慈悲
「ねえ! あの人まさか竜姫様じゃない!?」
「ほんとだ! 私も見たことある!」
「うそ!? どうしてこの国にいるの!?」
周りから聞こえてくる信じられない情報。
竜姫と言えば、自分たちよりも圧倒的に上位の存在だ。
その強さと美しさから、神秘的な存在としてエルフたちに扱われている。
男たちにとっては噂しか聞いたことのないレベルだが、まさか本当に竜姫がいるというのか。
冷や汗が一滴頬を伝う。
「ティアラ、どうしてバレてるんだ……?」
「いや、我が聞きたいくらいなのだ。いつの間にか顔が割れていたのかもしれぬ」
「流石ティアラさんですね。有名人です」
やれやれと困った顔のティアラ。
ぞろぞろと野次馬が集まり始めている。
ここまで自分が認知されているとは思ってもいなかった。
それも、来たこともないエルフの国で。
周りの声がキャーキャーとうるさい。
だが、威嚇のようなことをするとレインに怒られてしまうだろう。
「りゅ、竜姫だとぉ……」
「や、やべえぞ。とんでもない奴らに絡んじまった……」
「に、逃げろ!」
「そう都合のいい話があるか、たわけ」
身に危険を感じた男たちは、レインたちに背中を見せて逃げ出す。
このままだと何をされるか分からない。
考えるよりも先に足が動いていた。
……が。
ティアラが逃げ出した二人の首根っこをしっかりと掴む。
とても振りほどけるわけがない力だ。
「逃げたらさっきの夢が現実になるよ?」
「ひ、ひいぃ!?」
「レイン。こやつらはどうするのだ?」
アルナの笑み。
それはとても冷たく、腰が抜けてしまいそうなものだった。
恐らくアルナは今、自分たちをどうするか考えている。
さっき見せられた幻覚の通りになるのなら、待ち構えているのは確実な死。
竜姫ティアラの何倍も、アルナの方が恐ろしい。
「や、やめてくれ! 俺たちが悪かった!」
「絵に描いたような命乞いだな……」
逃げることも抵抗することもできない男たちは、その場でアルナに対して精一杯の謝罪をした。
今心の中にあるのは後悔の気持ちだけ。
無駄に終わる可能性の方が圧倒的に高いと分かっているものの、一縷の望みにかけて頭を下げることしかできない。
「アルナ、どうする?」
「ん」
レインの問いに対して、アルナはすぐ横にある店を指さした。
それは、さっきキャンディを買ったばかりのところだ。
アルナが何を言いたいのか。
レインは何となく分かってくる。
「店にあるキャンディ全部買ってくれたら許してあげる」
と、アルナの聖女のように慈悲深い言葉が出てきたのだった。




