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オリハルコンのプレゼント


『第百十二回、闘技大会の優勝者はティアラ様ー! 両者に盛大な拍手をお送りください!』


 パチパチパチと拍手が止まない中、二人はサキュバスによって表彰台に立たされる。どうやら試合が終わった瞬間に表彰までしてくれるらしい。ティアラが過去に優勝した時とは少しシステムが変わっている。とんでもなくハイスピードな進行だ。観客の熱が最高潮のうちにしてしまおうという目論みだろうか。


「こんなことになるとは聞いてないぞ」

「二位のボクまで表彰台に立つのはおかしくないかな? できるだけ表情を変えないと……」


 ミントは自分の正体がバレないようにニッコリと笑って見せる。いつものヘラヘラとした顔とは大違いだ。これならミントをよく知る者でないと分からないはず。

 ……というか、まるで純粋な少女のように見る者を魅了する笑顔である。こんな顔ができるなら普段から笑顔でいればいいのに。少なくとも、捻くれてそうで何を考えてるか分からないいつもの表情より何倍も良い。


 そんな隣で素晴らしい笑顔を見せているミントに比べて、ティアラはため息をつき不機嫌そうな表情だ。

 ティアラはあまりこういうノリが好きではない。それでも、仕方がないのでサービスとして観客に数回手を振ってやることにした。

 あと、リリアが興奮したようにティアラに手を振っていたので、それにも一応手を振り返しておく。


『これにて第百十二回、闘技大会を終了しまーす! お帰りの際は足元に気を付けてお帰りくださーい!』


 こうして、急遽参加した闘技大会は目標通りティアラの優勝で終わることに。

 ミントと決勝で当たるというハプニングもあったが、ティアラとしても面白い技を見ることができたため満足だ。

 身体に付いた土埃をはらいながら、ティアラはレインたちの到着を待つ。もちろん、隣にはミントもいる状態で。


「ねぇ、ボクを倒した時の技ってさ……もしかして」


 ミントは恐る恐る最後の技について聞いた。

 何となく想像はついているが、にわかには信じることができない。それが不可能であることを、他でもない自分自身が分かっているからだ。


 自分が必死に習得したあの柔術を、初めて見た者がパッと真似したなんて信じたくない。

 しかし、ティアラは「あぁ、あれか」と軽く答える。


「察しの通り。真似してやったのだ。少しもたついてしまったがな」

「……一応聞いておくけど、初めて見たんだよね? それに全然もたついてなかったよ」

「もちろん初めて見たぞ。自分が食らったことで何となく仕組みとコツは掴んだのだ」


 当たり前のように恐ろしいことを言うティアラ。いくら戦闘特化の竜人族とはいえ、あんな一瞬で理解するのは絶対に不可能だ。

 これはティアラの持つ天性のセンスがおかしいだけ。


 「これが天才か……」とミントはため息をつく。

 ティアラが竜姫と言われるようになった理由が分かった気がした。


「とにかく良い試合だった。エルフの認識を改める必要がありそうだ」

「そう言ってくれると、エルフの代表として嬉しいよ」

「うむうむ。やはり王は強くなくては」


 ティアラは気さくに肩を叩いた。彼女の中には、王は強くなくてはならないというルールがあるらしい。

 ミントとしては「別に強くなくてもよくない?」という気もするが、わざわざそれを伝えるようなことはしなかった。

 反論したら面倒くさいことになりそうなため、今は「だよね~」と適当に合わせておく。


「いたいた! ティアラ! 凄かったな!」

「ティアラさん! おめでとうございます!」


 そうこうしていると、レインたちがティアラを迎えにやってきた。

 リリアは未だに興奮が冷めやらぬ様子。ライカはツンとしているが、ティアラが優勝して嬉しいようだ。

 もちろんミントにも敬意を表して、リリアは両者を称えていた。


「二人ともお疲れ様。怪我がなさそうで安心したよ」

「竜姫が手加減してくれていたからね。本気でこられていたら、多分大怪我してたはず」

「レインの指示があったからな。やり過ぎないように気を付けたのだ」


 手加減しなくていい――とミントは言っていたが、それに素直に従っていいわけがない。

 試合には負けたミントだが、ちゃんとティアラが自分を怪我させないように戦っていたのには気付いていた。


 もしティアラが殺す気でいたら、恐らく自分は数秒も耐えられなかったはず。

 今はティアラに感謝しかない。まさかティアラがここまで強いとは思っていなかった。


「というか、ミント女王! どうしてこんなところにいるんですか!」

「いや~、ちょっとした遊びのつもりだったんだけど、浮かれすぎたかな?」

「浮かれすぎですよ! もうちょっと自分の立場を考えてください!」


 事の重大さを感じさせないミントに、レインは呆れるしかなかった。

 下手をすれば戦争に発展しかねない行為だというのに、当の本人は気楽なものである。


「今回のことは従者の人にも報告しますからね」

「ひ、ひぃ~」


 ミントは「やめてくれ」と懇願しているが、レインは心を鬼にして決心する。これはミント女王のためでもあるのだ。

 きっとミントには従者のお説教が待っているだろうが、罰としてしっかり反省してもらわないと。


「でも、ミントさんの技は凄かったですよ! あんなの初めて見ました!」

「アルナもビックリした」

「そう言ってくれて嬉しいよ。今回の大会で意外と自分の力が通用することも分かったからね。この大きな収穫に比べたら、怒られることくらいどうってことないさ……はは」


 ミントは強がって効いていないフリをする。

 が、最後の笑いはやけに乾いていた。ちょっとだけレインの中に罪悪感が生まれそうだ。


「そういえば、優勝賞品はもう持って行っていいらしいのだ。レイン、見に行くぞ」

「あ、あぁ。分かった」

「ボクも拝ませてもらおうかな」


 ミントの強さが印象に残り過ぎて、レインの頭から抜け落ちていた優勝賞品。授与式のようなものはなく、案外あっさりと貰うことができるようだ。何だかドキドキしてきた。

 賞品が置いてあるのは、闘技場の中でも奥の方にある部屋。

 ティアラが先頭を歩き、レインたちはその後ろに並んで付いて行く。


「アンタ強かったわね。ティアラをあそこまで苦戦させたら大したものよ」

「ありがとう。君も竜人族みたいだね。竜人族の強さには驚かされたよ」


 その道中で、ライカとミントが話に花を咲かせていた。今日初めて会ったはずなのに、随分と楽し気にしている。「戦い」には人と人を繋ぐケースもあるらしい。

 そう考えたら、ティアラとアルナが仲良くなったのも「力比べ」がきっかけだった。こんなコミュニケーションは、人間界ではもちろん一般的ではない。魔界特有の拳で語るコミュニケーションだ。


「この部屋にあるらしいのだ。鍵はもう貰っておる」


 賞品がある部屋の前に到着すると、ティアラは事前に貰った鍵を指でクルクルと回す。

 そして、全くもったいぶらずにガチャリと開けた。もう少し心の準備をしたかったが……開けてしまったものはもう仕方がない。

 どかどかと遠慮なく部屋の中に入っていくティアラの背中を追いかけた。


「――ほ、本当にオリハルコンだ! 金とかプラチナもある……! 流石魔界祭だな……」

「こんなよく分からぬ塊にそんな価値があるのか?」

「価値大アリだよ!」


「ふーん。まあいい、とりあえずレインにやるのだ」

「その……今さらだけど本当にいいのか?」

「無論だ。好きに使うといい。我が持っていても宝の持ち腐れだからな」


 ティアラはオリハルコンなどに興味を示さず、飽きたように視線を外した。どれだけこれらに価値があるとしても、ティアラからしてみればただの石。一キロあっても使い道に困る。それならば、有効活用できるレインが持つにふさわしい。


 価値を知っているレインは何度もティアラに確認しているが、どれだけ聞かれたとしても返事が変わることはない。そもそも、レインのために参加したのだし、レインの仕事が捗るだけでもティアラとしては上々だ。


「ありがとう。おかげさまで忙しくなりそうだ」


 レインは希少なアイテムを収める前に、重さを量ったり傷がないかをチェックしたりする。念入りなチェックだが、特にこれといった問題は見当たらない。文句のつけようがない品質だ。これにはレインもテンションが上がる。


「レイン、何をしてるの?」

「取引相手のリストを確認してるんだ。きっと必要としてる人がいたはずだから」

「計量も品質のチェックも丁寧ですね」

「ここを適当にすると、相手に迷惑をかけることになるからな」


 レインの真剣な眼差し。今手元にあるリストは合計十二冊。その中から、届けなくてはいけない存在を探していた。

 レインが引き受けている依頼の量はとてつもなく多い。それこそ、分厚いリストを十二冊以上も作らないといけないほど。


 店頭で表の仕事をしているレインは目にしたことがあるが、こういった裏の仕事を目にしたのは初めてかもしれない。レインがあれほど人間以外の種族相手でも人気があるのは、客のことを第一に考える誠実さがあるからだろうか。


 考えれば考えるほど、自分がいかに表のレインしか知らなかったのかと気付く。

 普段とは違った姿を見て、ティアラ、リリア、アルナはレインの仕事に興味を持つことになった。


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ぬっこ「出番は?」
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