パレ―ドへ
「レイン! やっと来たか!」
「レインさん! こっちですよー!」
魔界祭――会場入り口にて。
一足先に到着していたティアラとリリアが、手を振って自分たちの居場所を示していた。
大きなイベントであるため、どこで開催するのか気になっていたのだが……予想外の場所である。
かなり広大な地。
真ん中の大きな城を中心に、城下町のような形で建物が多く立っていた。
「凄い場所だな……」
「昔、ドラゴンがこの城を建てたみたいですよ。今はもういなくなったので魔界祭に使われていますが」
「誰もこんなところに住みたくないからな。魔界遺産としても有名なのだ」
へえーと会場を見るレイン。
確かにドラゴンが建てたと考えたら納得の規模だ。
何か理由があってドラゴンはいなくなってしまったようだが、このまま廃れさせてしまってはもったいない。
だから魔界祭の会場として利用されているのだろう。
なかなかに有効的な活用方法である。
「まだ始まる前だが屋台は開いているぞ。買ってきたらどうだ?」
「屋台の人たちは気合入ってますね」
ティアラの提案。
魔界祭はまだ始まっていないようだが、屋台自体は既に開いているようだ。
彼女たちの手にはそれぞれ魔界祭を楽しんでいるようなものが握られている。
ティアラの手にはイカ焼きのようなものが。
リリアの手にはりんご飴のようなものが。
……かなり魔界祭を楽しんでいるらしい。
それに、レインの予想と違って、平穏そうな祭りみたいだ。
「ごめん、待ったか?」
「いいえ、私は今来たばっかりですよ!」
「屋台で飯を買う時間はあったがな」
最初にアルナが狼から飛び降り、次にレインがゆっくりと降りる。
リリアはともかく、ティアラが待ち合わせ時間よりも早く来るとは。
レインの予想だと、軽く三十分くらいは待つことになると思っていたが……。
それほど今日の祭りが楽しみだったのだろうか。
そう考えたら、ティアラも少しだけ可愛く見える。
「その食べ物、どこで買ったんだ?」
「そこだ。ドワーフが屋台をやっておる」
「ドワーフまで来てるのか」
「ドワーフだけじゃないですよ。獣人族とか巨人族とか、面白そうな店が増えてます!」
リリアが指さした先を見ると、そこでは様々な種族がその種族に応じた店を開いていた。
本当にたくさんの種族が集まっている。
そして、それは半分以上が自分と関わりのある種族だ。
久しぶりに見る顔に声をかけそうになるが、それをしていたら入り口だけでも一時間はかかりかねない。
レインは声をかけるのをやめようとしたところで。
後ろから服をクイクイと引っ張られた。
「ずるい、アルナも欲しい」
「アルナもか?」
「うん。買いに行こ」
レインの服を引っ張っていたのはアルナ。
何やらティアラとリリアを指差して不満を漏らしている。
ずるいかどうかと言われればそうでもない気がするが、とにかくアルナも食べ物が欲しいというのは伝わってきた。
こうなればレインも付いて行かざるを得ない。
「どこに行くのだ? 我はあのケバブの店がおすすめだぞ」
「私はあのトマトジュースが美味しかったです」
「アルナ、どうする?」
「とりあえず行ってみる」
またもやアルナがグイグイとレインを引っ張り。
その後ろをティアラとリリアが付いて行く。
アルナの力がやけに強くて、レインはバランスを崩して転んでしまいそうだ。
足元がフラフラの男と、それを囲む女三人。
傍から見れば、よく分からない四人組の変な集団である。
しかし、ある者から見れば化け物の集まり。
今すぐこの場から逃げ出したくなるほどのメンツだ。
「お、おい……あれって竜姫だよな……?」
「隣にいるやつは吸血姫じゃないか……?」
「それだけじゃねえ……一番前には魔王がいるぞ……」
周りの屋台からは、レインたちに聞こえないくらいの声でヒソヒソと騒ぎが起き始める。
最近姿を現していなかった魔王と竜姫と吸血姫が、まとまって行動していたのだ。
噂ではお互いに干渉していなかったはずだが……いつの間に仲良くなったというのか。
この三人が協力し合える間柄になったというのは、自分たちにとっても関係のない話ではない。
例えるなら、大国同士が友好条約を結んだみたいな……そんな感じだろう。
これからの魔界の情勢がかなり変わってくるのは間違いなかった。
「じゃあ真ん中にいる男はなんだ? あの三人を引き連れてるみたいだが……」
「分からねえ……けど、あの三人と同じくらいの立場っぽいな……」
「見た目は人間みたいだが……もしかして人間の姿に化けてるのか?」
「その可能性はあるな……言われてみれば確かに強そうかも」
自分が知らない間に、何やらとんでもない化け物のような認識をされてしまうレイン。
別にレイン自身の戦闘力は並の人間以下なのだが、三人に並ぶ力を持っていると勘違いされている。
力が全てである魔界ならではの勘違いだ。
三人の周りにいることこそが、魔界で一番効果的な自衛なのかもしれない。
「すみません、この店のおすすめって何ですか?」
「ひいっ!? こ、こちらになります……へへっ」
「?」
一方、何も知らないレイン。
レインが屋台の主に声をかけると、まるで腫れ物でも触るかのように対応される。
この店主はやけにビビっているようだが……。
この場にいるアルナが原因だろうか。
雑に対応されるよりはマシだが、これはこれでやりにくい。
「じゃあこれを二つ。お金は何がいいですか?」
「ひ? グラアナ銅貨だと嬉しいですが……」
「じゃあそっちで払いますね」
「よ、よく持ってますね……へへ」
「まあ一応」
レインは店主が望む通貨で、慣れたように支払いを済ませた。
グラアナ銅貨とは、魔界のかなり限られた場所でしか使われていない通貨。
流通どころか、見たことすらない者までいるような通貨であるが……レインは問題なくそれを所持していた。
商人として、通貨は広く持っていることに越したことはない。
レインが色々な状況に対応できていたのも、この信条があってこそだ。
「はい、アルナ。これでいいか?」
「うん。ありがと――んがが」
「……そんなに好きなら俺のもあげるよ」
アルナは、レインがあげたマカロンのようなお菓子(?)を一口で食い尽くしてしまう。
大きく開いた口に、紙袋の中にあるお菓子が全部転げ落ちた。
今はリスのように頬を膨らませてもぐもぐと口を動かしている。
できればちょっとずつ味わってほしいのだが、アルナにはそれを言っても無駄であろう。
レインはまだまだ食い足りなさそうなアルナの手の上に、自分の分の紙袋をちょんと置いた。
すると、あっという間に二回目の暴食。
一週間断食でもしていたのか。
そう思えるくらいにガツガツしている。
この様子だと、出店でアルナの食欲は満たせる気がしない。
それこそ、店ごと買うくらいでなければ。
「おかわり」
「もうないぞ」
「え……?」
「いや、そんな顔されても……」
アルナは絶望したような表情でレインを見つめる。
まだ満足していないのは分かるが、このペースで暴食を繰り返していたらレインの財布が持たない。
まだまだ魔界祭は始まったばかりであるため、心を鬼にするべきだ。
――だが、アルナのこの顔を見たら少しは買ってあげたくもなる。
どうしよう……と、レインが考えていると。
ため息まじりにアルナは呟いた。
「お腹空いたなー」
「――アルナ様! うちの店のものは無料ですよ!」
「これ貰ってください! 自慢の魔菓子です!」
「そんなのよりうちのが一番美味いですよ!」
「なんだとこの野郎!」
「俺が一番最初に声をかけたんだ!」
近くにあった屋台を始めとした、ほとんどの屋台の店主がアルナの元に集まってくる。
アルナの隣にいたはずのレインだが、人の波に流されるままに、気付いたら十メートルほど動かされてしまう。
本当に一瞬の出来事だ。
ティアラとリリアは何かを察して先に避けていたようだが……。
レインは見事に油断してしまっていた。
もうアルナの姿は見えない。
様々な種族の店主たち(意外なことに女も多い)に囲まれて、中心がどうなっているのかすらも未知の領域である。
「レイン、もっと早く逃げないと危ないぞ」
「そうですよ。押し潰されてもおかしくありませんでした」
「まさかあの一言だけでこんなに集まってくるなんて……とんでもないな」
ティアラとリリアから軽く注意を受けるレイン。
確かにこの状況を見ると、最悪の場合は圧死してしまう可能性まであった。
一緒にいるだけで命の危機になるとは。
アルナと一緒にいる時は絶対に油断できない。
「で、レイン。これはどうするのだ? アルナは当分帰ってこれぬぞ」
「そうだよな……置いてくことはできないし」
「待った方が良さそうですね。早くこの騒動が落ち着けばいいのですけど」
三人はアルナを中心とした人込みを見る。
この数を全員捌くとしたら、恐らく最低でも三十分。
いやそれ以上かかるかもしれない。
しかし、アルナを置いて行くという選択肢は論外であり、三人はこの騒ぎの終わりを待つという選択をした。
早く終わればいいなぁ――なんて、そう思いながら見ていると。
「一旦戻ってー。戻らない人は怒るよー」
アルナの声が、人込みの中心から聞こえてきた。
すると、周りにいた店主たちは、爆弾でもあるかのようにアルナから離れていく。
従順なんてレベルではない。
こういう場合、普通ならアルナから離れないようなものなのだが、ここにいる者たちは何故か様子が違う。
言うことを聞かないと、どうなってしまうのか分かっているのだろう。
人間の国で同じような光景を見たことがあるが、こちらの方がよっぽど賢い。
「みんな、お待たせ」
「凄いことになったな……」
「うん。優しいからいっぱいくれた」
混雑から戻ってきたアルナの周りには、屋台で売られていたはずのものがこれでもかというほど置かれている。
捧げものというべきか。
まるで祀られているような光景だった。
これならもう空腹に困ることはないだろう。
ここまで気を遣われると、レインなら逆に申し訳なくなってしまうのだが、アルナは全然そんなことはない。
むしろ、当たり前だと言わんばかりだ。
たまに羨ましくなるほどの図太さ。
レインもちょっとは見習わないといけないのかも。
「ティアラとリリアにもあげる。好きなの持って行っていいよ」
「気が利くな」
「それじゃあお言葉に甘えて……」
アルナに捧げられた(?)売り物たちが、ガサゴソと三人に配られていく。
これだけあれば、もう食べ歩くには十分すぎる量。
いや、食べ切れるかどうか怪しいくらいだ。
「もう食い物は必要なさそうじゃな。先に席を取りに行くか」
「席?」
「もう少ししたら、パレードが始まる時間ですから。魔界祭の目玉ですよ」
「アルナ特等席で見たい」
「そういうことか。それなら早く行っておきたいな」
これから始まるパレード。
レインは全く知らなかったが、魔界祭では有名なものらしい。
目玉と言われるくらいなのだから、かなり大掛かりなものなのだろう。
初めて見るだけあって、かなり楽しみなイベントだ。
人間界でも似たようなものはあったが、それでもかなりの迫力であった。
魔界のスケールの大きさを鑑みると、余計に期待感が高まる。
「この時間帯だと席はまだ空いてるのか?」
「うーん……微妙なところじゃな」
「運が悪かったら特等席は取られているかもしれませんね」
「アルナがお願いしたらきっと譲ってもらえるよ?」
アルナがふふんと胸を張るが、レインはなるほどという反応を見せない。
どちらかというと、賛同していない雰囲気だ。
確かにアルナがお願いしたのなら、席という席が空席になり、アルナの周りの席から順に光の速度で埋まっていくことだろう。
でも流石にそれは問題だ。
レインもそんな空間でまともにパレードを楽しめる自信がない。
かなり息苦しくなりそうである。
「あまりアルナは目立たないようにしよう。この帽子を被っててくれ」
「え、なんで?」
「またさっきみたいなことになったら大変だから。パレードが滅茶苦茶になるかもしれないし」
「んー……まあいいや。この帽子かわいいし」
レインはそれに対応するため、魔法で自分の持ち物の中から一つの帽子を取り出した。
エルフの国で買ったひらひらの帽子だ。
アルナには少し大きいかもしれないが、正体を隠すという意味ではむしろ好都合。
これで簡単に騒ぎになることはない。
本人もこの帽子が気に入ったようで、見事オシャレに着こなしている。
かわいいですね――と、リリアに頭を撫でられて満足そうだ。
最初は貸してあげるつもりだったが、もうアルナにプレゼントすることにしよう。
「ひとまず何とかなりそうだな」
「それじゃあ行くとするか。案内してやるから付いてくるのだ」
「ティアラは詳しいのか?」
「昔は毎年顔を出していたからな。色々あって最近は辞めてしまったが」
ここで一歩踏み出したのはティアラ。
指をさしたのは城がある方角だ。
どうやら城の屋上が特等席に当たるらしい。
確かにあれほど高い建物なら、パレードの全体を見ることができるはず。
そこまで広い空間ではないため、すぐに埋まってしまうのも納得だ。
「でも、既に埋まっていたらどうしましょう?」
「ティアラがドラゴンになって、そこから見るのは?」
「こら。我は絶対に嫌だからな」
ティアラが食い気味にアルナの案を却下する。
ドラゴンの形態かつ、空中で同じ場所にとどまるのはとてつもないスタミナが必要だ。
例えるなら、数時間常に全力で走り続けるようなもの。
それをパレードが終わるまで続ける自信はない。
そもそも、そんなことをしたらパレードの主役が自分みたいになりそうだ。
見世物になるのは御免である。
「ただ、飛んでいくのはありかもしれぬ」
「え? どこに?」
「城の屋上に」
ティアラはレインの手を取る。
すると、大きくジャンプしてかなりの高さへ――最高点に到達すると、翼で上手くバランスを取りながら城の方へ向かった。
決して慣れることのない移動方法だ。
確かにこっちの方が圧倒的に速いのだが、寿命が確実に縮んでいるような気がする。
いつかは慣れる日が来ると信じたい。




