巨人族の集落
魔界祭が終了したのが先日のこと。昨日に引き続き、今日も素晴らしい晴天だ。昨日の楽しい思い出は体が覚えているし、それと同じくらい疲れも覚えている。
だが、レインに疲れたと言っている暇はない。昨日の帰り際に、ティアラ、リリア、アルナと約束事をしてしまったのだ。詳しい話は特に聞いていないが、とりあえずスケジュールを確保されたという形である。今日と明日と明後日、三連続で一人ずつと過ごす予定になった。
というわけで今日はティアラと過ごす日。現在拠点として使わせてもらっているアルナの魔王城の前が待ち合わせ場所だ。昼を過ぎた頃にはティアラが迎えに来てくれるようなので、レインは彼女の到着を空でも眺めながら待っていた。
ただ、約束の時間になってもまだティアラは来ない。ティアラがここに来るとしたら、ドラゴン状態で飛んでくるはず。あれだけ大きいドラゴンが現れたら離れていても気が付きそうだが……。
「おい。どこを見ているのだ」
レインがじーっと遠方の空を見ながら待っていると、結構近い距離でティアラの声がした。
レインは慌ててその声の方向に向き直す。そこにいたのは、もちろん言うまでもなくティアラだ。
「空に何か浮かんでいるのか? 熱心に視線を向けておったが」
「い、いや、ティアラは飛んでくるのかなと思ってさ……もしかして飛ばずに来たのか?」
「そうだ。レインを乗せた後でバテてしまうのは嫌だったのでな。おかげで体力は温存できたぞ」
ティアラは人型の状態からドラゴンの姿に変身することができる。ただ、ドラゴンの姿をキープするのにもエネルギーは必要であり、その状態で飛行するとなったら莫大なエネルギーを消費しないといけない。
レインを乗せた状態でスタミナ切れの情けない姿を見せたくなかったため、エネルギーを必要としない人型の状態でティアラは現れることになった。
「レインはどこか行きたいところはあるか? なければ我の気まぐれに付き合ってもらうが」
「ティアラに任せるよ。誘ってくれたのもティアラだしな」
「そうか。それならエスコートしてやるのだ。個人的に行きたいところがあるからな」
レインは少し考えたが、行先をティアラに委ねることにした。ティアラの希望があるのならそれに付いて行くつもりだ。
今日という日はティアラが用意してくれた機会。主役はもちろんティアラである。
「ちなみに行きたいところってどこだ? 俺も行ったことがあるところか?」
「行ってみれば分かる。レインはよく知っているところだと思うぞ」
「俺がよく知ってるところ?」
「ヒント。竜人族とも仲がいい。あと……強い。到着するまでに当ててみるのだ」
ティアラはそう言うと、レインのために温存したエネルギーで紅いドラゴンの姿に変身する。
身体は十倍以上大きくなり、どんな武器の攻撃も弾くことができそうな鱗に包まれる。普通なら腰を抜かしてしまいそうな大変身だが、一々こんなことで驚いていたらティアラはとは過ごしていけない。レインはもう慣れたように背中に乗った。
レインがしっかり掴まったことを確認すると、ティアラはバランスを崩して落とさないよう慎重に飛び始める。
目的地に着くまでの時間で、どこに向かっているのかを当ててみろとのことだが、正直に言ってそんなことを考える余裕なんてない。落ちないようにするだけで精一杯だ。……正解は目で見て確認することにしよう。
『今日は雨が降らなくて助かったのだ。雨が降っていたらエネルギー五割増しだからな』
ハッハッハとドラゴン状態の太い声で笑いながら、ティアラはスイスイと空を舞う。
どうしてティアラがこんなに上機嫌なのか、レインは不思議がりながら掴まっていたのだった。
『ここだ。やはり目立つな』
「え? ここって……巨人族の集落だよな」
ティアラが連れてきてくれたのは、レインも何回か訪れたことがある巨人族の集落だった。最後に訪れたのは随分昔であり、レアな鉱石などに興味を持っていた気がする。岩をくり抜いた住居が特徴的で、集落にある全てのものがとにかくデカい。
ドラゴン状態のティアラと比べても劣らないくらいのサイズだ。ティアラは住居を潰さないように、何もないところに器用に着地した。
『降りろ、レイン。着いたぞ』
「わ、分かった」
レインはピョンとティアラの背中から降りる。これでも意外と高さはあるため、しっかり着地しないと足を怪我しそうだ。
「――よし。やはり人型の方が落ち着くな」
レインが降りたことを確認すると、ティアラは縮むようにしてドラゴン状態から人型に戻る。
ティアラとしても人型の方が気に入っているようで、うーんと背伸びをしながら解放された気分を味わっていた。
それにしても、連れてこられたのはいいが何の目的でここに来たのだろうか。あまりティアラと関連性がない場所のように思えるが……レインが不思議に思っていたら、自分たちの存在に気付いた巨人がドシンドシンとやってくる。
「レイン君にティアラさん、どういった御用でしょう」
五メートルは下らない巨人が、膝を付いて顔を近付けてきた。この巨人とは何回か顔を合わせたことがあるが、やはり毎回怯んでしまうくらいに迫力が凄い。ティアラとかアルナとはまた違った威圧感だ。こんな図体をしているのに、言葉遣いはやけに丁寧なところが恐ろしさを増している気もする。声はビックリするくらい低いし、怒らせたら本当に怖そうである。
「借りていた魔道具を返しにきたのだ。レインはその付き添いだ」
「そうですか。何か大変なことがあったのかと思いました。ゆっくりしていってください」
「そうさせてもらう。行くぞ、レイン」
レインはティアラに手を引かれて、集落の内部にどんどん歩いていく。ティアラが言うには、巨人族に魔道具を借りていたから返すために来たとのこと。
まさかティアラと巨人族がそんな仲とは思わなかった。特にティアラはあまり友好関係が広くないため、余計に驚いてしまう。
「ティアラはどんな魔道具を借りていたんだ?」
「魔力をストックできる瓶だ。魔力を使い果たしてもすぐに回復できるように貸してもらっていたが、如何せんストックできる魔力量が少なくてな。大して回復に使えなかったから返しに来たのだ」
「へぇ、よく貸してもらえたな。ティアラにそういう友好的なイメージがなかったから」
「失礼な。我は温厚で友好的だ! それに、元々巨人族と竜人族は関わりがあって仲が良い。中には巨人と結婚する竜人もいるぞ」
「し、知らなかった。そんなに関係が深かったんだ」
ティアラは自分の交流の深さを自慢するように胸を張る。
「もしかしたら、ティアラも巨人族と結婚とかするのかな」
「ばっ、馬鹿なことを言うな! そんなつもりなど毛頭ないからな!」
ティアラは珍しく顔を赤くして反論した。よっぽど心外なことを言われたらしい。こんなに過剰な反応をすると思っていなかったため、レイン本人が一番ビックリしていた。
「ったく。変なことをぬかしおって。さっさと行くぞ」
「ご、ごめん」
冷静になったティアラは、取り乱したことを後悔しながらレインの前を歩く。こういう鈍いところがレインの唯一ダメなところだ。将来変な女に酷いことをされないか少し心配である。そんなことが起きないように、自分が傍にいて悪い虫を追い払ってやらないと。ティアラはもう一度大きなため息をついた。
「魔道具職人ライオはレインも知っているよな?」
「もちろん。何回かお世話になったことがあるよ。あの人の技術は今まで見てきた中でもトップレベルだし。……まさか、あの人から借りてたのか?」
魔道具職人ライオの名は、当然レインも知っていた。ライオが作る魔道具は、他の職人と比べても質が圧倒的に良い。他の種族より魔道具に込められる魔力が多い巨人族の中でも、ライオが込められる魔力は群を抜いている。
レインも何度か対面したことがあるが、職人特有の空気感と言うか、巨人族特有の威圧感みたいなものであまり会話が進まなかった。そもそも、ライオ自身あまり会話が好きそうな様子ではなく、基本的に彼から喋ることはない。孤独を愛する職人というイメージだ。
「そうだ。ライオ爺とは旧知の仲だからな。我がまだ子どもの時にはたくさん飯を食わせてもらったのだ」
「子どもの時から⁉ それはまた……長い付き合いだな。親みたいなものなのか?」
「……親というのはしっくりこないな。祖父と言うべきか。とにかく可愛がってくれたのだ」
彼のことを「ライオ爺」と呼び、親しんでいるティアラ。こんなところでティアラの意外な過去を知ることになった。ティアラが子どもの時というと、かなり昔のことに思えるが……そんなレベルで深い付き合いだったらしい。
そういえば、ライオは五百年以上現役で魔道具職人をしているという噂を聞いたことがあるが、信憑性がグンと増した気がした。
「ライオさんにそんなイメージはなかったよ。悪い人じゃないのは分かるけど、子どもとか苦手そうだったから」
「そうか? 確かに見た目はちょっと厳ついが、よく喋るし面白い爺さんだぞ?」
「え? い、いや、俺の記憶じゃそんな人じゃなかったような……よく喋るとは真逆だと思うけど」
レインとティアラの中で、ライオという巨人の人物像が驚くほど乖離していた。
レインの中では、職人気質で難しそうな性格で、自分からは絶対に喋らない男。
ティアラの中では、優しくて面倒見が良くて、そしてよく喋る。
まるで別人である。
もちろん子どもの時からの付き合いであるティアラの情報が正しいと思いたいが、全て本当だと信じるにはちょっとキャラが違いすぎた。
レインは「おかしいなー」と頭を掻きつつ、ティアラの後ろを付いて行く。
今自分たちが向かっているのは、話中の人物であるライオの作業場。ここで論じるよりも、この目で見た方が早い。
少し歩いて、やっと高さ十メートルはあろう扉の前に立った。
「たのもー! 来てやったのだ!」
ティアラは扉の前で深く息を吸うと、デカい声と共にデカすぎる扉を蹴って豪快に開ける。
今回はギリギリ壊れなかったが、次同じことをしたら大変なことになりそうだ。扉が重くなければ代わりにレインが開けることもできたが……次はティアラの良心を信じるしかない。
「ほら、レインもライオ爺を呼ぶのだ」
「え、えぇ……あ、あのー、すみませーん」
ティアラに背中を叩かれ、レインは申し訳程度にライオを呼んでみる。
別にレインとライオはそこまで友好的な関係というわけではない。当たり前だが、ティアラみたいな距離感で話せる仲でもない。
たまたま留守にしてないかなぁ――という望みをかけるが、無情にも奥からドシンドシンという足音が聞こえてきた。
『…………誰だ』
「あ、えっと、レインです。過去に何度かお会いしたことがあります」
『貴様か。今は忙しい。帰ってくれ』
ライオは他の巨人よりも一際低い声で一蹴する。作業場の中は暗い。つまりライオの表情が見えないため、余計に恐ろしさが際立っていた。
それに、何だか今日は機嫌が悪そうだ。正直に言ってタイミングを間違ってしまったかも。
レインはティアラに出直さないかと提案するため振り返った。
「な、なぁ、ティアラ。これってタイミングを改めた方が……」
「うーむ、忙しいなら仕方ない。ライオ爺、出直すのだ」
『ん? え? あ、ティ、ティアラ? そこにいるのはティアラか?』
ライオは、ティアラの声と姿を確認すると、膝を付いてジロジロと顔を近付けてくる。
声も一オクターブ上がったような気がした。
「そうだ、ティアラだ。久しぶりだな、ライオ爺」
『おぉ……少し見ない間にまた大きくなったな! 来るならちゃんと来るって教えてほしかったぞ! どうだ、ちゃんと飯は食っているか? 嫌なことがあったらいつでもここに帰ってきていいからな!』
ライオは饒舌に、さっきまでの雰囲気をぶち壊して再会を喜ぶ。そして、レインの身長くらいありそうな人差し指で、ティアラの頭を傷付けないように慎重に撫でていた。
何というか、人間がネズミとかリスみたいな小動物を愛でる時に似ている気がする。
「忙しいのではなかったのか?」
『何を言うか! ティアラが久しぶりに来たのに仕事なんてしてられん!』
「そうか。今日は借りていた魔道具を返しに来たのだ。これ」
『ん? あー、これか。駄目だったのか?』
「ストックできる魔力量が少なすぎたのだ。それ以外は特に悪くなかったぞ」
ティアラは今日来た目的でもある魔道具をライオに返した。ライオは少し残念そうにしていたが、ティアラに会えたという理由ですぐに気を取り直す。血縁関係がないのに親馬鹿とはおかしな感じだが、ここまでくるとそうとしか捉えられない。
まさかあの魔道具職人ライオにこんな一面があったとは。こんな風にデレデレするのは、きっとティアラの前だけであろう。
ライオとしては、ティアラのことを本当に娘として可愛がっているのかもしれない。
「それじゃあ、もう返し終わったし店でもよってみるか? レイン」
『ちょ、ティアラ! せっかく来たのにもう行くのか⁉ もっと話したいこととかあるんじゃないのか⁉』
「いや、別にないのだが……レインもこんな魔道具しかないところに長居したくないだろ?」
目的を達成して、さっさと他の巨人たちの方に行こうとするティアラを、ライオは慌てて懇願するように止めた。
ライオとしては一秒でも長くティアラと話をしていたいのだが、残念なことにティアラは全くそんな雰囲気を出していない。むしろ、早くこの作業場から出て日の光を浴びたいと言いたげだ。
……こうなったら。ライオは狙いをティアラではなく隣にいるレインにチェンジする。
『君、この前魔道具を見に来た商人だったな。これらは儂が作った最新作だ。興味ないかね?』
「あ、興味あります! ぜひ見せてください!」
ライオは棚から様々な魔道具を並べる。巨人が作ったと言っても、全然人間でも持ち運ぶことができるサイズだ。
こんな巨体をしているのに、意外と手先が器用な者が多い。ライオが作る魔道具は、コンパクトさも重視されていることが分かる。
「凄い……魔道具に込められてる魔力が桁違いだ」
「そんなに凄いものなのか?」
「めちゃくちゃ凄いよ。どれだけ歩いても疲れない靴とか、絶対に枯れない花瓶とか。もし中央地に持って行ったら、莫大な値が付くぞ」
『フフ、今回は特別に十個好きなのを持って行ってもいいぞ。じっくり選ぶといい』
「ほ、本当ですか⁉」
ライオの普通ではない提案に、レインは困惑しながらもしっかり食いつく。
一瞬だけ冗談ではないかとも危惧したが、ライオは「案ずるな」と言わんばかりに、箱の中に入っていたたくさんの魔道具をジャララとレインの前に零すようにして並べた。
合計で軽く百個は超えている。この中から十個だけ選べるとのこと。まるで夢のようだ。
『しかし、真剣に選ぶとなるとちょっと時間がかかるかもしれんなぁ。君は長居しても大丈夫かね?』
「俺はもちろん大丈夫です! ……ティアラは先に出ておくか?」
「いや、レインと一緒にいるのだ」
ライオは心の中でグッと拳を握った。人間の商人にしてはこれ以上ないほどの活躍だ。これでティアラを引き留めることができる。
これほどの数から選ぶとなると一時間以上は確定と見ていい。ライオはティアラのために座布団を用意した。
ここからは、普段絶対に見せないライオのマシンガントークが始まることになる。




