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三人の新しい目標


「凄く丁寧な仕事ですけど、レインさんの負担が大きそうで心配です」

「確かに。冷静に考えたら、一人で抱えきれる仕事ではないのだ」

「お手伝いしてくれるパートナーとか欲しくないの?」


「うーん。まぁ、やっぱり一人だと大変だな。仕事を手伝ってくれて、もしもの時は俺を守ってくれるパートナーにはやっぱり憧れるよ」


「「「――⁉」」」


 レインのその一言を聞くと、三人の目の色が変わった。

 仕事を手伝ってくれて、もしもの時はレインを守れる――その役割に、自分がピッタリではないのか。

 ティアラも、リリアも、アルナも。ほとんど同時と言ってもいいタイミングで全く同じことを考える。


 それと同時に、レインの隣で共に仕事をしながら暮らす生活を想像した。

 あぁ、何と魅力的な毎日なのだろう。想像しただけでも笑みがこぼれそうなほど充実していそうだ。

 これはもしかして、ずっとアプローチしてきた自分への「返事」と捉えてもいいのかも。


 三人の妄想は頭の中で膨張し、レインが認めてくれたと都合よく結論付ける。


(こうなったら、私もレインさんの仕事を手伝えるように勉強しないと……!)

(パートナーになるため、早くレインの仕事を覚えなければならぬな……)

(レインに色々教えてもらお)


 三人の目に炎が宿る。レインの仕事は近くで見てきたが、自分が手伝えるレベルにあるかと言われたら少し微妙。正直なところ、足を引っ張ってしまいそうで自信がない。

 自分の実力不足でレインの足を引っ張ってしまうのは絶対に嫌だ。レインに見限られるのなんてもってのほか。パートナーとなるためには、自分の能力が一番の課題になってきそうである。


「ねぇ、アンタたち? ティアラ? もしもーし。急に考えこんじゃってどうしたのよ」

「……あ! い、いえ、何でもありません……!」

「……気にしないで」

「すまない。ボーっとしてたのだ」


 急に喋らなくなった三人を心配したライカが、顔を近付けて意識を確認してくる。

 ついついレインのことだから考え過ぎてしまった。レインの前では恥ずかしい姿を晒さないようにしないと。

 三人は頑張って平静を装う。


「そうだ! 猫ちゃんはどこ! ここにあるのは副賞でしょ?」

「知らん。別にどうでもいいのだ」

「どうでもよくなんてないわよ! せめてこの目で見てから帰らないと――」


「――ティアラ様ー! お待たせいたしました!」


 ライカがプンプンと怒っていると、タイミング良く闘技場のサキュバスが持ち運べるケージを抱えてやってくる。

 どうやら優勝賞品は別室で控えていたようだ。確かに、希少なアイテムと同じ部屋にするのは少々怖い。ライカが言わなければ、この猫のことなんて忘れて置いて行っていただろう。


 ライカは「見せて見せて!」と割り込むように顔を覗かせる。


「わー! 生で初めて見たわ! 魔物の五億倍可愛いわね! ちゅちゅちゅ!」

「顔が気持ち悪くなっているぞ、ライカ」

「う、うっさいわね! この子を大事にしなかったら、アンタぶっ飛ばすからね!」

「ペットなんて趣味じゃないのだ。そんなに欲しいならくれてやるぞ」

「………………はい?」


 ライカは思考回路がショートしてしまったのか、普段なら絶対にしない間抜けな顔を見せる。

 猫とティアラの顔を交互に何往復も。まだティアラの発言が飲み込めていない様子だ。

 キョロキョロと辺りを見回して、ちゃんとティアラに目を合わせて、そしてやっと口を開く。


「……ほんと?」

「嘘などつくはずがない。別に我にとっては不要なものだしな」

「ティアラ、アンタってやつは……! 子どもの時からビッグになるって信じてたわ!」

「態度変わりすぎなのだ」


 ティアラはやれやれと呆れた表情。そして未練など欠片もなく、猫の入ったケージをライカに渡した。

 念願の猫を引き取ることになったライカは、ケージごと抱きしめて愛情表現に忙しそうだ。人間界にいる猫とさほど変わりはない見た目だが、魔界の空気に耐えることができる選ばれし一匹らしい。

 自分たちが言うまでもなく、ライカならしっかり育ててくれるだろう。


「はーーー! よしよし! 暗くなる前に帰りましょーねー、コムギちゃん」

「もう名前まで付けておるのか」

「良い名前でしょ? 早く帰ってコムギちゃんの餌とかも買いに行かないと」


 ライカの行動力に驚きながらも、確かにそろそろ良い時間だなとレインはオレンジ色の空を見上げた。

 魔界祭はまだ続くようだが、あまり遅い時間になってしまうと自分の身が危ない。いくらティアラたちがいるからといって、魔物に襲われない保障なんてないのだから。


 夜になってから、どんな催しがあるのか気になるところではあるが、ティアラの雄姿を見れただけでも今日は満足だ。それに、レインも仕事の準備に早く取り掛かりたい。


「そんじゃ、アタシは帰るわね! ティアラありがと!」

「……俺たちも解散にするか。ミント女王はまだいるんですか?」

「そうだね。もうちょっといることにしようかな。今日は楽しかったよ」


「分かりました。またエルフの国の市場にも顔を出しますね」

「あ! そうそう、レインに言いたいことがあったんだった!」


 ミントは何かを思い出したようで、ピンと人差し指を立てる。


「人間界から引っ越してきたエルという子がいただろう? 確か君の弟子だったと認識しているが、彼女の働きが素晴らしくてね。今や市場の人気者さ。彼女の拠点に我が国を選んでくれて感謝しているよ」


 ミントの伝えたかったこと――それはレインの弟子であるエルのことだった。

 エルはまだ若くて経験も少ない商人の見習い。レインが売国奴の汚名を着せられたことによって、弟子であるエルにまで危害が加わる可能性があった。それを避けたかったレインは、何か大変なことが起こる前にエルを人間界から連れ出した。


 今はミントが統治するエルフの国で働いている。魔界の中では比較的安全で、大きな市場がある理想的な場所だ。

 順調に過ごしているだろうかと心配することもあったが、ミントの報告を聞いて急に肩の力が抜けた気がする。またエルと再会する日が楽しみだ。


「安心しました。人間界を出るのは初めてだったので、心配してたから……」

「その心配は杞憂だったようだね。今はバリバリ仕事をこなしてるよ。レインと比べても劣らないんじゃないかな?」


「ハハハ。それなら良かったです。エルはいつか俺を超えると思いますよ」

「そうなると面白いね。まぁ、それはもうちょっと先のことになりそうだけど」


 ミントもレインにつられてハハハと笑う。

 エルがどこまで商人として成長するのか。それはエル自身にしか分からないことだ。


 ミントとしては、レインのようになってくれたら嬉しいところ。だが、期待しすぎてエルにプレッシャーを与えてしまっては本末転倒である。周りを気にせず伸び伸びと育ってもらうよう、ミントは黙って見守ることに決めていた。


「と、いうことでお別れだ。また会おうじゃないか、レイン」

「はい。今日はありがとうございました。ライカもまたな」

「はいはーい。じゃね!」


 ライカは部屋を出ると、コムギちゃんと共に家がある方角へ。ミントは何だか賑やかな方角へ。

 二人とも満足そうにしながら闘技場を離れることになる。

 この場には、レインといつもの三人が残された。


「それじゃあお開きとするか」

「ああ。三人とも、今日はありがとう。かなり楽しめたよ」

「いえいえ! それなら良かったです!」


「意外な奴にも会えたしな」

「また来れるといいね」


 今日楽しかったことをみんなで語りながらの帰り道。何だかんだで、どんな催しものよりもこういった時間の方が好きだったりする。

 最初は不安なこともあったが、振り返ってみればとても楽しい一日だった。これもティアラ、リリア、アルナがいてくれたからこそだろう。


 魔界に来てからずっとお世話になりっぱなしであるため、いつかこの三人には恩を返さなくてはいけない。そして、この三人の近くにいても恥ずかしくないような男にならないといけない。

 レインの心に闘志のようなものが宿った。


 ……それと同時に、三人にも宿ったものがある。

 より、レインを身近でサポートするという意志だ。


「レイン。明日、何か用事はあるか?」

「えっと、レインさん! 明後日の予定はもう決まっていますか!」

「ねぇ、明々後日はアルナと一緒ね」


 三人の目には、やる気と情熱が満ち溢れていたのだった。



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