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無敗のティアラ


「本戦の受付はこちらでーす! どんどん参加しちゃってくださーい!」


 闘技場入り口。

 受付の担当をしているサキュバスは、手慣れたようにホイホイと仕事を進めていた。

 この仕事はとっても報酬が美味しい。


 一日受付の仕事をするだけで、金貨を袋いっぱいに貰える。

 しかも、報酬の割に激務というわけでもない。闘技場の参加者はせいぜい百人程度。

 適当に笑顔を振りまいておくだけで仕事完了だ。


「おい、一人追加するのだ」

「はいはーい。一人追加っと――あれ? 貴女どこかで見たような……」


 そんな受付の前に、一人の女が偉そうに現れた。

 美しさを引き立てながらも、自由に動きやすそうなドレス。

 燃え盛る炎のような真っ赤な髪。


 そしてサキュバスにも劣らない巨大な胸部。

 他の参加者とは全くオーラが違う。

 只者ではない――というのは、戦闘に関してド素人のサキュバスでも容易く理解できた。


「番号は何番だ?」

「あっ、はい。八十八番です」

「分かったのだ。感謝するぞ」


 しかし、女は番号だけ確認すると、すぐに中に入って行ってしまう。あまりにもその行動は早く、会話する暇すら与えてもらえなかった。

 記憶力に自信がある方ではないが、少しだけでも話したら彼女のことを思い出せるような気がする。


 絶対どこかで見たような顔だ。

 サキュバスは名簿に新しく記入された名前を見た。


「うわっ、字汚い……なんて書いてあるんだろう。てぃ……あら?」


 そこに書かれていたのは、ミミズが火で炙られて暴れているかのような文字。

 読むというか、認識するだけでも一苦労だ。恐らくここにはティアラと書かれている。

 ティアラという名前は、一応サキュバスの頭の中にも存在していた。


 だが、それがどんな人だったかまでは思い出せない。

 凄い人だったような気もするし、親戚の名前だったような気もする。


 どんな人だったっけ……と悩んでいると。

 今度はピンク色の髪の女が小走りでこちらの方まで来た。


「はぁ……はぁ……ねえ、アンタ。ここに赤い髪で馬鹿みたいな顔をしたヤツこなかった? 無駄にでかい乳の」

「ティアラっていう名前ですか?」

「そうそう! ソイツがどこ行ったか教えてほしいの」


「それなら中に入って行きましたよ。多分控え室にいると思います」

「よし、ありがとね!」


 息を切らしながらピンクの髪の女はティアラを追って中に入って行く。

 忘れ物でも届けているのだろうか。

 そういえば彼女もティアラに雰囲気が似てるような気がする。


 きっと仲がいいんだろうなぁ、と。

 サキュバスは少しだけ微笑ましい気持ちになった。


「ふぅ……ウォーミングアップしておきたかったが、何も使えそうなものがないな。下手すると壁とか壊れそうだし」


 一方。

 控え室に移動しているティアラは、暇そうに辺りを軽く眺めていた。

 少し体を動かしておきたいが、ここら辺にあるものを使うと絶対に壊してしまいそうな気がする。


 壁に手を付いて体を伸ばす程度の動きでも、ここの強度だとボコンと抜けてしまいそうだ。

 練習相手でもいればいいのだが、ここにはリリアもアルナもいない。

 このまま適当に暇を潰すことになりそうだ。


「ティアラ! 探したわよ!」

「ライカ? どうしてお前がここにいるのだ?」

「アンタが負けるところを見に来たの!」


 ぜーぜーと息を切らし、ライカがティアラの元に駆け寄る。

 後ろをピッタリ追いかけていたつもりだったが、ティアラのスピードが速くて全く追いつけなかった。

 人型の時のスピードではやはり勝てる気がしない。認めたくはないが、これは自分とティアラの大きな差である。


「残念ながらそれを見ることは永遠にできぬだろうな」

「あらそう。ならアタシも参加すれば良かったかも。目の前でティアラが負ける姿を見れたから」

「お前が望むならここで始めてもいいぞ」

「何ですって――って、ダメダメ! それじゃあ失格になっちゃうじゃない」


 ティアラの挑発に乗りかけたライカ。

 一歩踏み出しそうになったところで、何とか理性を取り戻して踏みとどまった。

 こんなところで戦い始めたら、間違いなく本戦の出場権を剥奪される。


 そうなったら、優勝どころか一回戦通過すら不可能。

 オリハルコンと猫ちゃんは遥か彼方だ。


「アンタに勝ってほしくはないけど、レインのためにアンタは勝たないといけないんだから」

「分かっておる。遅刻しないようにだけ気を付けるのだ」


 ティアラは自信満々に答えた。

 一瞬どういう意味か分からなったが、数秒してライカは理解する。

 つまりティアラが言いたいのは――遅刻さえしなければ自分が敗退することはない。


 実際これは正しくもある意見だ。

 と言っても、ここまで来てティアラのタイムキーパーをするのはつまらない。

 ライカは一つの提案をする。


「アンタ、まだ体が温まってないでしょ? ウォーミングアップくらいは付き合うわよ」

「……何か企んでいるな」

「何も企んでないわよ! 言っとくけど、優勝してもらうために仕方なくだから!」


「そう言って昔、我の右腕の骨をへし折ったではないか」

「そ、それは……まだあの時ガキだったから! 今はもう大人だし!」


 ライカは痛いところをつかれてうろたえながらも何とか反論する。

 確かに昔ウォーミングアップを手伝うと言ってティアラの骨をへし折ったのは事実。別に大した怪我でもなく、傷も後遺症も残らなかったが記憶にはしっかり残っているらしい。

 あれから百年近くも経っているのだから、多少の信頼はしてもらいたいものである。


「本当に何もせぬな?」

「もちろん。もし怪我させたら一億ゴールド払うわ」

「それならいい。我のウォーミングアップを手伝わせてやろう」

「なんでアンタはそんなに偉そうなのよ……」


 最後、ライカは不満を漏らしつつも、ティアラの腕を後ろから強く引っ張る。次に足を大きく開いて前屈。ライカは背中から力を入れて押す。

 すると、ティアラの体はかなり柔らかく、ペタンと床に上半身(主に胸)が触れた。

 これはティアラが自己流で生み出したウォーミングアップ方法。どのような効果があるのか不明であり、そもそも意味があるのかは分からない。


 ティアラいわく、体が軽くなるとのことだが……。

 ライカが試してみても結局よく分からなかった。


「よし、じゃあ次は攻撃してくるのだ。全部避ける」

「はいはい」


 ライカは立ち上がり、その長い尻尾を鞭のようにしならせる。

 そして、そのままティアラに向けて不規則な攻撃を仕掛けた。

 攻撃のパターンを読むことは不可能。


 目で見て瞬時に避けるしか方法はない。

 ティアラにとって、それは簡単すぎることだ。あえてギリギリで躱す余裕まである。


「もういいぞ。丁度いい遅さだ」

「もしかして馬鹿にしてる?」


 ティアラに言われて、ライカはピタリと攻撃をやめる。

 行き場を失った尻尾は、ペタンと力が抜けたように床に落ちた。

 伸縮自在の尻尾は短くまとまり、いつものポジションへ。


 ――行くと見せかけて最後にもう一発。

 と、不意を突いたつもりであったが、それをキッチリとティアラに避けられてウォーミングアップは終わる。

 ライカの性格を知り尽くしたティアラには容易いことだ。


「もう大丈夫そうね。楽しみにしてるわ」

「お前は我が活躍するところを見ていろ」

「分かった分かった」


 ティアラの偉そうな態度を、ライカは慣れたように受け流す。

 少々鼻に付くところもあるのだが、別に結果を出してくれるのなら問題ない。

 ティアラはこういう勝たなくてはいけない時が一番強い気がする。プレッシャーが大きければ大きいほど。緊張感が心地いいのだろうか。


 逆にどうでもいい相手の時には油断して一本取られることも。

 ライカにはよく分からない感覚である。


「八十八番。ティアラ様ー」

「ん? 呼ばれたみたいだな」

「もうなの? 早いわね」

「待ち時間が少ないのはありがたいのだ。退屈なのは嫌だからな」


 ティアラはフフフンと鼻歌まじりに歩き出す。

 尻尾をうねらせ、髪は僅かに逆立っていた。

 なかなかに頼もしい背中だ。自分が男なら惚れてしまいそうである。


「負けたら承知しないからね!」

「もし負けたらドラゴンの姿で逆立ちしてやるのだ」


 そう言って、ティアラの背中は遠くなっていく。

 どうせ負けないと分かっているが、ドラゴンの姿で逆立ちというのは面白そうだ。

 いつかそんなティアラが見てみたい。


(負けたら……か)


 それと同時に、いつかティアラを超えるような竜人が生まれてくるのも見てみたい。

 正直に言って、自分の実力では力不足。

 悔しいが、本気で戦ったら勝てる確率は三割くらいだろう。


 ここ二百年はずっとティアラが竜人最強として君臨しているため、ライカ以外の竜人はほとんど口を出すことができない。

 竜人族の格を上げるためにも、ティアラや自分を軽く凌駕するような若者が現れてほしいものである。


『――試合終了! ティアラ様の勝利!!』


 なんて、竜人族の未来を考えていたところで。

 ティアラの勝利を告げる声が、ライカの耳にキンキンと響いてきたのだった。



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