ライカのお願い
「昔は仕事一筋だったからなあ。今は人間たちに狙われてるし、目立たないようにヒソヒソ続けていく予定だよ」
「は? ちょっと待って。人間に狙われてるってどういうこと? 何かやらかしちゃったの?」
ラルカは聞き逃せない一言に一瞬で食いついた。
仕事を縮小するというのも無視はできないが、それ以上に人間に狙われているというのが気になる。
確かにレインの仕事は魔界がメインだったが、それでも人間界に多大な利益をもたらしていたはず。
普通なら手に入らないような希少アイテムなど、多く持ち帰って貢献していたのだ。
人間界からしたら、むしろ保護しなくてはいけない男だと思うが……。
どういうわけか、現実だとレインは狙われる側になっているらしい。
「人間以外の種族と取引することを、国王があまりよく思わなかったみたいだ。最終的には売国行為を擦り付けられて追放されたよ」
「もったいないわね。アタシが国王なら何が何でも引き留めるけど」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
ライカはため息をつきながらレインの肩を叩いた。
他の三人とほとんど同じ反応である。
自分を認めてくれるのは魔界だけだ。
人間界だと、どれだけ働いて希少アイテムを持ち込んでも、特に褒められることはない。
報酬も割に合わないことが多々あった。
それでも愛国心だけで商人として働いてきたが……最終的にはこの仕打ちである。
「でも、これで遠慮なく魔界で動けるよ」
「ふーん。じゃあ、アタシのところにはいつ来てくれるのかしら」
「残念ながらそれは後回しなのだ。レインは我の依頼を優先だからな」
「はぁ? ティアラは黙ってなさい。それはレインが決めることでしょ」
話に水を差すティアラを、ライカは尻尾で地面を叩いて威嚇した。
この二人が同じ空間にいる時はいつもこうだ。
毎回ティアラが喧嘩をふっかけ、しっかりライカがそれに反応する。
仲がいいのか悪いのか。
仮に仲がいいなと言った場合、二人からげんこつが飛んできそうで怖い。
「じゃあレイン。レインはどっちの依頼を優先するのだ?」
「そりゃもちろんアタシでしょ? なんてったって、アタシはレインに付き合ったことがあるし」
「つ、つつつつつつ付き合った!?」
「レインさんどういうことですか!?」
「レイン、説明してくれないと無事じゃすまないよ」
ライカの一言を皮切りに。
ティアラ、リリア、アルナがレインの懐に詰め寄った。
ティアラがレインの胸ぐらを掴み。
リリアが顔をギリギリまで近付け。
アルナが袖を握って逃げられないようにする。
何かあれば殺されそうな勢いだ。
「三人とも落ち着いてくれ! ただ仕事に付き合ってもらったことがあるってだけだから!」
「え? 仕事?」
「アタシは、レインに付き合ったことがあるって言ったじゃない」
「……ったく。紛らわしいことを言うでない、馬鹿ライカ」
「はぁ!? 早とちりしたのはそっちじゃない!」
ティアラはレインの胸ぐらから手を離すと、ホッとしたように一息ついた。
その一動作の中ですらライカへの罵倒を忘れないのだから凄い。
毎度のごとく、今回もライカはきっちりと尻尾をバタンと反応させている。
「はぁ……良かった」
「ギリギリセーフだったね、レイン」
一方。
リリアは一命でも取り留めたかのように心臓の辺りを押さえ。
アルナは何事もなかったかのようにスンとした表情に戻る。
この二人も、今回はやけに強烈に反応していた。
特にアルナ――彼女は殺意をライカにへと向けていたような気がする。
もし誤解が解けていなかったら、大変なことになっていたかもしれない。
「パレードの前なのに疲れちゃいました」
「そういえば、パレードはいつ始まるんだ?」
「時間的にはそろそろ始まってもおかしくない時間帯ですけど――」
みんなが一安心する中。
リリアが見晴らしのいい屋上から遠くを眺めていると、ようやく一つ目の花火が上がった。
これがパレードの始まりを表す合図だ。
人間界ではあまり見ることができない昼の花火である。
この花火をきっかけに、下にいる魔物たちが待ちわびていたかのように騒ぎ出した。
やはり現地だと迫力が凄い。
ブルリと震えてしまいそうな歓声だ。
「あ! もう始まったみたいですよ!」
「おお……規模が凄いな」
みんなが楽しみにしているパレードの正体。
それは、まるで超巨大な馬車だ。
とてつもなく大きな荷台を、様々な魔獣が引っ張って動かしている。
そしてその荷台の上では、様々な種族の踊り子がピッタリと同じ動きで美しい踊りを踊っていた。
進むスピードもそこそこ速い――レインたちの目の前に来るのは、もうすぐの出来事になるだろう。
「いつ見てもサキュバスの踊りは綺麗ねー」
「獣人の踊りもなびやかで良いぞ」
「私は意外と小人族がかわいくて好きです」
「アルナはあのダークエルフがいい」
四人はそれぞれ自分の好きな踊り子を探す。
偶然にも四人が気に入ったのはそれぞれ別の踊り子。
ここまで意見が割れるのは珍しい。
誰か一人くらいは被りそうなものなのだが、それほど四人の価値観は一致していないのだろうか。
ちなみに、レインは遠すぎて踊り子の判別がよくできていない。
ただし、全員のレベルが限りなく高いというのは間違いなく言える。
「踊り子だけでも色んなタイプがあるんだな」
「今年はエルフが多めですね。私が知っている時は、獣人がよく選ばれていた気がします」
「え? 年によって変わってくるのか?」
「そうですよ。魔界祭のパレードに出演するために、みんな練習を頑張っているんです。並大抵の努力じゃとても選ばれません」
ここにきて魔界祭のブランドを初めて知るレイン。
まさかパレードに出演するためにそんな努力があったとは。
こういうところは人間界とあまり変わらないようだ。
一体誰が彼女たちを選んでいるのか――少し気になるところであったが、きっとティアラたちのように立ち場の強い種族が関わっているのであろう。
確かに数万単位の視線が向けられるのだから、審査が厳しくなるのも当然。
そう考えたら、踊り子たちがさらに美しく思えた。
「レインさんの知り合いには、そういう方がいらっしゃらなかったんですか?」
「多分いなかったな。もしかして隠してたのかもしれないけど」
「衣装とかアクセサリーとか、踊り子ならレインさんに依頼しそうですけどね。レインさんの言う通り、隠してたのかもです」
へーとリリアは意外そうな表情を見せる。
確かにレインの客は多岐にわたるが、実際は魔界(レインが足を運べる範囲)の中でも五割はいかないくらいだ。
レインにも知らないことは沢山ある。
現に、魔界祭の存在自体も今まで知らなかったのだから。
「――そうだ。アタシの友達が踊り子として出てるんだけど、レインのことを紹介してあげてもいい? きっと喜ぶと思うから」
「え? 俺を?」
「うん、その子はもっと生地にこだわりたいみたいなの。レインなら良い生地を分けてあげられるでしょ?」
「そういうことなら力になるよ。ライカの友達なら信頼できるし」
レインは自分が保有している生地の在庫を思い出す。
自分の記憶が正しければ、そこそこのものが揃っていたはず。
ライカの期待に応えることもできるだろう。
レインとしても、自分の商品が一流の踊り子に渡るのなら本望だ。
「頼りになるわね。レイン」
「頼りにしてくれて嬉しいよ」
「今度はアタシの依頼もしとこうかしら」
「ライカの依頼ならいつでも大丈夫だぞ」
「……どんなものでも?」
ライカは少し悩むと。
恐る恐る――というか、慎重に一つのことを聞き返す。
どんなものでも、と聞いているが……一体何を頼みたいというのか。
ここまで慎重になるということは、相当なことなのだと予想できるが。
ちょっとだけ聞くのが怖い。
しかし聞かないと話が進まないため、レインも慎重に聞き返す。
「どんなのを頼む予定なんだ……?」
「えっとね。きっと断られると思うんだけど」
「うん」
「一日だけアレを貸してほしいの」
「――ダメだ。ごめんな」
「……たはは。そりゃそうよね」
レインの即答に、ライカは乾いた笑いを見せたのだった。




