとうございます。はむっ」
いただきますと呟いて、リリアはクロワッサンをパクっと口の中に運ぶ。
やはり他のパンとは一味違うようで、「んー♪」と何とも美味しそうな反応を見せていた。
レインも釣られてクロワッサンを食べるが……確かに納得だ。サクサクで、含まれたバターが香ばしい。
何か作り方に特徴があるのだろうか。是非ともいつか教わりたいものである。
「美味しいですね! レインさん!」
「そうだな。これを食べたら他のパンが食べられなくなるよ」
リリアはパンに大満足したようで、あっという間にクロワッサンを完食。ドーナツまでペロリと食べ終わった。
これならもうちょっと買っておいた方が良かったかもしれない。
食べ終わった後はある程度食休みをする予定だったが、隣にいるリリアを見たら仕事を体験してみたそうにウズウズしていた。
言葉にしなくても伝わってくる熱意だ。
「商人って意外と大変そうで驚きました。商品の管理とか、私だったら壊したり無くしたりしそうです」
「慣れたら簡単だよ。まぁ、扱っている商品が安くないから気を遣うけどな」
「そういえば、商品の値段ってどうやって決めているんですか? 直感的なものですか?」
リリアが首を傾げる。
今まで考えたこともなかった話であり、純粋に気になるものだ。当たり前に値段というのは付けられているが、よくよく考えてみればかなり気を遣わないといけない。高すぎてもダメだし、安すぎてもダメ。レインはどうしているのだろうか。
「そうだな、リリアに分かりやすく説明すると……うーん」
レインは少し頭の中で整理しながら話し出す。
「いくらで仕入れていくらで売るかが大事なんだ。値入率って言うんだけど、たとえば八十ゴールドで仕入れた商品を百ゴールドで売った場合、値入率が二十パーセントになるだろ? 単純に利益だけ見たら値入率が高い方がいいけど、その分商品の値段が高くなるんだ。それなら少し利益を減らしても値段を下げた方が買ってもらえるかもしれない。そのバランスが難しいよな」
「ほへ? にじゅう……ぱーせんと」
レインの話を聞いて、数字に疎いリリアは理解不能と言わんばかりにポカンと口を開けた。
ちょっと省略し過ぎたか。全くと言っていいほどピンときていない。
……まぁ、口頭で説明して慣れない数字をすぐ理解しろというのも酷だ。それに、今すぐ覚えろという話でもない。
吸血鬼の教育システムは知らないが、恐らく数字に触れる機会は少なかっただろう。逆に勉強が苦手であってくれて安心したくらいだ。これで人間と変わらなかったら、いよいよ勝てる部分がなくなってくる。
「と、とにかくレインさんの頭が良いということは分かりました」
「頭なんて良くないよ。現に俺の説明は下手だったし」
「いえいえ! そんなことないですよ!」
キラキラとしたリリアの目。レインに対する尊敬の眼差しが強くなった気がした。
難しい話をしていたわけではなく、自分の説明が下手だっただけなのだが……何だか騙してしまった気分だ。
いつかリリアにもしっかり教えてあげよう。そして誤解を解かないと。
「覚えることが多くて大変そうですが……私頑張りますので!」
「頼もしいな。よし……お腹も膨らんだし、それじゃあ早速始めるか」
「は、はい!」




