リリアとの約束
魔界祭終了後二日目。今日のレインは、吸血姫リリアと過ごす約束をしている。昨日は竜姫と過ごして、今日は吸血姫、明日は魔王と過ごす予定だ。
今考えてみたら、濃密過ぎて頭が痛くなりそうな三日間である。普段何気なく会っている存在だが、彼女たちは一回話したことがあるだけでも一生自慢できる存在なのだ。レインはいつも会う前に「凄いよなぁ」と考える。
というわけで、レインはリリアに会うために魔界の中央地に来ていた。ティアラの故郷とは打って変わって、活気があって人が多くてとにかくデカい場所。田舎と都会という表現がピッタリだろう。
レインも人間界を追放される前からよく足を運んでいた。
ここは人通りも多く、商売には打ってつけの場所。それと同時に、リリアに初めて出会った場所でもある。どうしてリリアがこの場所を待ち合わせとして選んだのかは分からないが、何か狙いがあるのは分かる。
「危ない危ない。時間には間に合ったな……ティアラには後でお礼を言わないと」
レインは少し息を切らしながら、中央地の大地を踏みしめた。とりあえずは予定時刻に間に合ったことに安堵する。
昨日ティアラと星空を見た後、疲れが溜まっていたのかレインはその場で寝てしまったらしい。
流石にティアラも野宿は嫌だったようで、巨人族の集落の宿に泊まり、朝起きたらギリギリの時間だった。毎度のことながら、ティアラの翼には感謝しかない。ティアラの長距離移動能力は唯一無二だ、
「あれ……? リリアはまだ来てないのか。珍しいな。リリアなら一時間前くらいからスタンバイしてそうだけど」
レインはキョロキョロと辺りを見回す。集合場所も、中央地噴水の前だから間違っていないはず。リリアが遅刻なんてしたのいつぶりだろう。記憶にないということは、今回が初めての遅刻なのかも。もちろんレインは怒ることなく、逆に待たせていなくて良かったという気持ちになった。
「ん? ――うわっ! ビックリした! リ、リリアのコウモリ?」
後ろから肩をチョンチョンと叩かれて、何かがレインの頭の上に乗る。
頭の上でモゾモゾしているものが何なのか、レインが確認するよりも先にフワッと手の上に降りてきた。
これはいつもリリアの近くにいるコウモリ。その口には、一つの手紙が加えられている。恐らくリリアからのメッセージだ。
レインはコウモリからそれを受け取って、手紙に書かれてある内容を見た。
『すみません、レインさん! 到着が少し遅れそうです! お昼頃になりそうなので、お仕事をしていただいても大丈夫です!』
リリアは少し遅れて来るらしい。何か面倒なことに巻き込まれてしまったのだろうか。リリアの身が無事であればいいのだが、レインには確認する術がないためただ祈るしかなかった。
それに、昼頃となると少々時間がある。リリアの言う通り、今から仕事をすれば丁度良い時間帯だ。今日は特に客も多そうだし、何もすることがないならお言葉に甘えるとしよう。
レインは空いたスペースを見つけると、空間魔法で商品と机を取り出し簡易的な店を構える。そうするだけで、周囲はもうすぐに人だかりだ。
あっという間に商品が売れ始める。一種の祭りのようなものだった。
「……レインさん、やっぱり凄い」
そんな様子を、遠目から観察する者が一人。帽子やサングラスなどで変装しているが、綺麗な銀髪はいつも通り輝いていた。
そう――リリアだ。
「仕事は見て覚えようと思っていましたが……ここまでくると参考にならないですね」
リリアはレインの仕事をじーっと観察する。これでレインの仕事を覚えようという寸法だ。
近くで見習いから始めた方が効率的にも思えるが、それだとレインが遠慮してしまう可能性がある。いや、レインのことだ。もしリリアがミスをしたとしても、本人に気付かれないように裏で解決してしまうだろう。それに、何の知識もないまま手伝いをするのもリリアとしては嫌だ。今は事前知識を深める段階である。
リリアは一日でも早くレインの仕事を手伝えるようにならないといけない。
しかし、焦るのは禁物だ。ゆっくり一歩ずつ成長して行くのが一番の近道なのだから。
「……それにしても、女性客が多いですね。宝石を並べているから当然ではありますが」
レインの周りに集まっている七割が女性ということに気付く。その中には、レインと仲良さげに話している客もいて少しだけムッとした。もちろん今日はたまたま女性が多い日なのかもしれない。置いている商品によって客層が変わるのは当たり前のことだ。理屈ではちゃんと分かっているのだが、リリアの心にはモヤモヤとしたものがあった。
魔界祭の時だってそうだ。ティアラやアルナがレインと仲睦まじく話しているのを見て……嫌だった。
自分がレインの友好関係に何か言う資格なんてないと理解はしている。それに、レインだって仕事だ。これからも他の女性と関わることなんて数え切れないくらいあるだろう。その度に一々落ち込んでいたのでは、手伝い以前の問題である。
そんなことは分かっている。分かっているのだけど……どうやっても「独占欲」が生まれてしまうのだ。
だから、そんな気持ちが生まれなくなるくらい自分がレインの隣にいたい。
偶然か必然か。リリアのそんな気持ちに応えるように、レインは隣でサポートしてくれるパートナーが欲しいと言ってくれた。
これを聞いたリリアのモチベーションは限界を超え、今に至る。
「でも、思ったより険しい道になりそうです。冷静に考えたら、こんな人数の客を一人で相手にしているなんてレベルが違いますね」
リリアはどうにか今の自分の力で手伝えそうな仕事を探す。
真っ先に思い付いたのは、この尋常じゃない客の整理だ。流石のレインでも、この人数を相手にしたら商品を並べたりお金のやり取りをしたりするだけで精一杯なはず。
それに、マナーが悪い客同士でトラブルを引き起こすことも多々あった。そんな時に自分がいたら、この問題もかなり改善されるはずだ。特にマナーが悪い客に関しては自信がある。これでも自分は魔界の中では名の知れた吸血姫。大体の者は自分が注意したら黙って大人しくなるであろう。人間という弱い立場のレインにはできない仕事だ。
……現に今もマナーが悪い客がいる。リリアはレインの邪魔をしないように動いた。
「ちょっと! ぶつかったなら謝りなさいよっ!」
「なによ! そっちからぶつかってきたんでしょ!」
人混みの中で行われる喧嘩のようなもの。リリアはため息をつきながら声をかける。
「――もしもーし。良くないですよ」
「だ、誰よアンタ!」
「そうよ! アンタは黙ってて!」
やはり変装していたらリリアのことには気付かないらしい。
かと言ってここで変装を解くわけにもいかないため、軽く二人の肩に手を置いて殺気を込めた。
「ひぇっ⁉」
「ひょっ⁉」
二人は似たような反応を見せて固まる。
大人しくなってくれて何よりだ。リリアはレインの方向をチラッと見て、気付かれていないことを確認した。
そしてニッコリ笑って――。
「喧嘩は辞めましょう。ね?」
「ひゃ、ひゃい……」
「す、すみません……」
リリアが肩から手を離すと、二人は一目散に逆方向に逃げていく。
(……あれ? もしかしてお客さんが減っちゃった? い、いや、最終的にはあの二人がいない方がレインさんのためになるはず。うん、きっとそう)
やっちゃったかもと思いつつ、リリアは自分の行動が間違いでなかったと信じる。
あの二人がいることでのマイナスと、いなくなったことでのプラスを天秤にかけたら絶対正しい。
ただ、それでもちょっと申し訳なくなったため、リリアは一つ思い切った行動を取ることにした。
「私がお客さんになればプラスマイナスゼロにできるはずです」
リリアは帽子を深くかぶり、サングラスの位置を整え、髪も後ろに括って一人の客になった。
これで、さっき失った二人よりたくさん買ったら問題ない。レインと接近することにはなってしまうが、この完璧な変装であれば気付かれないはずだ。念のため声も普段より低めにしておく。
準備バッチリ、とリリアはレインの前に立った。
「エット……コノ宝石クダサイ」
リリアなりに頑張って声を変え、レインに金貨を渡した。正直、自分でも呆れるくらい不審者だ。不自然に顔を隠した女が変な声を出して気味が悪い。これは別の意味でレインにバレたくなかった。
「あ、はい。確かにお代は受け取りました」
どうぞ、と宝石を手渡してくれるレイン。「なんだコイツ?」といった反応もなく、普通に接してくれた。
リリアの分の対応が終わると、次はすぐ隣の客の対応に。近くで見ると余計に忙しそうだ。明らかに人手が足りていない。
不意に、今忙しそうにしているレインの隣で自分も働いている想像をしてみた。
レインは商品を取り扱って、自分はお金の計算などをして、会話がなくともお互いのサポートが可能になって。仕事が終わった後にはレインの汗を拭ってあげる。そして最後に、今日の仕事の成果を二人で喜ぶのだ。
あぁ、なんと素晴らしい日常だろうか。
まだ全然実現していないのに、リリアはフヒヒとにやけてしまった。
もうちょっとだけ、邪魔にならない位置でレインを眺めていることにしよう。
「――ねぇ、あの人ずっとレインさんのことを見てるけど……どうしたのかしら」
「ずっと動かないわね。ちょっと怖い」
「変な人っているものね」
このせいで、ずっとニヤニヤしてる不審者がいると噂になってしまったのはまた別のお話。




